第45話 レイとアベル

「レイ、下がってろっ!」


「は、はいっ!」


 目の前に立ちはだかったのは、巨大な岩の巨人――「ストーンワーデン」


 その体は地中から引きずり出された岩塊で構成され、胸の中央には妖しく輝くコアが埋め込まれていた。


 ―――ゴォォン!


 地を揺るがす足音とともに、ワーデンが大岩の拳を振り下ろした。大地が割れ、土埃が舞う。


「ガランッ! 左前方に回り込んで牽制しろ! 盾を構えて、押し出すんだ!」


「了解っ!」


「グーテルッ! 酔ってる場合じゃねぇぞ!  シュテルンの回復を急げっ!」


「シュテルン、弓を構えつつ後方に下がれ!  前に出るな、死にたいのかっ!」


「ルーフェンもガランを補助しろ!  盾を使え!」


 アベルの指示が次々と飛ぶ。それに応じて、仲間たちは瞬時に動き出した。


 盾を持つガランとルーフェンがワーデンの注意を引きつけながら、素早く横へと回り込む。


 一方で、回復役のグーテルが仲間の後衛を整え、遠距離からの攻撃準備が進められる。


「おいおい、コイツの攻撃、重すぎだろうが! 一発でも食らったら即死だぜ!」


 ガランが叫びながらも盾を構える。


「だから、やられる前にやるんだろうが! コアを狙え! あそこが急所だ!」


 アベルが鋭く指示する。


 遠目に見ていたオレは、ただ呆然とその動きを見つめていた。


 まるで軍隊だ。


 指示を出すアベルを頭脳に、全員が無駄のない動きで連携し、一糸乱れぬチームプレイを見せる。


 ワーデンの巨体が、もう一度拳を振り下ろそうとした瞬間、アベルが声を張り上げた。


「今だ! ガラン、盾を跳ね上げて体勢を崩せ!」


「よしっ、いっけぇ!」


 ガランが盾を突き上げると同時に、ルーフェンがワーデンの脚を狙って突進する。巨人のバランスが崩れ、胸のコアが露わになった。


「シュテルン、撃てっ!」


「了解っ!」


 弓兵のシュテルンが放った矢が、見事にコアに命中。


 ストーンワーデンの巨体が激しく揺れ、胸部の光が一瞬強く輝いた後、砕け散った。


 ―――ゴロゴロ……


 その巨体が崩れ落ちる音を聞きながら、アベルが息を吐き出す。


「よし、全員無事だな。やれやれ、楽勝だったな!」


「「「おうっ!」」」


 仲間たちが勝利の雄叫びを上げる中、オレはただ圧倒されるばかりだった。


 戦いを通して、彼らの連携の強さと、命を懸ける覚悟がひしひしと伝わってきた。


 ガレックさんたちの連携も凄かったけど、アベルさんの方が上かもしれない……


 ごめんなさい、ガレックさん……


 オレは、思わずそう思った自分に、内心で謝罪した。


「ふふん、どうだい、レイ?  オレたちは?」


「なんて言うか……すごいですね」


「ガレックより凄かったか?」


「あ……その……えっと……」


「ははは、その返答が答えだな。正直だな、レイは。あはは」


 アベルさんに何もかも見透かされた気がした。


 この人、色んな意味ですごい。


 たしかに、荒くれ者のリーダーをやっていることだけはある。


 人を惹きつける何かを持っているようだ。。


 古代中国、楚漢戦争の劉邦のような……


 もし、ガレックさんより早く出会っていたら、オレも惹きつけられたかも知れない。


 ―――


 アンチグラビティ結晶(変異した鉱物)

 

 変異元: フォースコアのエネルギーにさらされた鉱石。


 特性: アンチグラビティ結晶は、魔力を流すことでその特性が発現し、周囲の重力場を反転させる力を発揮する。魔力が流れない状態では、単なる普通の岩石に過ぎず、浮遊や移動能力は全く得られない。魔力の供給があるときのみ、その能力が活性化し、浮遊、加速、減速などの高度な重力操作が可能となる。


