第二十三話「猫探し」

 翌日、午後――


「まっ、ままままっ、誠くんっ?!」


 待ち合わせ場所に現れたボクたちを見て、驚きの声を上げたのはゆのはさんだった。


「なっ、ななな、なんで誠くんがっ!?」


「人手は多い方がいいかと思いまして」


「なんだ春太郎、伝えてなかったのか?」


 横に立っていた誠がボクを見下ろしながら、仕方ないなという顔をする。


「サプライズだよ」


「俺なんかがサプライズになるもんかよ」


「そっそそそ、そんなことないよっ。ねっ、五月ちゃん」


「ああ、私は春太郎くんがいるだけで大サプライズだ」


 そう答えたのはゆのはさんの隣に立っている五月さんだ。五月さんには今日のことをあらかじめ連絡してあった。


「それじゃ折角ですし、二手に分かれて探しましょうか。では行きましょう五月さん」


「そうだな春太郎くん」


「なんだ? 四人で行動するんじゃないのか?」


「それじゃ非効率でしょ?」


「確かに」


「ちょちょちょ、ちょっと待って二人とも……っ!」



 二人を残して去ろうとするボクと五月さんの服の裾をゆのはさんが掴んで引き止めた。



「なんだゆのは、私と春太郎くんのデートを邪魔してくれるな」


「ゆのはさん、ファイトですよ」


「えっえっ、やっ、やっぱりこれ、そういうことなのっ?」


「はい。ボクからゆのはさんへのエールです」


 先日ゆきちゃんの手助けをしたのに、ゆのはさんになにもしないのはフェアじゃないと思い、誠を呼んでゆのはさんと二人で猫探しという名目の下、デートをしてもらうことが今回の目的だった。


「ゆのは、負けたくなかったら、勇気を出すんだぞ」


「五月ちゃん……春太郎くん……! うんっ、わかった、私、頑張るっ!」


 戸惑っていたゆのはさんはボクたちの言葉を受けて、キリリと覚悟の表情を浮かべて頷いた。


「誠、ちゃんとゆのはさんをエスコートするんだよ?」


「へいへい」


「朧月ぃ! なんだその返事は!! それが男子たる者の返事かっ!?」


「はっはいっ!!」


 五月さんは今日も誠への当たりが強かった。



「じゃ、行きましょう五月さん」


「あ、ああ、行こうか春太郎くん」


 ボクたちはゆのはさんと誠から離れ――


「さて……と……」


 路地を曲がったところで五月さんは足を止めた。



「五月さん? どうしました?」


「春太郎くん、折角二人きりになれたのに悪いが、私は二人を見守ろうと思う……っ」


 立ち止まった五月さんは俯いて両手を強く握りしめている。


「……五月さん、それはよくないですよ?」


「わかってるっ……! だがっ……心配なんだっ! ゆのはのことがっ……! 申し訳ないが……っ! 春太郎くんとのデートと天秤にかけてしまえるほどっ……!」


 五月さんはトレードマークの大きな黒いリボンを揺らしながら、血の涙を流しそうなほど顔を歪める。


「はぁ……。仕方ありませんね……。ちょっとだけですよ?」


「は、春太郎くん……」


 まさかボクが了承してくれると思っていなかったというように、五月さんは顔を上げた。


「その代わり約束してください。誠がなにをしても、絶対に二人の間に割り込んでいかないことを」


「あ、ああ、わかった……」


 五月さんは竹を割ったようなサバサバとした性格で猪突猛進の気がある人だ。こうでも約束しないともし誠が何か粗相をしたとき飛び出して行きかねない。


「じゃ、指きりです」


「ゆっ、指きりっ?! つっ、つまり、私と春太郎くんの小指をか、絡め合うっということかっ?!」


「……はい」


 言い方が……と思ったが野暮なことは言わず頷く。


 ボクが小指を差し出すと五月さんは顔を赤らめて小指を差し出した。


「指きりげんまん、嘘ついたら今後一切口を聞ーかない、指切った」


「罰が重過ぎやしないかいっ!?」


「さ、二人が動き始めましたよ。早く追いませんと見失ってしまいますよ」


「あっ、ああっ!」


 そうしてボクたちは誠とゆのはさんの尾行を開始した。



 ゆのはと誠――



「それで、ゆのはさん、あと何匹見つからないんでしたっけ?」


「えっとね、頭と尻尾に模様がある、全体的に白っぽい三毛猫の春一番ちゃんと、茶トラのリンカちゃんと、白猫の春風ちゃんの三匹なの。あった、この子たちだよ」


 ゆのはは手に持った携帯を誠に見せた。


「どれどれ……」

「っ!」


 誠が携帯を見るために顔をゆのはへ近づけたので、二人の顔は少し動けばくっついてしまうくらいの至近距となり、ゆのはの顔がボッと赤くなった。


 普段なら恥ずかしさで反射的に顔を逸らしてしまうゆのはであったが、今日は春太郎や五月が自分に贈ってくれた機会、そして二人の前で約束したように、恥ずかしさよりも、恋を実らせること、そのためにゆのははグッと堪え、携帯ではなく誠の横顔を見た。



 整った凛々しい顔立ち。やはりいつ見てもかっこよくて、素敵で、改めて自分は誠のことがこんなにも好きなのだとゆのはは理解する。


「うーん……俺はあんまり春猫に詳しくはないっすけど、この白猫なら前にここら辺で見た気がしますね」


「ほんとっ?」


「っ!」


 横を向いた誠の顔のすぐ前にはゆのはの顔があり、自分の顔が近かったこと、そして間近で改めて見るゆのはの美しさに誠は思わず息を飲んだ。


「? どうしたの誠くん?」


「い、いえ、なんでもないっす。こっちだったと思います。行きましょうか」


「う、うん……?」


 誠が先導するように歩き出し、その横をゆのはがついて行った。


「あ、いた」


 そうして二人が平野部と山間部の間のあたりを歩いていると、民家のコンクリートブロック塀の上で昼寝をしている白猫の春風がいた。


「やった! これであと二匹だっ」


 ゆのはは嬉しそうに笑うと、パシャリと春風を携帯で撮った。


「案外あっけないもんですね」


「上々の滑り出しだよ~」


「ま、ゆのは先輩が嬉しそうならそれでいいっす」


「ふふっありがとう誠くん。次の茶トラのリンカちゃんは、商店街で目撃情報が多いから商店街に行ってみようか」


「はい」


 二人は商店街へと向かった。


 待ち合わせ場所に使われる常に人で賑わう大きな噴水のある広場、商店街の大通り、裏通りと、商店街の中で探せそうな場所は大体探し回ったが、茶トラ猫リンカは見つからなかった。

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