第二話「余命宣告」
病院に着くと、すぐに診察室に通される。厳つい
「……春太郎、俺は結果をお前に知らせる前に、青治か瀬田を呼んだほうがいいと思うんだが……」
泉水先生の言葉に首を横に振る。
「……いいえ、ご多忙の身である旦那様や瀬田さんを、ボクのために煩わせてしまうわけにはまいりません。先生、どんな酷い結果でも受け入れます。ですから、お教えください……」
ボクの体がどれだけ酷いことになっていようと、たったそれだけの理由で旦那様にご迷惑をおかけしたくない。
「……」
泉水先生は顔をしかめながら横に立つ木蓮さんを見た。木蓮さんは悲しげに瞳を伏せつつ無言のまま首を横に振った。
「残念だが……」
そう言って、泉水先生はボクのレントゲン写真と検査結果が載ったパソコンのモニターを眺めながら、ボクが患っている病名と、進行状況を告げた。
それは、末期まで進行した、決して助かることのない病だった――
「……そうですか」
そうは答えたが条件反射のようなもので、衝撃は大きく、思考が止まって頭が動かなくなってしまっている。それでいて自分の足元がぐらついているような、上下の感覚がわからなくなるほどには混乱している。
「よ、余命は……あと、どれくらいなんでしょうか……?」
「……いいか春太郎、余命宣告なんてものは、言ってみれば医者の気分次第だ。おおよそはわかるかもしれないが、絶対じゃないし、断言もできないものだ」
「おおよそでいいんです。教えてくださいっ。お願いしますっ」
「…………」
泉水先生は目を逸らすようカルテを見る。
「……いいか、あくまでこれはオレの所見だ」
「はい」
覚悟を決めて泉水先生の瞳を見つめる。
「春を迎えられたら奇跡……。としか言えん――」
「――――」
この常春の島にも夏は少しだけ暑く、冬は少しだけ寒いというように、一応は四季がある。今は一月の下旬であり、春は暦上三月半ばからとされている。
つまり、ボクの命は、もってあと二ヶ月程度ということなのだ――
「もちろん、延命治療をすれば、もっと長生きできるし、そのあいだに新しい治療法が見つかるかもしれない……」
延命。今のボクにはとても魅力的な言葉に聞こえたが、疑問も抱く。
「先生、延命治療をしながらでも、今のように、春児様にお仕えすることができますか……?」
「それは難しいだろう……。薬の副作用で満足に動けなくなる。基本的には入院してもらうことになる」
それはダメだ。それだけはダメだ。春児様のお側にいられなくなってしまう。悲しませてしまう。それだけはイヤだ。
「……延命治療は……したくありません……」
消えそうな情けない声が出た。
「……どうしてだ? 金のことなら心配するな。お前のためなら青治はいくらでも出すだろうし、青治が出さんなら俺が出してやる。いくらだってかまわない。諦めるのはまだ早いぞ春太郎。延命治療中に新たな治療法が見つかる可能性だって十分にある」
優しいお言葉に涙が出そうになる。
「……先生、ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、ボクは、とっても幸せ者です」
そう言って泉水先生の手を握った。
「春太郎……」
「延命治療をすれば、確かに多少は死期を遅らせることができるかもしれません。ですが、そうすれば、ボクは春児様にお仕えできなくなってしまいます……」
「こんなときに仕事のことなんか……」
「いいえ先生。ボクの春児様への奉仕は、仕事なんかじゃありません。生きがい、生きる意味そのものなのです」
心からの、嘘偽りない本心だった。
「もし、延命治療をして入院したら、ボクが病気だと知ってしまわれたら、春児様へお仕えできない……。それどころか、春児様の笑顔を奪ってしまうことになってしまいます。そんなこと、ボクには、死よりも堪えられません……」
ボクは春児様の笑顔が大好きだ。そのためなら死期が早まろうが関係ない。安いものだ。
死ぬ瞬間まで春児様にお仕えして、その笑顔をお側で見ていたい。
それが今のボクの心を占める最も強い思いだった。
「先生、本当のことをお答えください。ボクが延命治療を選択して、新たな治療法が見つかって、生き延びられる確率はどれほどですか? 延命治療をしたところで、伸びる余命はどれほどですか?」
「……」
「先生を責めているワケではありません。ボクはただ、命が限られているのなら、無駄には使いたくないのです」
どうして僅かな余命を惜しんで春児様のお側を離れることができるだろう。
我が百年の命を
春児様や旦那様に受けたご恩は日にしても十一年。どうして数日数カ月程度の命を惜しむことがあろうか。
助かるならまだしも、助からないのなら、ボクは残された命を使って少しでもご恩を返したい。
「春太郎……。俺はお前を小さな頃から見てきた……。実の子のようなお前に……こんなことしか言えない俺を許してくれ……。どうして……もっと早く気付けなかったんだ……っ」
泉水先生はボクの手を握ったまま頭を下げた。
「……先生、謝らないでください。頭をお上げください。先生はなにも悪くありません。これは病気です。誰のせいでもありません……」
「春太郎……」
「ありがとうございます先生……。ですから、ご自身を責めないでください……」
泉水先生は握る手に力を込めると、ゆっくり手を離した。
「……波はあるだろうが、耐え難いくらいの痛みがあるだろう?」
「……はい」
「常用の痛み止めと、痛み止めの頓服、それから安定剤を出しておく……。頓服は耐えがたい痛みのときに、安定剤は不安になったら飲むんだ……」
「はい先生。それと……病気をどう誤魔化すかご相談したいのですが――」
泉水先生と相談し、表向きには『甲状腺の病気とそれに伴う貧血』ということにして誤魔化すことになった。
「春太郎、気が変わったらすぐに言ってくれ。俺はお前の気が変わることを願ってる」
「本当に、何から何までありがとうございました先生。それでは、失礼します」
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