第42話 隠された英雄と騒がしい日常
『
討伐の功績は、『
討伐後、ガレックさんが「オマエが討伐したのだから、堂々と手柄にすればいい」と言ってくれたが、オレは首を横に振った。
子供のオレが討伐したなんて知られたら、ギルドや『
そう考えると、とても自分だけで手柄を背負う勇気はなかった。
そんなオレの気持ちを察したのか、『
「功績はオレたちが持って行く。お前の立場も守れるだろう。それでいいんだよな?」
彼は『
オレがやったことは誰にも知られない。それで良かった――今は。
―――『
「もう、すな子! いい加減にしてっ!」
エリナの怒声が空気を震わせる。
彼女の視線の先には、しょんぼりとうつむく小柄なすな子。その大きな耳がぴくりとも動かず、尻尾もだらりと垂れている。
「な、なぁ、もう少し優しく…」オレは、思わず口を挟んだ。
「なにっ? レイくんは何も知らないんだから、黙って!」
ビシッと指を突きつけられ、オレは思わず後ずさる。
「お、おう…ごめん」
な、なんでオレが謝ってるんだ…?
エリナの怒気に押されて、言葉が詰まる。
話を聞けば、すな子がエリナに四六時中くっついて離れず、その行動が日に日にエスカレート。ついにはエリナの限界を超えたらしい。
「まぁ、気持ちはわかるけどさ…」
ちらりとすな子を見ると、肩を落として悲しそうな顔をしている。
いつも元気いっぱいのすな子には珍しい表情だ。
尻尾まで垂れ下がっていて、まるで叱られた子犬みたいだな…
うーん、ちょっとかわいそうに思えてきたぞ。
「な、なぁ、もう反省してるんだから、それくらいにしてやっても…」
――キッ!
睨まれた。
「じゃあ、すな子の面倒をレイくんが見てよっ!」
エリナがオレを指差して言い放つ。
「いや、それは…」
なんて言おうかと考えていると、ふいにすな子が小さな声で呟いた。
「ごめんなさいにゃ…」
「「えっ…?」」
オレもエリナも、その言葉に耳を疑う。
「すな子…今、喋ったか?」
「えっ…? 喋れるの?」
驚きで目を見開くエリナ。オレも唖然としていた。
すな子はエリナの怒りを受けて反省したのか、小さな声で続ける。
「だって、エリナが優しいから…つい…」
その場に一瞬、静寂が訪れる。
エリナは一呼吸おいてから、深々とため息をついた。
そして、すな子の頭をそっと撫でる。
「もう…仕方ないな。ほどほどにしてよね。」
すな子は目を輝かせ、ぱっと明るい表情に戻る。
「うん! ごめんにゃさいにゃ!」
尻尾を元気よく振るすな子を見て、オレたちはつい笑ってしまった。
――こうして、少しずつだが三人の距離が縮まった気がする。
―――組織の広場にて、
「…レイ…暇にゃ…」
すな子がぼんやりとした声で呟く。
この前、一緒にエリナに一緒に怒られて以来、すな子とオレは妙な親和性が芽生えたらしい。
そして、エリナに「ちょっと休憩してなさい」と言われてしまい、いまはステイ中。結果として、暇を持て余したすな子は、こうしてオレにじゃれついてくるようになった。
「ねぇ、レイ、なにしてるのにゃ? それどうするのにゃ? ねぇ、なにかしようにゃ、ねぇ、ねぇ」
「…落ち着け、すな子…」
オレは自分のマントに古い布を被せ、目立たないよう補修作業をしていたが、どうにも手が止まる。
じゃれついてくる、すな子の気配が近い。
いや、近すぎる。
「なぁ…オレが何してるか見ればわかるだろ。邪魔しないでくれよ」
「だって暇なんだもん! ねぇ、遊ぼうにゃー」
ああ、気が散る。作業どころじゃない…
「……わかった。じゃあちょっと付き合ってもらうぞ」
ふと思いつき、携行していた干し肉を取り出す。
すな子の耳がぴくりと動き、目がきらきら輝いた。
「にゃにゃっ!? もらえるのにゃ?」
「まぁな。ただし、条件付きだ」
「条件?」
「『お手』を覚えたらやる」
「お手…?」
―――こうして、芸を仕込む練習が始まった。
すな子の天真爛漫さはトレーニングには向いていないようで、最初は全く言うことを聞かなかったが、干し肉をちらつかせると、少しずつ要領を掴んできた。
お手、お座り、伏せ…と、次第にコツを覚え、干し肉をゲットするたびに尻尾をぱたぱたと振る。
「あはは! すな子、すごいな!」
「にゃはは、すごいでしょー!」
妙に誇らしげな顔をするすな子。
だが、調子に乗るとすぐに失敗するのがご愛嬌だ。
―――そんな光景を目撃したのが、エリナだった。
「……レイ、何やってんの?」
「あ、エリナ。これか? まぁ、すな子の暇つぶしってやつだ。お手っ」
「にゃっ!」
「お座りっ!」
「にゃにゃっ!」
「ちんち…は、やめておこう…」
「にゃにゃ?」
「はぁ…」
エリナは呆れたようにため息をつきつつも、すな子の「お手」を見て思わず微笑んでしまう。
「ほんと、しょうがないなぁ…」
その後、エリナはオレの補修中のマントを見て眉をひそめた。
「ちょっと貸して。見てらんないから手伝う」
「え、いや、大丈夫だって…」
「いいから」
強引にマントを手に取り、エリナは針と糸を器用に操りながら、あっという間に作業を終わらせてしまった。
「ほら、完成。これで少しはマシになったんじゃない?」
「おぉ…すごいな、エリナ! ありがとう!」
「別にいいわよ。…それより、すな子、次はちゃんとおとなしくしてなさいよ」
「はーい!」
―――こうして、なんともにぎやかな一日が過ぎていった。
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