第二十四話「ゆのはさんと誠」
「いないですねえ……」
「そうだねぇ……」
二人は広場のベンチに座ってため息をついた。一匹目が簡単に見つかったから二匹目も同じように見つかると軽く考えていたのだ。
「情報によると、よくこの広場の噴水の前でお昼寝してるらしいんだけど……」
「猫って警戒心が強いイメージがありますけど、そのリンカとやらは違うみたいですね。こんな人混みの中で昼寝してるくらいなんですから」
「うん、人が好きな子みたいだよ。撫でられるのも好きみたい」
「確かに。春猫には餌付けも通用しないですから、本当に人間が好きなのかもしれないですね」
春猫には餌やり行為は禁止とされており、勝手に餌をあげた場合は島令で厳罰に処される。
「そうだ。先輩、お腹空きませんか?」
「え? そ、そう言われると少し減ったかも」
「先輩クレープが好きでしたよね? ちょうどあそこにあるクレープ屋、うちのクラスで美味しいって評判なんで、よければ食べませんか?」
誠の視線の先にはクレープ屋の屋台があり、五、六人が並び、列を作っていた。
「う、うんっ食べるっ!」
ゆのはは大好物であるクレープが食べられることよりも、誠が自身の好物を覚えてくれていたとことのほうが嬉しくなってはずむように返事をした。
「うーん……どれにしようかなぁ……」
列に並び、メニューを見ながらどれにしようか悩んでいたゆのはだったが、自分たちの番になってもゆのははどれを頼もうか決めあぐねていた。
「先輩はどれとどれを迷ってるんですか?」
「えとね、いちご味と、バナナ味」
「わかりました。親父さん、いちご味とバナナ味を一つずつお願いします」
「あいよっ!」
筋骨隆々としたいぶし銀なスキンヘッドに鉢巻を巻いた親父が慣れた手つきでクレープを作り、二人へ渡した。
「お待ちっ!」
「はいお代」
「毎度っ!」
誠がお代を出し、屋台を後にして二人でベンチへと座った。
「あっ、まっ誠くん、おっお金っ」
財布を取り出そうとするゆのはを誠がやんわりと止める。
「先輩、ここは俺に出させてください」
「で、でも……ただでさえ私のために手伝ってもらってるのに……」
「いえ、俺は自分から手伝いに来たわけですし、それに、先輩みたいな美人に奢らないなんて、失礼ってもんでしょう?」
「びっびじっ……」
「さ、先輩はどっちを食べます?」
誠はそう言って笑みを浮かべながら両手に持ったいちごとバナナのクレープをゆのはに見せた。
「じゃ……じゃぁ、いちご」
「どうぞ」
「あ、ありがとね誠くん」
「いえいえ、先輩が喜んでくれるなら、それだけで満足です」
ゆのはは頬を赤く染めながら小さな口でモソモソとクレープを食べた。
「うん、美味しい」
「美味いっすね。話題になるだけあります。先輩のいちごも美味そうっす」
「…………」
何気なく発した誠の言葉に、ゆのはは自分のクレープを見つめて――
「じゃ、じゃぁ……あーん――」
そう言って自身のクレープを誠へ向けた。
「え、で、でも先輩……」
「ゆっ、誠くんは……いや……?」
恥ずかしさに目を潤ませて上目遣いに小首をかしげるゆのはに、誠は心打たれるような心地で気付けば口を開けていた。
「あ、あーん」
ゆのはのクレープを齧った誠だったが、緊張のため味は全くわからなかった。
「ど、どう? 美味しい?」
「……わからないっす」
「え?」
「先輩、あーん」
「ええっ?!」
今度は逆に誠に同じことをされたゆのはは戸惑っていたが――
「これで、先輩も俺の気持ちがわかると思いますよ」
その言葉に観念したゆのはは誠のクレープを齧った。
「どうですか?」
「はっ、恥ずかしくて……味がわからないよっ……」
「俺も同じですっ」
「ふふっ……」
「ははっ……」
緊張が解けた二人は笑いあった。そしてクレープを食べ終えると、茶トラ猫のリンカを探しにベンチを立ってまた商店街の雑踏へと消えていった。
一方、春太郎と五月――
「あっ、動いたぞっ……えっ?!」
クレープを食べ終えて席を立った二人の後を追おうとした五月さんの腕を優しく掴んだ。
「どっどど、どうしたんだい春太郎くん?」
「ゆのはさんも誠も、もう大丈夫です。これ以上は野暮ってものですよ」
「春太郎くん……」
「五月さんもあのクレープを食べたかったんでしょ?」
「えっ!? なっ、なんでっ……」
「ふふっ、従者は人の心の機微を見ることが求められますから……」
ボクと五月さんは二人とも同じいちごクレープを勝ってベンチに腰掛けた。
「待ってくれ春太郎くん、私は自分の分は自分で払うぞ」
「いえ、五月さん。ここはボクにかっこつけさせてください」
「春太郎くん……」
五月さんはジィンとしたような表情を浮かべてクレープを食べ、そしてボクに向けた。
「あ、あーんだ春太郎くん」
「……ありがたいですが、同じ味ですからね?」
「しまった?!」
ボクと五月さんは商店街を散策した後、別れて帰路に着いた。
ゆのはと誠――
二人は夕暮れまで残りの二匹を探したが結局一匹も見つけられないでいた。
「ダメでしたねぇ……」
「しょうがないよ。一匹見つめられただけでも大収穫だよ」
ゆのは家の門限があるため十八時、遅くても十九時までに帰らねばならない。今は十七時を迎えようとしていたため、二人も猫探しは諦め帰路へ着いていた。
「先輩、危なっ……!」
その時一台の対向車が歩道スレスレに走ってきたので、誠は反射的にゆのはを抱きしめて、歩道の奥へその身を引っ張った。
案の定、車は先ほどまで誠とゆのはが歩いていた場所を通過して行った。
「危ねえなぁ……っ。急にすみません先輩……」
「あっ……」
誠は手を離そうとしたが、ゆのはは、反射的に誠の背中に手を回し力を込めていた。
「……せ、先輩?」
ゆのはの行動に誠はどうしたらいいかと分からなかった。
「せ、先輩は、全部の春猫を見つけたら、なにを叶えるつもりだったんすか?」
だから咄嗟に思い浮かんだゆのはが猫を探している理由を問うた。
誠の問いに――
「チュッ――」
ゆのはは無言のまま誠の頬に口付けをした。
「えっ……っ?」
突然のことに状況が理解できない誠に、同じく混乱したように顔から首まで真っ赤になったゆのはは誠から飛び退くように離れ、口を両手で押さえながら――
「わ、私の願いはもう叶っちゃったかも……」
「えっ……?」
「誠くん急にごっ……ごめんねっ……でっ、でもっ、これが、私の気持ちだからっ……!」
そう言ってゆのはは走り去って行き、誠はその後ろ姿を、口付けされた頬を押さえながら茫然と見送ったのだった。
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