第42話 隠された英雄と騒がしい日常

  『デヴォアラーアント貪る蟻』の女王を討伐してから、オレは一躍英雄に…とはならなかった。

 討伐の功績は、『シルバーストライク銀の一撃』と『ダスクファング薄暮の牙』のパーティーのものとして報告されたのだ。


 討伐後、ガレックさんが「オマエが討伐したのだから、堂々と手柄にすればいい」と言ってくれたが、オレは首を横に振った。


 子供のオレが討伐したなんて知られたら、ギルドや『クエスト探求・コレクティ集団ブ』で浮いた存在になる。それに、今以上に無理な仕事を押し付けられるかもしれない…


 そう考えると、とても自分だけで手柄を背負う勇気はなかった。


 そんなオレの気持ちを察したのか、『ダスクファング薄暮の牙』のアベルさんが言った。


 「功績はオレたちが持って行く。お前の立場も守れるだろう。それでいいんだよな?」


 彼は『シルバーストライク銀の一撃』の仲間と共に、女王を倒したのは自分たちだとギルドに報告した。


 オレがやったことは誰にも知られない。それで良かった――今は。


 ―――『クエスト探求・コレクティ集団ブ』で、


「もう、すな子! いい加減にしてっ!」


 エリナの怒声が空気を震わせる。


 彼女の視線の先には、しょんぼりとうつむく小柄なすな子。その大きな耳がぴくりとも動かず、尻尾もだらりと垂れている。


「な、なぁ、もう少し優しく…」オレは、思わず口を挟んだ。


「なにっ? レイくんは何も知らないんだから、黙って!」


 ビシッと指を突きつけられ、オレは思わず後ずさる。


「お、おう…ごめん」


 な、なんでオレが謝ってるんだ…?


 エリナの怒気に押されて、言葉が詰まる。


 話を聞けば、すな子がエリナに四六時中くっついて離れず、その行動が日に日にエスカレート。ついにはエリナの限界を超えたらしい。


「まぁ、気持ちはわかるけどさ…」


 ちらりとすな子を見ると、肩を落として悲しそうな顔をしている。

 いつも元気いっぱいのすな子には珍しい表情だ。


 尻尾まで垂れ下がっていて、まるで叱られた子犬みたいだな…


 うーん、ちょっとかわいそうに思えてきたぞ。


「な、なぁ、もう反省してるんだから、それくらいにしてやっても…」


 ――キッ!


 睨まれた。


「じゃあ、すな子の面倒をレイくんが見てよっ!」


 エリナがオレを指差して言い放つ。


「いや、それは…」


 なんて言おうかと考えていると、ふいにすな子が小さな声で呟いた。


「ごめんなさいにゃ…」


「「えっ…?」」


 オレもエリナも、その言葉に耳を疑う。


「すな子…今、喋ったか?」


「えっ…? 喋れるの?」


 驚きで目を見開くエリナ。オレも唖然としていた。


 すな子はエリナの怒りを受けて反省したのか、小さな声で続ける。


「だって、エリナが優しいから…つい…」


 その場に一瞬、静寂が訪れる。


 エリナは一呼吸おいてから、深々とため息をついた。

 そして、すな子の頭をそっと撫でる。


「もう…仕方ないな。ほどほどにしてよね。」


 すな子は目を輝かせ、ぱっと明るい表情に戻る。


「うん!  ごめんにゃさいにゃ!」


 尻尾を元気よく振るすな子を見て、オレたちはつい笑ってしまった。


 ――こうして、少しずつだが三人の距離が縮まった気がする。


 ―――組織の広場にて、


「…レイ…暇にゃ…」


 すな子がぼんやりとした声で呟く。


 この前、一緒にエリナに一緒に怒られて以来、すな子とオレは妙な親和性が芽生えたらしい。


 そして、エリナに「ちょっと休憩してなさい」と言われてしまい、いまはステイ中。結果として、暇を持て余したすな子は、こうしてオレにじゃれついてくるようになった。


「ねぇ、レイ、なにしてるのにゃ? それどうするのにゃ? ねぇ、なにかしようにゃ、ねぇ、ねぇ」


「…落ち着け、すな子…」


 オレは自分のマントに古い布を被せ、目立たないよう補修作業をしていたが、どうにも手が止まる。


 じゃれついてくる、すな子の気配が近い。

 

 いや、近すぎる。


「なぁ…オレが何してるか見ればわかるだろ。邪魔しないでくれよ」


「だって暇なんだもん! ねぇ、遊ぼうにゃー」


 ああ、気が散る。作業どころじゃない…


「……わかった。じゃあちょっと付き合ってもらうぞ」


 ふと思いつき、携行していた干し肉を取り出す。

 すな子の耳がぴくりと動き、目がきらきら輝いた。


「にゃにゃっ!? もらえるのにゃ?」


「まぁな。ただし、条件付きだ」


「条件?」


「『お手』を覚えたらやる」


「お手…?」


 ―――こうして、芸を仕込む練習が始まった。


 すな子の天真爛漫さはトレーニングには向いていないようで、最初は全く言うことを聞かなかったが、干し肉をちらつかせると、少しずつ要領を掴んできた。

 お手、お座り、伏せ…と、次第にコツを覚え、干し肉をゲットするたびに尻尾をぱたぱたと振る。


「あはは! すな子、すごいな!」


「にゃはは、すごいでしょー!」


 妙に誇らしげな顔をするすな子。


 だが、調子に乗るとすぐに失敗するのがご愛嬌だ。


 ―――そんな光景を目撃したのが、エリナだった。


「……レイ、何やってんの?」


「あ、エリナ。これか? まぁ、すな子の暇つぶしってやつだ。お手っ」


「にゃっ!」


「お座りっ!」


「にゃにゃっ!」


「ちんち…は、やめておこう…」


「にゃにゃ?」


「はぁ…」


 エリナは呆れたようにため息をつきつつも、すな子の「お手」を見て思わず微笑んでしまう。


「ほんと、しょうがないなぁ…」


 その後、エリナはオレの補修中のマントを見て眉をひそめた。


「ちょっと貸して。見てらんないから手伝う」


「え、いや、大丈夫だって…」


「いいから」


 強引にマントを手に取り、エリナは針と糸を器用に操りながら、あっという間に作業を終わらせてしまった。


「ほら、完成。これで少しはマシになったんじゃない?」


「おぉ…すごいな、エリナ! ありがとう!」


「別にいいわよ。…それより、すな子、次はちゃんとおとなしくしてなさいよ」


「はーい!」


 ―――こうして、なんともにぎやかな一日が過ぎていった。

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