第2話 現代

「犯罪者の息子はどいつだ?」


「こいつだよ。零士くん、よくみんなの前にいられるねぇ。殺○者の息子がぁ、あはは。」


「ねぇねぇ、殺○者のクズの息子ってどんな気持ちなの? やっぱり、相手に悪いとか思っちゃうわけ?」


「ないない。だって、犯罪者のクズだぜ。そんなのあるわけないって」


「だよな~、だから、オレたちが代わりにクズの出来損ないに罰を与えてやってるんだ。わかる?  零士くん。あはは」


―ガスッ!ドコッ!バキッ!


「ぐっ…」


オレは『宇都宮零士』、18歳、普通の高校生だ…ある一点を除いては…


「あはは、まだお仕置きは終わってないんだよっ!」


 ―ガッ!


「ガハッ…」


 オレは殺○犯の息子だ…


 そんなオレを取り囲んでいるのは、オレのクラスメートたちだ。


 オレも母さんも、父さんが起こした事件のせいで地元を追われた。

 誰も知らない土地に逃げ込んだものの、どこからか「殺○者の息子」という噂が広まり、すぐにオレは孤立した。


 反論することもできず、彼らの暴力に耐えるだけの日々が続いている。

 何を言ったところで無駄だし、彼らはオレの言葉を聞こうともしない。

 下手に反論すれば、さらに激しい暴力が待っているだけだ。

 だから、オレはただ黙っている。いや、言えないのだ…


 ただ、早く彼らが飽きてどこかへ去ってくれることを祈るだけだ。


 正直に言えば、オレは父さんを恨んでいる。


 なんで、あんなことをしたんだ…

 犯罪さえ起こさなければ、事情は仕方ないのは分かってる…

 けど…殺○さえなければ…

 こんな目に遭わずに済んだのに…


 零士の父親は、小さな町で働く普通の工場労働者だった。

 誰に対しても親切で、困っている人を放っておけない性格だったため、地域でもそれなりに信頼されていた。


 事件の日、彼は夜遅くに仕事を終えて家に向かっていた。

 静まり返った町に響く女性の叫び声を耳にし、彼は迷わず駆けつけた。

 そこでは、酔っ払った男が女性に暴行しようとしていた。

 父親はその男を引き離し、女性を助けようとしたが、男と揉み合ううちに、男は倒れ、後ろにあったコンクリートの角に頭を強く打ち、即死してしまった。


 父親は救急車を呼んだものの、男はその場で命を落としていた。


 彼はただ、誰かを助けようとしただけだった。

 だが、その行動が結果として他人の命を奪ってしまったという事実は変えられなかった。


 警察が到着し、父親は逮捕された。

 事件の詳細が明らかになるにつれて、彼が女性を助けようとしていたことは証明されたが、被害者の家族は「故意ではなくとも、命を奪ったことに変わりはない」と強く訴えた。

 最終的に父親は過失致死罪で有罪となり、刑務所に送られた。


 父親が刑務所に送られると同時に、オレたち家族にも影響が広がった。

 「殺○者の家族」として地元の人々から冷たい目を向けられ、オレと母さんは居場所を失った。

 新しい土地で生活を始めたが、どこからか噂が流れ、「殺○者の息子」として再び孤立するようになった。


 事故であったことは裁判で明らかになったが、メディアでは「殺○者」という言葉が大きく報道され、事件の背景はあまり取り上げられなかった。

 町の人々もその報道だけを見て、零士とその母親に冷たい目を向けるようになった。

 理解力のない人々は、父親が助けようとしていた事実を無視し、「殺○者の息子」として零士を繰り返しいじめ続けた。

 零士の抗議は無視され、父親の意図を理解しようとする者は少なかった。


 オレは誰を恨めばいいのだろうか…?

 理解をしてくれない人たちを恨めばいいのか…?

 それとも、報道をしたメディアを恨めばいいのだろうか…?

 それとも…それを引き起こした父を恨めばいいのだろうか…?


 人を助けるために動いた父さんを恨むのはお門違いなのは分かってはいる…

 分かってはいるんだ…

 それでもオレは、父を恨んでしまった…


 犯罪さえ起こさなければ、少なくとも殺○さえなければ…

 母さんは今も元気だったはずだ。


 母さんは、精神的に病んでしまい、今では情緒不安定で病院に入院している。

 病院のベッドで眠る母を見つめながら、彼は自分の無力さを感じた。


「お母さん、僕には何もできないのか?」


 零士は涙をこぼしながら、いつも自分を支えてくれた母の顔を思い出した。


 だが…今のオレは一人、誰もいない部屋で、ただ黙って生きている。

 何もない、希望もない、ただ、この世界にいたくない…


 そんな気分だけがある。

 もういっそ、誰かオレを殺してくれないだろうか…


 自分で自殺する勇気すらないオレは他人任せだ。

 もうなんでもいい、ここじゃないどこかへ、飛ばしてくれないだろうか…


 そんなことを考えている間にも、オレは好き放題されていた。


「なぁ、こいつの裸、晒してやらないか?」


 誰かが、そんなことを言っていた。


 もう、好きにしろよ…オレは終わるならなんでもいいと思っていた。


「いいね。オラオラ、脱がせ脱がせ。ははっは」


「なんだこいつ、笑えるぅ~おっしゃ、写せ写せ、あはは」


 しばらく、オレの痴態を晒していたクラスメートだったが、飽きたのか、そのままオレを放置して開放された。


 ああ、この程度で済んで良かった…

 オレはそう思ってしまった。


「あはは、また明日な。わはは」


「じゃあな、零士きゅん。今日は面白かったぜ」


 と、そう言いながら、奴らは去っていく。


 オレは衣服を着て、公園で顔を洗い、腕や手足も洗いながら、自分の存在を無理に消そうとしていた。水が流れるたびに、少しでも心が洗われるのではないかと期待していたが、結局はただの虚しさしか残らない。周囲の視線を感じるたびに、心の中で叫びたくなる。


 オレは、虚しさを感じながら周りを見渡した。


 すると、誰も座っていないベンチが見えた。


 公園のベンチは薄汚れ、草は伸び放題で、色あせた花が風に揺れている。

 周囲は静かで、ただ時折通り過ぎる人々の足音だけが響いていた。


「…帰るか」


 そのまま公園からオレは駅へと向かう。


 駅に着くと、駅舎は古びていて、長い間手入れされていないことが明らかだった。

 ホームに立つと、電車の到着を告げる音が遠くから聞こえてきた。

 乗客たちが急ぎ足で通り過ぎていく中で、自分だけが取り残された気分がした。


 オレは、白線の内側で電車を待ちながら、心の中で静かに絶望していた。


 周りの喧騒が、まるで自分の存在を否定するかのように響いている。


 その時、誰かに押された感覚を感じた。


 だが、もう逃げることができないと悟った。


 自分の意志とは関係なく、運命に引き寄せられる感覚が背中を押している。

 これで、苦しみから解放されるのなら、もう何も怖くない。


 ああ、これでやっと終われるんだと…


 むしろ、どこかホッとした気持ちさえ湧いてくる。


 ああ、こんな日々が終わるのなら、少しだけでも心が軽くなるかもしれない…

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