 用途: 浮遊装置やフローティングボード、魔力を使った移動技術のための核心的な素材。戦闘においては、重力の操作を通じて敵を拘束したり、移動速度を調整するためにも使用される。


 ―――


「えっ……これって……」


「どうした、レイ?」


 オレは一瞬、言葉に詰まってしまった。

 心臓がドキドキと音を立てているのが分かる。

 

 オレは既にこの人を信用してしまっている……


 だから、すべてを話してしまいたいと思う自分に戸惑ってしまった。


 でも……この能力は知られるわけにはいかない……


「な、なんでもないです……」


「ほ~~う」


 アベルさんの視線がわずかに鋭くなる。

 何かを察しているのは分かるが、それを言葉にはしない


「あの……それで、そこの石を貰ってもいいですか?」


「あのコアが砕け散った石か?」


「そうです……」


 オレがそう言うと、アベルさんはその石を拾って観察しだした。


「……なんの変哲もない石だな」


「そ、そうですね……」


「で、そのなんでもない石がオマエは欲しいと?」


「……そう……です……」


「ふ~~~ん……ま、いいか。欲しいなら、拾っておけ」


「あ、ありがとうございます」


 オレは早速、コアの石を拾いだした。


 その時、アベルさんがオレにだけ聞こえるように囁いてきた。


「……いつか、オレに心を開いたら、全部話してくれないか? 悪いようにはしない」


 と……


「え……」


 オレは、その言葉にしばらく固まった。

 心の中で何かが弾けるような音がした。


 胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われ、どうしてこんなにも苦しいのか、自分でも分からなかった。


 オレが何かを隠していることを、アベルさんは見透かしている。


 それでも、無理にその真実を引き出すことはしない。

 その優しさが、逆にオレを追い詰める気がした。


 申し訳ない気持ちがどんどん膨らんでいく。


 それはアベルさんだけではなく、ガレックさんにも感じている。


「………」


 どちらも、オレに対して何かを期待しているわけではない。

 ただ、良くしてくれるだけだというのに、オレは――


 エリナに対しては仕方なかった。

 彼女なら、大丈夫だという確信があったし、誰かに知っておいてほしいという気持ちもあった。


 だけど――


 それなら、なぜガレックさんやアベルさんには話せないのだろうか?


 オレ自身は、どちらも信用できるはずだ。

 特にガレックさんには感謝してもしきれない。


 それなのに、どうして……


 オレは罪悪感からアベルさんに謝罪をした。


「すいみません……今は話せません……ガレックさんにも何も話してないのに、先に話してしまうのは礼儀に反している気がします……ごめんなさい」


 アベルさんはその言葉を聞くと、一瞬黙り込んだ。そして――


「あはは……ははははは!」


 突然、大きな声で笑い出した。


「いや、いいね、レイくん! わはは! なるほどね……ま、これでキミに何か隠してることがあるってのが分かったよ。今は、それだけで十分だ。あはは!」


 あまりに楽しそうに笑われたので、オレは呆然としてしまった。


「キミ、警戒心は強いけど、誠意に接するとバカ正直になるな。義理堅いっていうのかな、いや、ただの正直者か。いいぜ、オレは好きだぜ、そういうヤツ。あはは!」


 ――すごい笑われてる。


 羞恥心で胸がいっぱいになりそうだったオレは、顔を赤くしながら小声で呟いた。


「……そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」


 だがアベルさんは、さらに声を張り上げて笑った。


「いやいや、すまんすまん! キミのそういうところ、マジで面白いんだよ! でも、悪く思わないでくれよ? オレは、本当にキミのそういうとこが気に入ったんだ!」


 その言葉に、不思議と胸の奥が温かくなるのを感じた。


 恥ずかしいのは変わらないけど、少しだけ救われた気がした。

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