とこはる

桜生懐

プロローグ

 ここは、桜の花びらのような形をした島。

 一年を通して春の気候が続き、常に桜が咲き誇っている、美しい常春とこはるの島。



 名を常春島とこはるじまという。


 ボクはこの美しい島で、世界で最も素敵な方にお仕えし、暮らしていた――



 一月下旬・並木なみき学園・校庭――

 校庭に植えられている数多くの桜の中でも、一際大きな桜は恋人桜こいびとざくらと呼ばれ、並木学園定番の告白場所となっている。



 今、その恋人桜の前には、二人の男子生徒の姿があった。



 一人、恋人桜を背に立っているのは、色白な肌に、まつ毛の長い二重の大きな瞳、前髪と横髪が長く襟足は短い髪型で、百六十センチほどの小柄な身長に、華奢な体格で、学ランを着てはいるが、知らない者が見れば男装した少女に見える、花のような美少年。



 名を添木春太郎そえぎはるたろうと言う。



 春太郎は昔から男女問わず数多く告白されており「性別関係なく春太郎ならお付き合いしたい!」と評判が高く、今もその一端が垣間見える状況であった。



 その春太郎の前に立つ、いかつい体つきのもう一人の男は、山山葵一太郎やまわさびいちたろうと言う。



 一年生でありながら柔道部の次期主将と呼び声高く、真面目で実直な性格で実力も人望もある男であった。



「添木春太郎さんっ! 好きです! 自分とお付き合いしてください!」



 一太郎は頭を下げ右手を春太郎に差し出した。


 一太郎は生来の異性愛者であるが、この学園に入学して春太郎を一目見たとき、彼の心に電流が走った。一目惚れをしてしまったのだ。それも、性別の壁を超えるほどの恋を。


「…………」


 春太郎は一太郎を真っ直ぐに見つめながら、告白の言葉を受け止めると、ゆっくり息を吸って口を開いた。



「ごめんね山山葵くん。ボク、好きな人がいるんだ――」


「……っ! 知ってましたっ! でもっ、聞いてくれて、自分の告白に付き合っていただいきありがとうございましたっ!」



 一太郎は伸ばしていた手を引いて、頭を下げたままそう答えた。


「……こちらこそ、キミの想いに応えてあげられなくてごめんね。山山葵くん。早くボクのことなんか忘れて、新しい恋を見つけて」


「っ……はいっ! ありがとうございます!!」


「山山葵くんの柔道の試合見たよ。凄かった。きっとすぐにでも、キミにはボクなんかよりもずっと素敵な人が見つかるよ」


「……っ」


 その春太郎の思いやりに、自分を労わってくれていることに、伝わる優しげな声音に、一太郎は頭を下げたまま涙を流しながらも――



(ああ……自分の恋は間違っていなかった――)



 と、心から思った。



 春太郎が好かれる理由は顔だけでなく、なによりもその心根の清らかさにあった。


 一切悪意のないお人好しな性格で、自分に敵意や悪意をぶつけられても、どれだけ傷つけられても、相手の心配をしてしまうほどのお人好し。


 昔から数えきれないほど数多く告白されているが、同性でも異性でも、おふざけでも本気でも、常に告白相手に真摯に向き合って丁重にお断りをする。


 それが添木春太郎という男だった。



「ありがとうございました! 春太郎先輩!」


「……うん。それじゃ、行くね」



 頭を下げたままの一太郎を横切って、春太郎はその場を後にし、春太郎の甘い残り香が一太郎を包んだ。

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