第三十三話「バレンタイン当日・五月さん」

 二月十四日・バレンタインデー当日――



「春太郎さん、これ受け取ってくださいっ!」


「桜花さんっ、逆チョコですっ!」


「春児様っどうか私の気持ちを受け取ってくださいっ!」


「春太郎さん、これは俺からの気持ちっす!」


「春太郎先輩っ! これは俺からの逆チョコっす!」


「桜花先輩っこれ私の想いですっ!」



 登校早々、春児と春太郎はチョコレートのプレゼント攻勢にあっていた。春太郎の両手には大きな紙袋が握られており、次々と渡される春児へのチョコと自分へのチョコを慣れた手つきでそこに入れていった。


「みんなありがとう、ありがたく受け取るよ。けれど、ホワイトデーは期待しないでくれよ?」


 春児に続き春太郎も口を開いた。


「みなさん、ありがとうございます。とっても嬉しいですし、ありがたいです。ですが、ホワイトデーには期待しないでくださいね……」


 そうして昼休みを向かえる頃には、春太郎の両手に持った紙袋がいっぱいになるほどのチョコが集まった。



 昼休み・屋上――



「毎度のことだが、春児も春太郎もモテモテだな」


 昼休み、屋上でいつものように春児様、ゆのはさん、ゆきちゃん、ころねちゃん、五月さん誠、ボクの七人で昼食をとっていると、ボクたちのチョコをもらう様子を近くで見ていた誠がそう口にした。


 誠もモテるのだが、今年は誠を狙っているのが学園の四大美人の内三人であることは周知の事実であり、相当な勇気と覚悟をもつ者以外誠にチョコを渡す生徒はいなかった。


「ありがたいけれど、どの気持ちにも応えれないからね、申し訳ない思いのほうが強いよ」


 春児様はそうおっしゃられた。


「そうだ、誠、ちょうど良い機会だからこれを渡そう」


 そう言って春児様は昨日ご自身でお作りになり、ラッピングまでされたチョコを誠へ差し出された。


「おっ、あっありがとう春児」


「本命だよ。光栄に思いたまえ」


「お……おう」


 なんと答えたらいいのかわからない様子の誠に、ゆのはさんもチョコレートを取り出して差し出した。


「まっ、誠くん、私からも、ほっ、本命だからっ」


「あっ、ありがとうございます先輩」


 誠はおずおずと二人のチョコを受け取った。そんな三人の様子を見て意を決したようにゆきちゃんが口を開いた。


「あっ、あのっ、誠先輩っ!」


「おっ、おお、どうしたゆき?」


「放課後、お時間をくださいっ! 恋人桜の下で、先輩を待っていますっ……!」


 ゆきちゃんの瞳には覚悟が宿っていた。誠にもちゃんとその覚悟が伝わったようで――


「……ああ、わかった」


 しっかりとゆきちゃんの瞳を見つめ返して頷いた。


 春児様もゆのはさんも、ころねちゃんも五月さんも黙ってゆきちゃんの覚悟を見届けてた。


「春太郎くん、私も、放課後、屋上でキミを待ってるよ。いいかな?」


「……はい。五月さん」


 知り合ってから毎年、バレンタインに五月さんは校舎の屋上でボクへと告白してくれる。ボクは心苦しく思いながらも全て断っている。



 昼休みが終わり、瞬く間に放課後となった――



 覚悟を決めた表情の誠が教室を出ていく姿を春児様と二人で見送った後、ボクも五月さんが待つ屋上へと向かうため春児様にお声をかけた。


「春児様、所用がありますれば、行ってまいります」


「ああ、行ってらっしゃい。私は、チョコたちとここで待っているよ」


「はい」



 ボクは教室を後にして屋上へと向かった――



「やぁ、毎年毎年、わざわざ悪いね春太郎くん」


 屋上に姿を現したボクを見て五月はそう微笑んだ。


「いいえ、そんなことはありませんよ。むしろ、申し訳ないのはボクのほうです」


 そう答えるボクに五月さんは目の前まで歩を進め、目の前に立った。


 トレードマークの大きなリボンが風に舞っている。


「添木春太郎さん、好きですっ! お付き合いしてくださいっ!」


 五月さんは頭を下げて可愛らしく包装されたチョコーレートをボクへと差し出した。ボクはその言葉を、心でしっかり受け止め――


「……ごめんなさい。好きな人がいるんです」


 お断りをする――


 ボクがそう言うと、五月さんは顔を上げ、さっぱりとした笑顔を浮かべた。


「かぁーっ! またかっ!」


「本当に申し訳ありません……」


「いや、謝らないでくれ春太郎くん。勝手にキミに惚れた私が悪いんだ。だが、せめて、このチョコは受け取ってくれないかい?」


「はい、ありがたくいただきます」


 五月さんのチョコレートを受け取る。


「でもな春太郎くん、私は諦めないぞっ!」


 毎年のようにそう言って締めようとする五月さん。


 いつもならボクは困ったような微笑で誤魔化すが、今回はそれじゃダメだ。


 ボクに次はないのだから、五月さんに嫌われても、突き放さなければならないから。ボクなんかに五月さんが引きずられないように。


「いいえ、五月さん。貴女のためにも、もう、ボクへの想いは諦めてください」


「えっ……」


 ボクの言葉と行動にに五月さんは虚を突かれたような表情を浮かべる。


「お気持ちは嬉しいですが、ボクは心に決めた人がいます。決してこの決意が揺らぐことはありません。絶対にです。ですから……五月さんは、新しい恋を見つけてください」


「春太郎くん……」


「五月さんは美人で、気遣いもできて、さっぱりした性格のとっても素敵な人です。ですから、こんな不毛な恋は早くお忘れください……」


 ボクの言葉を受けて、五月さんは片手を胸に当てボクの言葉を受け止め、飲みくだしているように目を閉じ、しばらくして目を開いた。



「……ごめんな春太郎くん。やっぱり無理だ。私は、たとえ絶対に叶わないと分かっていてもキミが好きなんだ。そもそも、恋ってそういうものだろう?」



 そう言って五月さんは微笑んだ。

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