第十二話「新たな決まり」
月曜、朝食時――
「春太郎、これからは春太郎も私たちと一緒に食べなさい」
珍しく朝食に現れ朝刊を読んでおられた旦那様は、下りてきた春児さまとボクをご覧になられるとそうおっしゃった。
「えっ? で、ですが……」
「春児からそうしたいというお願いがあってね。来客時はダメだが、こうして家族しかないときならいいということにしたよ」
「お父様……ありがとうございますっ」
旦那様のお言葉に春児様はじぃんと感じ入られている。
「旦那様……春児様……とってもありがたいです……ですが――」
旦那様や春児様と食卓を共にするなど、一使用人である自分には身に余る栄誉。分不相応ですと言おうとしたボクの肩に瀬田さんが優しく手を置いた。
春太郎さん、いいじゃないですか。ここは旦那様のお言葉に甘えなさい」
「そうだよ春太郎。断るほうが失礼だ。それに、学校では一緒に食べているんだから、家でも一緒に食べたって同じだよ」
確かに学園では休み時間の関係上、春児様と同じ席でお昼を食べさせていただいているが……。と、断ろうとするも、旦那様の複雑な表情のお顔を見、出しかけた言葉を飲み込み頷いた。
「はいっ。旦那様のお言葉に甘えて、この春太郎、憚りながら卓を共にさせていただきます」
「憚る必要なんかないんだよ春太郎。血こそ繋がっていないが、お前は私の息子なのだから」
「そうだよ春太郎。私にとっても春太郎はかえがえのない家族だよ」
「旦那様……っ、春児様…………っ」
お二人の優しいお言葉に涙があふれそうになって、ハンカチで潤む瞳を拭った。
「まったく春太郎は。最近やけに感傷的だね?」
「旦那様と春児様がお優しいからでございます……っ」
長いダイニングテーブルに上座に旦那様、次に春児様、そして春児様の対面にボクが座り、朝食が始まった。
この桜屋敷は外装も内装も立派な洋館だが、出される食事は旦那様が和食好きということもあって基本的に三食和食で、フォークやナイフを使うような洋食が出ることはあまりない。
本日の朝食は焼き鮭にあおさの味噌汁、ごはん、大根とキュウリの新香に小松菜のおひたしだった。
「ふふっ」
食事をしながらつい、といったよう春児様がに笑みをこぼされた。
「どうした春児? ずいぶんと嬉しそうじゃないか」
「いえ……一度でいいから、こうして春太郎と一緒に屋敷で食事を共にしたかったのです。今日はその夢が叶ってとても嬉しくて……。しかも、これが毎日続くと思うと、嬉しくて仕方がなくて、つい笑みがこぼれてしまうのです」
「春児様……」
主人である春児様が、従者、使用人であるボクと食事を共にするだけでそこまで喜んでいただけるなんて、幸せ過ぎて涙がこぼれそうになる。
「……そうだね、春児の言うとおりだ。もっと早くからそうしていればよかったね……。遅すぎたくらいだ」
「お父様、遅すぎるだなんてことはありません。私たちはまだ若いのです。まだまだ時間はいっぱいありますから」
「……そうだね」
春児様のお言葉に旦那様は複雑そうな表情をなされ、それを誤魔化すようにお茶を啜られた。
「お父様……? どうされたのです……?」
「旦那様、本日の会合のことでございますね?」
給仕をしていた瀬田さんがお茶のお代わり注ぎながら旦那様をフォローする。
「ああ……実はそうなんだ。今日はあまり気の進まない会合があってね。つい、それを思って少し暗い気分になってしまったんだ」
「それは……お父様がそうおっしゃるくらいですから、相当なことなのでしょう……。春児にはお父様のご苦労を代わって差し上げることはできませんが、その変わりお父様が帰ってきたら、その分を労わって差し上げます。久しぶりに肩揉みでもいかがでしょう?」
「はっはっはっ、ありがとう春児。おかげで少しだけやる気がでてきたよ」
旦那様は笑みをお浮かべになった。
「ほら、春太郎も遠慮しないで食べなさい。鮭と言えば茶漬けだろう?」
「春太郎はお茶漬けに目がないからね」
「どうぞ春太郎さん」
瀬田さんが急須と薬味を置いてくれる。
「あっ、ありがとうございます! では、失礼して……」
ほぐした焼き鮭を熱いご飯の上に乗せ、三つ葉とゴマを散らしてお茶かけ、醤油を数滴垂らして味を整え、さらさらとかきこむ。
「美味しいです!」
鮭茶漬けの自分的なこだわりは出汁じゃなく緑茶を使うことと、薬味は三つ葉とゴマだけ、ネギや海苔やわさびは使わないことだ。
「相変わらずいい食べっぷりだね」
「私も茶漬けにしようかな?」
そうして朝食を終えたボクたちはお屋敷を出て学校へと向かった。
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