第37話 波乱

「…これを、ここに入れて…そして、これは、こっち…と、で…これは…あ…っとと…ふぅ…こうして、これでよしっ…はぁぁ~、終わった」


 オレは、荷物を点検してまた、入れ直して全て準備が整えた。


「はあ~一息つけるなぁ」


 オレが全てが終わり、一息ついていると声をかけられた。


「おいっ、そこのガキ。おまえ、いいマント付けてるじゃねぇか。」


 不機嫌そうな声が耳に飛び込んできた。振り返ると、『ダスクファング薄暮の牙』の一員であるガラの悪い冒険者が立っていた。

 彼は背が高く、鎧は泥と血にまみれ、手入れなど気にしていない。

 鋭い目つきと油ぎった茶髪、顔には浅黒い傷跡が走り、その口元には軽蔑の笑みが浮かんでいる。

 剣を軽く叩きながら、威圧的にオレを見下ろしてきた。


「そのマント、オレの方が似合いそうだな…」


 彼の周囲には不穏な空気が漂い、体がこわばる。

 どう返事すればいいのか分からないまま、オレは動けなかった。


「なんとかいえよ。ああっ。オレの方が似合うだろって、いってんだろうがよっ! わっかんないかなぁ。それを脱いで、オレに渡せつってんだよっ!!」


「え…え…い、いやです…」


 オレが拒否した瞬間、男はオレの胸ぐらを掴み、脅しを入れてくる…

 けど…これくらいは、前のオレには普段の出来事だった。

 そして、この世界に来てからも…

 だから、そんなには驚かないでいた。

 そんなオレを不思議に思ったのか、男は今度はもっと締め上げて、軽く平手打ちをしてきた。


「なんも表情を変えねぇなぁ、おめぇ。気味がわりぃわ…なぁ、これ以上、何もされたくないなら、おとなしく言うことを聞いたほうが、オレはいいと思うけどなぁ。なぁ、おめぇはどうおもう?」


 男は、気味悪がりながらも苛立ちを覚えながら、オレをいびってくる。

 別に慣れているワケじゃない…

 こわいものはこわい…

 けれど…何度も、同じことをやられすぎたせいなのか、こわいと思いながらも麻痺している感覚だった。


「…聞けませ…ん…」


「ああっ! おまえ、なんつった、いまっ!!」


「聞けません…と言いました…これは、わたしに取って大事なものなんです。生地がいいとか、性能がいいとかじゃないんです…これは、わたしに取って大事な信用の証なんです…だから、聞けません」


 思い通りにいかないことに、額に血管を浮かび上がらせていた男は、その言葉を聞いて、さらに頭に血が上る。


「んだと、このガキがぁぁ! よく言ったよっ!」


 そう言いながら、男は拳を振り上げオレに振り下ろそうとしていた。

 それを見て、オレは目をつむり、歯を食いしばった。

 その時、声が響く。


「やめろっ! おまえ、オレの大事な仲間に何やってんだ?」


 ガレックが厳しい目で、冷たい目でオレを脅していた男を一瞬で凍りつかせた。


「なぁ…手を離してくれないかなっ?」


 そう言いながら、ガレックは瞬時に男の手を掴んだ

 瞬時に、そのまま腕を背中に回し、彼の手首をしっかりと掴んで力を込める。

 男の体が驚きで硬直し、目が大きく見開かれる。

 関節を極めることで、彼の動きは完全に制御され、無力化されていく。

 

「なぁ、もう一度聞くぞ。おまえ、オレの大事な仲間に何やっちゃってくれてんだ…あっ!」


「…いでで…冗談、冗談だって…なあ、坊主。冗談だったよな…」


 男は怯えた声を絞り出し、必死に笑おうとするが、その笑みは引きつっていた。

 体全体が震え、目は恐怖に見開かれている。

 その光景を目の当たりにしたオレは…


 オレを脅していた男より、今はガレックさんの方が数段おそろしい…


 そう思ってしまい、何もできずに呆然としていた…


「…悪かった、オレが悪かったよ…だ、だから、腕を離してくれ…これ以上は、折れちまう…いででで」


 男は痛みに歯を食いしばり、汗が額から滴り落ちていた。

 しかし、ガレックは微動だにしない。


 そんなガレックさんに、オレは声を掛けようとすると別の方向から声が聞こえてきた。


「そこまでにしてくれないか、ガレック」


「あっ!」


 短く総言い放ち、声の主の方向にガレックは顔をそちらに向けた。


「なんだ、アベル? こいつ、おまえのところのだろ? しつけがなっていないな」


 アベル?


