第四話「桜神社」

 桜神社は山間部の開けた場所にあり、この常春とこはる島の産土うぶすな神様である、常春之神とこはるのかみ様が祀られている。


「はぁ……はぁ……」


 鳥居の前で一礼し、息を切らしながら桜に彩られた傾斜のきつい石段を登る。


 桜神社は広大な敷地を有しており、大きな社殿と社務所の他にも、宮司ぐうじである桜司一家が住むお屋敷に、参拝に来た氏子うじこたちが休憩ができる東屋あずまや緋毛氈ひもうせんが敷かれた長椅子なども設置されている。


「はぁ……はぁ……」


 病気の影響か、それを伝えられたことによるノシーボ効果か、前なら軽々と登ることができた石段を息を切らしながらやっとのこと登りきって、一礼をして境内けいだいに入り、手水舎ちょうずやで手と口をすすぎ、拝殿はいでんの前に立ち、賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝し二拍手を打ってお祈りする。



(桜花家当主、桜花青治おうかせいじが長女、桜花春児が従者、添木春太郎でございます。本日、私は主治医である春乃泉水より、余命二ヶ月と宣告されました。正確には、春を迎えられたら奇跡。とのことです。神様たちにお願いがございます。どうか、私の命が、春児様の恋が実るまでもちますように。たとえ春児様の恋が実らなかったしても、その恋の行く末を見届けられるまで、生きることができますように、心よりお祈り申し上げます――)



 深く一拝をして、拝殿を見たまま二、三歩下がって、もう一度一拝して拝殿を後にした。


「春太郎さん、珍しい日に来ましたね? なにかあったんです?」


 巫女装束に身を包んだ、ゆのはさんの妹のころねちゃんが立っていた。


 小柄な身長と体付きに、つぶらな瞳、小さな鼻と口、柔そうな曲線を描く頬、長い後ろ髪をポニーテールに結わって、長い側頭部の髪はそのままに、前髪は目にかかるほど長い、ボクより一つ下のとても可愛らしい女の子だ。


「ちょっとね。神様にお願い事ができたんだ」


「そうですか……」


 ボク含めた常春島の島民たちは基本的に毎月一日と十五日に参拝に来るので、それ以外の日に参拝に来ることはたしかに珍しい。


「…………」


「どうしたのころねちゃん? ボクの顔なんて見つめて」


 ころねちゃんはボクの顔をジッと見つめている。


「いえ……春太郎さん、なにかありました? なんだか、元気がないように見えます……」


「……そうかな?」

「はいです」


 ころねちゃんやゆのはさんとは六歳来の付き合いだ。だからころねちゃんはボクの不調や不安を感じ取っているのかもしれない。


「……たしかにそうかもしれないね。ちょっと病院に行ってきたんだけど、甲状腺の病気と、それに伴う貧血って言われちゃったんだ……」


「ええっ?! 病院に行くことは姉さんから聞いていましたけど、大丈夫なんですか!?」


「うん、薬を飲んで療養すれば大丈夫ってことみたい」


「はぁ……ならよかったです」


 心底というようにホッとしているころねちゃんに罪悪感を感じずにはいられなかった。


「なら、ちょうど甘酒があるんで飲むといいです。栄養たっぷりです」


 そう言ってころねちゃんは社務所へと走って紙コップに甘酒をいれて持ってきてくれた。


「いただいちゃっていいのかな?」


「もちろんです、遠慮は無用です。ぜひぜひ飲んでください」


 ボクたちは境内の中にある緋毛氈の敷かれた長椅子の上に横並びで腰掛けて、甘酒を飲んだ。


 桜神社の甘酒は桜司一家の手作りで、島内にある酒蔵から直接仕入れた酒粕をすり鉢で丁寧に溶いて作ってあるため、よくある酒粕の粒が浮いているようなモノではなく、なめらかでクリームのような舌触りが特徴の名物だ。


「うん、美味しいよ。ありがとうころねちゃん」


 まったりとした舌触りに、酒のコクと丁度いい甘さ、それを引き立たせる塩気、するりと落ちていく喉ごし、桜神社の甘酒はいつ飲んでも絶品だった。


「そうですか、ならよかったです」 


「これを飲んだら病気なんてへっちゃらだね」


「それはわかりませんが、甘酒で使っているお塩やお酒は、御神饌ごしんせんとしてお供えされた神様のお下がりを使っていますので、身体の中のけがれや邪気をはらってくれます」


「ありがたいよ。すごくご利益りやくがありそうだね」


「春太郎さんみたいな信心深いひとには効果抜群です」


「ふふっ、だったら嬉しいな。ありがとうころねちゃん」


 そう言ってころねちゃんの頭を撫でた。小さな頃から知っているころねちゃんは、孤児であるボクにとって実の妹のように思っていた。


「むぅ……。子共扱いはやめるのです……」


 そう言ってむくれながらも、手を振り払おうとはしないころねちゃん。


「子共扱いなんてしてないよ。出会ったときから、ころねちゃんは素敵な女の子だよ」


「ならなんでいつも頭を撫でるんですか……」


「ころねちゃんのサラサラした髪が好きだから……イヤかな?」


「イヤじゃないですけど……」


「ならよかった……。ご馳走さま。とっても美味しかったよ」


 そう言って立ち上がった。


「そうですか、ならよかったです。いつでも来てください。春太郎さんなら歓迎です」


「ありがとうころねちゃん」


 ボクはあと何回ここへ来られるのだろうと考えながら、神社をあとにしてお屋敷へ向かった。

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