第三十一話「バレンタイン前日」
春児が誠とデートをして一週間が経った。
結果は春太郎の予想通り、誠は春児のことを深く意識し、その次にゆのは、最後にゆきといったふうに誠の心は揺れ動いていた。
誠の心に深く刺さった矢は二本。中心に春児、そこから少し外れたところにゆのは、最後に、
バレンタインもすぐそこまで近づき、春児・ゆのは・ゆき・ころね・五月の五人の乙女たちは、どんなチョコレートを作って意中の人に渡そうか思案し、その中でも特にゆきは、自身が最も負けていることを自覚しており、ここで勝負をかけようと思っていた。
そしてころねも、今年こそはと、振られると分かっていても自身の気持ちを春太郎に伝えようと思っていた。
二月十三日・放課後・桜屋敷――
春児様は明日、誠へ渡すチョコをお作りになられるため、台所にお立ちになれていた。白い割烹着と三角巾をお着けになられ、後ろ髪を一本に結われた春児様はとてもお美しかった。
「? どうしたんだい春太郎? 私を見つめて」
「割烹着に身を包まれた春児様のお姿が、あまりにもお美しくて言葉を失っていたのです」
「ふふっ、そう……。なら仕方ないね。見惚れるのは構わないけれど、作り方を教えることは間違えないでくれよ?」
「もちろんです春児様っ。この春太郎微力を尽くします!」
「頼もしいね。さすがは春太郎だ。頼りにしているよ」
「はいっ!」
ボクはこれから春児様のチョコレート作りのサポートをすることになっていた。そのためボクも三角巾を着け割烹着を着ている。
「じゃ、始めようか。まずはなにからするんだい?」
目の前には様々な色と味のチョコレートが用意されている。
「春児様がどのようなチョコレートをお作りになられたいのか、お聞きしたく思います」
「そうだね……多分、ゆのはさんと被ってしまうかもしれないけれど、私は桜花春児だ。やはり桜を模したチョコを作りたいと思う」
「かしこまりました。なら、このピンク色のチョコレートを使いましょう。ホワイトチョコを使って薄桃色に仕上げることもできますが、いかがいたします?」
「うーん……。少しだけ薄くしたいね。これだとピンクが濃すぎるからね」
「かしこまりました。では他のチョコはしまっておきましょう」
「待つんだ春太郎。それだけじゃない。私はただの桜型のチョコにしたいわけじゃないんだ。さらに一手間加えて、生チョコにしたいと思っている。できるかい?」
「はい。簡単なことでございます」
「え……本当かい?」
「はい」
即答したボクに春児様は驚かれたようなお顔をされているが、本当に簡単なことだった。
生チョコの「生」とはチョコレートに生クリームや洋酒を入れて柔らかくしているから生チョコと言われている。
ピンク色のチョコレートを湯せんで溶かし、そこに適量の生クリームを加えて混ぜ、型に入れて固まらせれば、桜の花びら生チョコの完成となるのだ。
「なるほどね……。生チョコというくらいだから、てっきり特別な製法があると思っていたけれど、そうでもないんだね……」
ボクの説明に春児様は意外だったといったように頷かれた。
「はい。生チョコの生は生クリームの生と覚えていただければ、そう差し支えないかと思います」
「本当に春太郎はなんでもできるね」
感心なされる春児様。
「そんなことはありません。ボクはできないことばかりで、それで自分が嫌になってしまうくらいです」
「ふふっ、その向上心、私は主人として嬉しく思うよ」
クスクスと微笑まれる春児様。
「で? 春太郎は誰かにチョコを贈らないのかい?」
「贈りません。ボクは男ですから」
「今は男も作るらしいよ。逆チョコとか友チョコというものもあるそうだ」
「あったとしても贈りません。そもそもそんな相手はいませんので」
「誠がいるじゃないか」
「なんでボクが誠にチョコを……? しかもバレンタインに……?」
絶対勘違いされる。もしくはバカにされていると思われるに決まってる。
「冗談だよ。春太郎まで参戦してしまったら、誰も勝てなくなってしまうからね」
「……本題に戻りますが、問題は作ることよりもその後ですね」
「後?」
「はい。ご存知のとおり生チョコは柔らかく形崩れしやすいので、慎重に容器を選ばなければなりません。でないと、渡したとき中身がぐちゃぐちゃに……なんてことになってしまいかねません」
「確かに……容易に想像できるね」
「ま、それは作りながら考えるといたしましょう」
「そうだね。案ずるより産むが易しだ」
同時刻・春乃邸――
春乃邸ではゆきところねがチョコレートを作っていた。
「ゆきちゃんはどんなチョコを作るつもりですか?」
ころねの問いに、ゆきは覚悟を決めたように、それでも迷っているといったような表情をして答えた。
「私は……どんなチョコを作るかは決めているけど、正直……チョコを渡すことよりも、大事なことが、その前にあるから……」
ゆきは自分が春児やゆのはに敵わないことを分かっていた。けれども、このままなにもせず身を引くのでは後悔すると分かりきっていた。だから、このバレンタインを機に、誠へ告白しようと決意していたのだった。
「ゆきちゃん……」
その言葉を聞いて、ゆきの本心を察したころねは自身も本心を語るように口を開いた。
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