第二十二話「ゆのはさん」
「今年も神楽は舞われるんですよね?」
「うん。私一人だけど、今猛練習中」
ゆのはさんは春大祭で近代神楽の代表作の一つである「浦安の舞」の一人舞いをすることになっていた。去年も拝見したが、ゆのはさんの浦安の舞はとても美しく、息を飲むほど素晴らしいものだった。
「ころねちゃんはまだ舞わないんですか?」
「来年から舞わせるみたい。だから今年は私と一緒に練習三昧だよ」
そう言ってゆのはさんは笑った。
「そうですか……」
今年の春大祭までボクは生きていないだろう。欲を言えば、ころねちゃんの舞を見てみたかった――
「そういえば、今日はころねちゃんはどうしたんです?」
「ゆきちゃんと遊んでるみたい」
「そうですか」
「今日は読書しないんだね」
「そうですね、今日は景色を眺めたい気分だったので」
昔からボクがここにいると、ゆのはさんがどこからともなくやってきて、世間話をしてくれたり、なにか困ったことはない? などと、とても気にかけてくれていた。
暫く二人で桜を眺める。
「昔はよくここで遊びましたね」
懐かしい思い出が蘇る。
昔はよく春児様とボクたちはよくここへ来ては色々なことをして遊んだ。
「そうだね。ゆきちゃんが春太郎くんやころねちゃんにべったりで離れなかったのが懐かしいよ」
「前にその話をゆきちゃんにしたら、忘れてくださいなんて言われちゃいました」
「ふふっ、ゆきちゃんらしいね」
「鬼ごっこにかくれんぼに缶蹴り……数え切れないくらい色んな遊びをしましたよね」
「春太郎くんに女の子の格好させたりね」
誠がボクを女の子だと勘違いした原因だ。
「女装した春太郎くんが、私たちの誰よりも可愛かったから内心複雑だったよ」
「そんなわけないじゃないですか……」
「今だから言うけど、初めて春太郎くんと会ったときは女の子じゃないかって思ったんだ……。ううん、今でも半信半疑だよ」
ゆのはさんは茶目っ気を出しながらそう言って笑った。
「ふふっ、残念ながらボクは正真正銘の男ですよ」
「そんな可愛い顔で言われても説得力がないよ。むしろ逆効果かも」
「それは……どうしようもありませんね?」
二人でくすくすと笑いあう。
「その素敵な首飾りは春児ちゃんからの贈り物?」
「はい。今日旦那様と春児様からいただいた家宝です。素晴らしいでしょう?」
「うん、とっても似合ってるよ」
「ありがとうございます」
二人、東屋で甘酒を飲みながら雑談し、風景を眺めていると、ポツリと、ゆのはさんは呟くようにボクを見た。
「ね、ねぇ春太郎くん……ちょっとお願いがあるんだ……」
交差させた両手の指を動かしながら、可愛らしく小首を傾げている。
「なんですか? ボクにできることなら、なんでもしますよ」
「じ、実はね……私、猫ちゃんを探してるの……」
「猫……ですか?」
誠のことと思いきや全く違う話に首を傾げる。
「うん、春猫ちゃんたちのことなんだ」
「ああ……そういうことですか……」
この常春島には、常春市が管理している春猫と呼ばれる猫が数十匹放し飼いされ、島民たちから可愛がられている。
春猫たちが導入された理由は、本土から来た貨物船が物資を搬入する際のねずみ対策のためだそうで、市のホームページには春猫の名前と性別、顔写真が掲載されており、全部の春猫を見つけられることができると願い事が一つ叶う。という噂話が学生たちの間で広まっていた。
「驚きました。ゆのはさんでもそういうの信じるんですね」
「うん……変……かな?」
「変じゃないですよ。でも、桜神社の巫女であるゆのはさんが、何故わざわざまゆつばな噂話を信じてるんです?」
「うんとね、元々わんちゃんや猫ちゃんが好きっていうのもあるんだけど、私は神様に自分のことをお願いするのは、なにか違うと思ってるんだ。もしするにしても、よっぽどのことじゃないとって」
「ああ……。よくわかります」
ボクもよほどのことじゃなければ神様に自分のことを祈らない。
自分よりも大切な旦那様や春児様が事故や病魔のような災難に降りかかられること無く、日々ご健康で平穏無事にお過ごしできるよう神様にお祈りしているから。
これで更に自分の分までお願い事をするなどというのは厚かましいにも程があるというものだ。
「それでね、ほとんど見つけることができたんだけど、あと三匹だけ見つからないの」
「わかりました。お手伝いすればいいんですね?」
「うん、明日なんだけど、急にでごめんねだけど、お願いできる……?」
「はい、明日はお休みをいただいていますので、大丈夫です。お手伝いしますよ」
「わぁ、ありがとう春太郎くんっ」
承諾するとゆのはさんは花が咲いたように笑ってボクの両手を握って喜んだ。
明日何時に何処集合など細かい決め事を終えた頃、会合を終えた旦那様と春児様がお戻りになられたのでその日は解散した。
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