第十三話「先手必勝」

「おはよう春児ちゃん、春太郎くん」

「おはようです、春児さん、春太郎さん」


「おはよう、ゆのはさん、ころね」

「おはようございます。ゆのはさん、ころねちゃん」


 桜司姉妹と合流し、平野部へ向かう下り坂を四人で下りていく。


 眼下には平野部の街並みや常春湾、その先の海がどこまでも広がっている。今日も桜が咲き誇っている温かな、それでいて風もなく空も青く、海面は陽の光を受けてキラキラと反射している素晴らしい日だった。


「ゆのはさん、やる気十分という顔だね。ライバルとして申し分ない。こちらもみなぎるよ」


「こちらこそだよ春児ちゃん。誓ったからには全力だよ」


 小さくガッツポーズをするゆのはさん。


「うん。それでこそゆのはさんだ。しとやかで控えめでありながら、やる時はやる。大和撫子の名に相応しい」


 春児様とゆのはさんが微笑み合う。敵意や悪意のない、対戦相手へ向ける気概と敬意と誠実さを感じられる笑みだった。


「春太郎さんはどうするんです? 早速今日から動くんですか?」


「うーん……正直に言うと特には決めてないんだ」


「意外です。てっきり春太郎さんならもう何十個も策を持っているかと思ってました」


「ふふっ、そんな軍師みたいなことできないよ」


「ご謙遜です。春太郎さんは春児さんの参謀じゃないですか」


「評価してくれてありがとうころねちゃん。でもボクは従者だからね。春児様のお側に侍ることがお役目だから、策なんて大仰なことは、あんまり考えたことはないかなぁ」


「春児さんを応援するんですよね?」


「もちろんだよ。けど、正直ボクの役割は昨日で終わっているようなものだから」


「??」


 雑談しながらゆきちゃんと合流する。


「おはようございます、ゆのはさん、春児さん、春兄さん、ころねっち」


「おはようゆきちゃん」

「おはようゆき」

「おはようゆきちゃん」

「おはようですゆきちゃん」


「おっ、二人ともやる気ですね。負けませんよ」


「こちらこそ」


「私も負けないよ」


 五人で学園を目指し、最後に誠と合流する。


「おう、おはようみんな」


「誠、左腕が寂しそうだね」

「えっ?」


 そう言って有無を言わさず春児様が誠の左腕に自分の腕を回され、抱きつくように腕をお組みになられた。


「えっ、どっ、どうした春児?」


 誠は春児様の突然の行動に驚き、ゆのはさんとゆきちゃんが「しまった!」という表情を浮かべる。


「まっ、誠くん、右腕も寂しそうだねっ」

「いっいや、鞄が……」

「ボクが持ってあげるよ」


 誠の右手に握られていた鞄を持つと、ゆのはさんも誠の右腕へ抱き着くように腕を組んだ。


「うわっ! なんだ朧月のやつ! なんて真似してやがる!?」


「それはレギュレーション違反だろっ?!」


「いやー!!」


 春児様やゆのはさんのファンたちの悲鳴が響く。


「むむむっ、私としたことが出遅れたっ……! どうすればっ……!」


 出遅れてしまったゆきちゃんに耳打ちする。


「ゆきちゃん……。最終手段だけど、誠の背中に抱きつけばいいんじゃない?」


「ええっ?! さっ、さすがにそれは……」


 ゆきちゃんは困惑しながら顔を赤くさせる。


「恥ずかしいかもしれないけど、そうでもしなくちゃゆきちゃんだけ出遅れちゃうよ?」


「そっ……そうですよねっ。でも、目立ちませんか……?」


「ゆきちゃん、今は恥ずかしがってる場合じゃないでしょ? 恋を実らせたいなら動かなきゃ。それに、今の誠は春児様とゆのはさんでこれ以上ないくらい注目が集まってるんだし、ゆきちゃんも加わって周囲に見せつけちゃえ。鞄はボクが持っててあげるから」


「わっ、わかりました! ありがとうございます春兄さん! 春乃ゆき、行きますっ! ああっ、誠先輩! 背中が寂しそうですねっ?!」


「どえっ!? ゆっ、ゆきまでどうしたっ?!」


 ゆきちゃんは誠に背後から抱きつき、その大きな胸が誠の背中で潰れている。


「おい見ろよ、朧月のやつ、学園の五大美人全員をはべらせてやがるぜっ!」


「くぅっ……!! 憎しみでアイツを非モテにせられたならっ!!」


「桜花さんに桜司さんに春乃さんに抱き着かれる……どれだけ徳を積んだらあんな体験できるんだ?」


「うわぁ……朧月先輩……桜花先輩に桜司先輩、それに春乃さんまで狙ってるんだ……勝ち目ないわ……」


「戦う前からもう負けてるわアタシら……」


「あれに挑める勇気はないかな……」


 両腕と背中に並木学園大学付属高校四大美人の内三人を抱きつかせている誠はすっかり注目の的になっていた。


「まったく……見てられないです……。いえ……見るに堪えないです……」


 自分の親友と実姉が一人の男に抱きついている姿を見て嘆いているころねちゃん。


「これだけ想われる誠は幸せ者だね」


「春太郎さん、鞄を一つください。私も持ちます」


「ありがとうころねちゃん。でも、男として女の子に荷物を持たすわけにはいかないよ」


「大丈夫です。春太郎さんはどこからどう見ても女の子ですから」


「ふふっ、だからこそ余計に男らしく振舞わなきゃね」


「むぅ……春太郎さんは強情です」


「むくれるころねちゃんも可愛いよ」


「かっ……かわっ?!」


「ここはボクにかっこつけさせて。ね?」


「わ、わかったです……」


 騒がしく注目を集めながらボクたちは学園へ着いてそれぞれのクラスへと向かった。


 二年の春児様と誠とボクは同じクラスで、一年のころねちゃんとゆきちゃんは同じクラス、そして三年のゆのはさんとその親友の五月さんも同じクラスだった。

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