 その名前にオレは聞き覚えがあった…

 たしか…


 あ…『ダスクファング薄暮の牙』のリーダーの名前だ。


 この、髪がロングの金髪で見た目が優男なのに、こんな荒くれ者を束ねてるのか?

 だが、よく見ると体全体は自然体で革鎧を来ていて良くは分からないが、腕や足、体全体をみるだけでも、よく鍛え込んでいるのがよくわかった。

 

 それに、なんか見ているだけでも不思議な威圧感がある。

 リーダーになっているのが、なんとなくだが、分かった気がした。


「これは、手厳しいな。だが、もういいだろ。こいつも、もう何かするきなんてないさ。こいつのは、オレから強く言っておくから、手を離してくれないかな?」


 そう言われて、ガレックさんが仕方なく腕を解いた。


「…ほれ」


 腕を解かれた男は、ガレックさんを睨み負けセリフを言い出した。


「…てめぇ、覚えてろよ…こんど…」


 そう言いかけて、男はアベルさんに止められた。


「悪かったな、ガレック。手間をかけさせた。コイツには言い聞かせておくよ」


「…あやまるのはオレにじゃない。レイに謝れ」


「レイ? …ああ、この子のことか…悪かったな、えっと…レイくんだっけ?」


「…あ、はい、レイです」


「怖い目に合わせたみたいで…ほんと、管理しきれなくて、悪かったね。…なにか、お詫びをしたいのだが…」


「…そ、そんなのはいいですよ。と、特に何もなかったのですから…」


「そうかい? まぁ、キミがそういうのなら、それでいいかな。それにしても…キミのそのマント…なんだか、良さそうだね? どこで、買ったんだい?」


「あの…えっと…その…」


「…これは、オレたちのパーティで荷物持ちをずっと頑張ってくれてたから、オレが贈ったんだよ」


「…へぇ、そうかい。それはいいものを貰ったね。レイくん」


「は、はい…だから、今日も頑張ります」


 そんな返答をするオレを、しばらく観察していたアベルが口を開く。


「…そう言えば、キミは最近噂になってる、荷物持ちくんじゃないか?」


「…噂が何か知りませんが、荷物持ちはやっています」


「そうかい、そうかい。キミがそうだったのか」


 根掘り葉掘り聞いてくるアベルに業を煮やしたのか、ガレックが割って入る。


「もういいだろ、アベル。お前らも準備があるんじゃないのか?」


「ああ、そうだね。それじゃあ、もどるぞ、ガラン。じゃあな、ガレック、今日はお互い頑張ろうな」


「…ああ、そうだな」


 そういうと、男と何かを話しながら引き連れて、パーティへと戻っていったのだった。

 

 その途中、アベルは振り向くと


「そうだ、今度、オレたちのパーティも君を指名してもいいだろうか? レイくん」


 オレはドキッ! として、何も答えられずにいた…


「………」


「まぁ、いいさ。あとでまた聞くから、考えておいてよ。じゃあね」


 そう言うと、アベルは今度こそ戻っていった。

 その途中で、アベルとガランという男の会話が耳に入った。


「なぁ、ボス。なんで、あんなガキを気にかけてんだ?」


「んん…ちょっと気になってな。考えてみろよ、あんな子供が何度も危険な任務を生き延びて、他のパーティからも評価が高い。不思議だとは思わないか?」


「…まぁ、そうですけど、それでも…」


「オレは、その理由を見極めたいんだ。だから、もうちょっかいはかけるなよ、ガラン。さもないと…」


「…わ、わかったよ、アベル…」


 アベルたちの会話を聞きながら、オレは不安を覚えた。

 アベルの提案にどう応じればいいのか、答えが見つからないままだった。

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