第二十七話「水族館デート」

 土曜日――


 春児様の前で病による醜態を晒してから早四日が過ぎ、春児様の恋を応援するために準備を整えた土曜がやってきた。


 その間ゆのはさんやゆきちゃんと誠の仲は特に進展はしなかった様子で、やはり二人とも誰かにサポート、もしくは背中を押されなければあと一歩が踏み出せないでいるようだった。


 けれども五月さんでは押しが強すぎて、かえってゆのはさんが尻込んでしまい、ころねちゃんではゆきちゃんにとって押しが弱すぎて、出そうとした足を踏みとどまらせてしまっているように見えた。


 その間ボクは病と干戈を交えながら、この日を、春児様と誠の仲が深められるための舞台をご用意した。



 同日・常春水族館前――


「どうやら、春太郎ところねは来れなくなったみたいだね」


 携帯の画面を見ながら誠が春児にそう言った。


 今日は本来なら春太郎ところねを交えた四人で、港にある常春水族館を回る予定であったのだ。


「よく言うぜ、最初からこれが狙いだったんだろ?」


 そう言って誠は笑った。


「さてね? 実は私も春太郎からなにも聞かされていないんだ。多分、そういうことだと思うけど」


「マジか?」


「ああ、ホントだよ。もっとも、現地集合な時点でそうじゃないかとは察していたけれどね」


 事実、春太郎は春児になにも告げていなかった。月曜に春児に言った、ゆのはやゆきへの遅れを取り戻す一手というのは「春児と誠を二人だけでデートさせる」ただこれだけだったのだ。



 同日同時刻・桜屋敷・ガゼボ――


 ガゼボには春太郎ところね二人の姿があった。春太郎はころねにも協力してもらって口裏を合わせ、今日の春児と誠のデート作戦を実行に移したのだ。


「……呆れました。春太郎さんは本当にそんなことで、春児さんと誠さんの距離が、今の姉さんやゆきちゃんと同じかそれ以上に縮まると思ってるんですか?」


 春太郎から計画の全容を聞かされたころねは言葉どおり呆れたような表情を浮かべている。


「うん。そうだけど?」


 春太郎の迷いのない春児への信頼に、ころねは呆れ半分嫉妬半分な思いだった。


「はぁ……。春太郎さんの春児さん信仰はすごいですね。誓いの翌日に言っていたセリフはそういう意味だったんですか」


「春児様がその気になられたなら、ボクの役目はほとんど終わった、ってことかな?」


「そうです。こんなの策でもなんでもないですよ。これで誠さんが春児さんと仲を深めなかったらどうするつもりなんです?」


「それはないよころねちゃん。春児様と二人きりでデートができるんだよ? これで意識しない人間なんて、この世のどこにもいないよ」


 そうニッコリと微笑む春児への絶対の信頼と自信を疑わない春太郎を見て、幼い頃から春太郎という人間を知っているころねはなにを言っても無駄だとため息をついた。


「はぁ……ホント、春太郎さんはなんでもできるのに、こと春児さんのことに対しては、途端にぽんこつになるんですから……」


「そうかなぁ? さぁどうぞ」


 言いながら、春太郎はころねが好きな桜餅と玉露を差し出した。


「いただきます」


「今日は協力してもらってありがとね、ころねちゃん」


「いえ、こうして春太郎さんと二人で過ごせるなら、私も役得というものですから」


「ふふっ、そう言ってもらえると光栄だよ。お茶のお供になにか弾こうか?」


「そうですね。こうしてお話しするのも楽しいですけど、久しぶりに春太郎さんの流水が聞きたいです」


「うん。それじゃ、古琴を持ってくるからちょっと待っててね」


「はいです」


 春太郎は古琴を取りに屋敷へと戻っていった。 



 同時刻・常春水族館――


「それじゃ誠、今日は二人でデートと洒落込もうじゃないか」


 そう言って春児は笑顔を浮かべ誠を見た。


「ああ、そうだな」


 誠も笑って春児に応える。


「もちろん、男であるキミがエスコートをしてくれるんだよね?」


 春児は右手を誠に差し出した。


「……もちろんさ、お姫様」


 その手を取ろうか少し躊躇した誠であったが、覚悟を決めたように春児の右手を握り、二人は手を繋ぎ水族館の中へと入っていった。


「見ろ誠、チンアナゴだよっ、生で見るのは初めてだっ」


 誠は握られた春児の手から伝わる温かさや柔らかさにドキドキとしていたが、当の春児は中へ入ってみると思いのほか水族館を楽しんでいるようで、エスコートを頼んでおきながら、誠の手を引っ張って色々な水棲生物を見ては声をあげて、普段のクールな態度もどこへやら、水槽に見入っては子供のようにはしゃいでいた。


「見るんだ誠、これがあの有名なオオグソクムシらしいよっ」


「ははっ」


 そんな春児の無邪気な様子が微笑ましくて思わず誠は笑いがこぼれた。 


「ん? どうした誠? なにか面白い生き物でもいたのかい?」


「いや、春児が面白くってさ」


「なに? 私が面白い? 無礼な奴だなっ」


 春児はむくれるような表情をして握っている手に少しだけ力を込めた。


「ははっ、いや、そうじゃないよ。バカにしてるわけじゃないんだ。可愛いなって思ってさ……」


「かっかわっ……?!」


 その不意をつく言葉に春児は顔が紅潮する。


「そ、そんな……なにを言うんだ。か、からかっているのかい?」


 春児は赤くなった顔を見られないように、誠に横顔を向け左腕で口元を隠した。


「バカ、そんなわけないだろ、本心だよ」


「~~っ!」


 誠の素直な言葉に春児は首まで赤く染まった。

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