第二十五話「春児様とお庭で」

「春太郎、ゆきとゆのはさんばかりズルいじゃないか」


 放課後、お屋敷のガゼボで桜を眺められながら紅茶をお飲みになられていた春子様は、背後に控えるボクに少し拗ねたようにそうおっしゃられた。


「見たかい今日のゆのはさんとゆき、それに誠の様子を? どうやら私が知らない間に、二歩も三本も先を行かれてしまったようじゃないか」


 春児様は今朝からの誠、ゆのはさん、ゆきちゃんの態度や雰囲気を思い出されているご様子であった。



 週明け・二月初週、今朝――


「おはよう誠、いい朝だね」


「ああ、おはよう春児。いい朝だな」


「おっ、おはよう、まっ、誠くん……っ」


「おっ、おはようございます、ゆのはさん」


 そう言って二人とも顔を赤らめた。


「まっ、誠先輩、おはようございますっ」


「おっ、おお、ゆきもおはような」


 春児様にはいつも通りに挨拶を返す誠であったが、ゆのはさんやゆきちゃんち対しては途端にテれているような、初々しいぎこちなさのような空気、雰囲気となっていた。


「うん……?」


 昼も同様で、いつものような誠を取り合うような雰囲気でもなく、ゆのはさんとゆきちゃんと誠はどこか互いに意識し合っているような、甘酸っぱい雰囲気だった。


「ううん……?」



 そして放課後となり、今に至る――


「左様でございますね」


「春太郎は、私の恋を応援してくれるんじゃなかったのかい?」


 春児様は振り返ってボクをご覧になられた。そのお美しいお顔には言葉とは裏腹に微笑が浮かべられている。


「もちろんです春児様。この春太郎、常に春児様を一番に想い、応援しております」


「聞けば、二人とも春太郎に協力してもらったそうな……。なら、私のための案もある。ということだね?」


「もちろんでございます」


 春児様のお言葉に深く頷く。


「この遅れを取り戻せるような一手を、かい?」


「はい。とっておきを整えております。そもそもボクは、春児様が今の時点でお二人に遅れをとっているとは、微塵も思っておりません」


「ほう? 誠はゆのはさんやゆきを意識して、私には特にいつもどおり普通に接しているように見えるが、そうじゃないのかい?」



「はい。こう言ってはゆのはさんやゆきちゃん、ひいては皆様に申し訳ありませんが、春児様は元来この常春島で……いいえ、この世界で最もお美しく、最も気高く、最もお優しいお方です。つまり、その存在だけで世界中全ての人々から群を抜いているのです。眉目秀麗びもくしゅうれい八面玲瓏はちめんれいろうとはまさに春児様のためにある言葉です。ですから、今のゆのはさんとゆきちゃんの状態で、初めてフェアー。といったところだとボクは思っているのです」



「ふふっ春太郎、褒めてくれるのは嬉しいけどそれは流石に言い過ぎだよ」


「いいえ春児様。これでも控えめなくらいでございますっ。そもそもボクは春児様を褒めているのではございません。厳然たる事実を述べているだけなのです」


 くすぐったそうな笑みをお浮かべになられる春児様。


「春太郎は素直だからね。褒められて悪い気はしないよ。それで? 私はどのような手助けをしてもらえるんだい?」


「はい春児様。今週の土曜日、丸一日お時間をいただきたく思いますが、よろしいでしょうか?」


「いいよ。全て任せよう。春太郎の好きにするといい」


「ありがとうございます」


「それで春太郎、どうして私が一番最後なんだい?」


 春児様は怒ったご様子でもなく、純粋な疑問といったようにおっしゃられた。


「春児様、真打とは最後に登場するものと相場が決まっておりますれば――」


 ボクの言葉に春児様は全て分かったといったように頷かれた。


「なるほど……春太郎は信じているんだね。絶対に私が勝つ、と――」


「はいっ。なにせ春児様は世界一素敵なお方なのですからっ!」 


「春太郎は私を好きすぎるね、まるで宗教のようだよ」


「はいっ! ボクは春児様を信仰しています! 春児様がボクの全てで生きる意味で、筆舌に尽くし難いほどにボクの全ては春児様なのです!」


「まったく……なんて返せばいいのか分からないじゃないか。でも、悪い気はしない。嬉しいし誇らしいよ。では私の信徒よ、おかわりの茶を注いでおくれ」


「かしこまりましたっ」



 春児様におかわりの紅茶を注ぎ、二人で黄昏に染まる庭園の風景を眺めていると――


「ぐ……っ?!」


 突然刺すような激痛が背中と腹部に走り、思わず声を洩らしてしまった。


「っどうした春太郎?」


 春児様は持っていたティーカップを置き様に振り返られた。


「な、なんでもございません……」


「そんなワケなだいろう、顔が真っ白だ。冷や汗もすごい……」


 春児様はすぐさまお立ちになって、ご自身のハンカチでボクの額を拭ってくださった。


 鏡を見ずとも自分の顔から血の気が引き冷や汗が吹き出していることがわかる。


「突然の発汗は……っ、発作の一つです。薬を飲めばすぐに治まりますので、ご心配なさらずに……失礼します」


 春児様に見られないよう後ろを向き、常備している痛み止めの頓服を胸の内ポケットから取り出して口に含み、空になった包装を胸にしまい振り返って飲み物を探した。


「これを飲むんだ」


 そう言って春児様はご自身が飲まれていた紅茶の入ったティーカップを差し出してくださった。頭を下げつつティーカップを受け取り、温くなった紅茶で薬を胃の中へ流し込んだ。


「春太郎、ここへ座るんだ。断ることは許さないよ」


「……かしこまりました」


 春児様は珍しく怒っているような、強めな語気でそうおっしゃられ、ボクは言うとおりにその隣へ腰を下ろした。

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