第44話 不器用な謝罪
『名も無き冒険者たちの記録』より抜粋
――ダンジョン。
それはただの洞窟でも鉱山でもない。ある土地に魔力が溜まり、澱み、やがて飽和すると、その地は異様な変化を遂げる。そこには生物の生存を許さぬ厳しさがありながらも、不思議な生命の気配が漂う空間が現れるのだ。
かつて、ある冒険者がこう記している。
「足を踏み入れると、空気が重く肌にまとわりつくような圧迫感を覚えた。壁や床に触れると微かに温かく、遠くから聞こえる振動音が耳元でささやくように響く。それは、まるでこの空間そのものが脈打ち、息づいているかのようだった」
さらに興味深いのは、魔物たちの存在だ。この記録によれば、侵入者を阻むように罠や障害が突如として現れる一方、現れる魔物たちは凶暴かつ洗練された動きを見せたという。
「ここに現れる魔物たちは明らかに異常だ。外界のそれとは異なり、魔力を浴びすぎたのか、姿形も動きも不自然で、まるでこの場所そのものが作り出した産物のようだ。そして、弱者は淘汰され、強者だけが深部で待ち構えている。それは試練であり、選別なのだろうか。」
最深部――誰もが「核」と呼ぶ場所――には、この空間の起源に関わる何かがあると信じられている。しかし、そこまで到達し、生還した者はほとんどいない。記録に残るのは、ただその「核」の近くで感じた圧倒的な恐怖と威圧感、そして、振り返るたびに後ろをつけ狙うような気配だけだ。
最後に、この冒険者はこう結んでいる。
「ダンジョン。それは生命とは異なるが、無機物とも言えない、不気味な存在だ。意思があると断言はできない。だが、我々が侵入するとき、それが何かを察知し、対応するのを感じた。まるで、それ自身が生きているように」
《ダンジョンの形成要因》
洞窟や鉱山などとは違い、人や自然によって作られた構造とは一線を画す。
ダンジョンは、特定の条件下で土地に魔力が集まりやすい場所に形成されることが知られている。
地磁気の乱れが激しい地球の特異点のように、魔力が引き寄せられるポイントが存在するのだ。
そして、魔力が一定量を超えると土地が変質し、ダンジョンが誕生する。
特に鉱物が豊富に埋蔵されている土地では、魔力の影響を受けた鉱物が変異を起こすことが観察されている。
魔力が薄い環境では、鉱物は結晶化して安定した形態をとる。
しかし、魔力濃度が高い環境では、鉱物が「コア」となり、膨大なエネルギーを内包する不安定な状態になる。
ダンジョン内では魔力の循環により、結晶もコアも極めて安定した状態で存在するが、ダンジョン外に持ち出されるとコアは不安定化し、慎重な取り扱いが必要となる。そのため、持ち出される素材としては安定性の高い結晶が主流である。
結晶はそのままでも高い価値を持ち、魔術や工業用途に広く用いられている。
《ダンジョンで採取できる主要な素材》
ダンジョンから採取される素材は、大きく以下の三種に分類される。
1、結晶(クリスタル)
魔力の影響で結晶化した鉱物。安定しており、魔術やエネルギー供給装置の素材として重宝される。
2、コア(核)
膨大なエネルギーを内包した不安定な鉱物。ダンジョン内では安定しているが、外部では取り扱いに注意が必要。主に高性能エネルギー源や特殊兵器の開発に利用される。
3、鋼材(メタル)
ダンジョン特有の環境で変異した金属資源。中でも以下の2種類が代表的である。
フォトニックアイアン:微弱な光を帯びた金属で、高い導電性と魔力伝導率を誇る。主に魔術具や高性能な装備の素材となる。
ヌリウム銅(Nulium Copper):魔力を遮断する特性を持つ希少金属。魔法防御の装備や結界の核材として利用される。
最後に――
ダンジョンはただの異常な空間ではない。
それは意思があるかのように動き、侵入者を選別する存在だ。
そこに生まれる素材や魔物、環境そのものが、この世界の魔力の本質を物語っている。
冒険者たちの記録から垣間見えるその神秘は、まさに「未知」と言えるだろう。
………
「どうだ、レイ? それでよかったかい?」
「はい、わざわざ、読ませてもらい、ありがとうございました」
オレは「ダスクファング」のアベルさんに軽くお辞儀をしてお礼を言った。
ほんの軽い気持ちで「ダンジョンって、何故存在するんでしょう?」と、尋ねたら、一冊の小冊子のようなものを渡された。
今読んでいたのが、それだ。
わかったことは…よく分からない、と言うことが分かっただけだった。
「ダンジョンって謎ですね」
「そうだな……どの神様が作ったかは知らないが、厄介なものを作ってくれたもんだ」
「……冒険者の稼ぎ所ですよ? 厄介なんですか?」
「そらそうだ。コイツのお陰で、オレたちの血が騒いで堪らない。それこそ命懸けでな。それを厄介と言わないで、どう言うんだ?」
レイはその答えに思わず眉をひそめた。
確かに命懸けというのは想像できたが、彼らの笑い声に隠された覚悟の重さを感じ取れたからだ。
「「「ちげぇねぇ。わはは」」」
その笑いは朗らかである一方、どこか達観した響きがあった。
命懸けの稼業だからこそ、彼らはそれを笑い飛ばす術を心得ているのだろう。
その一人にこの前、オレに絡んできたガランさんが、オレを凝視していた。
その視線に、オレもアベルさんも気づき、アベルさんが一言述べる。
「ガランッ! こっちにこい」
呼ばれたガランさんは不承不承に言われたまま、オレとアベルさんの前に現れる。
「オマエ、レイに何か言うことあるんじゃねぇのか?」
そう言われて、ガランさんは気恥ずかしそうに返答する。
「……その……この前は悪かった……オレはどうしても欲しい物は力尽くで奪おうとする癖が……あってさ……その……わるかったよ……」
えっ!
オレは予想外の謝罪に目を見開いた。
まさか、あのガレスさんがこんな風に頭を下げるなんて……
「オレたちは、所謂、世界に取ってはハミ出し者ばかりだ。だが、そんなどうしようもないヤツでも、どこかに受け入れてくれる場所くらいあってもいいだろ? そう思って、オレはこのパーティを作ったんだよ。どいつもこいつも、どうしようもないバカばかりだが、悪く思わないでやってくれ……コイツもこの前、オマエに命を救われて、感謝しててな。ふはは……オレに、どうやって謝ればいいか聞いてきた、かわいいやつなんだよ。わはは」
「ちょ、ちょっと……リーダー、それは言わない約束ですぜっ……」
「「「ガラン、照れるなよっ。わはは」」」
「お、おめぇら……」
ガレスさんはそっぽを向き、困った表情を浮かべていた。
オレはふと、もうこの前のことなんてどうでもいいと思った。
それどころか、不器用に謝罪するガランさんの姿がなんだか微笑ましくて、つい笑ってしまった。
「あははは」
「お、オマエまで……くそっ……言うんじゃなかったぜ……」
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