第40話 断末のオーケストラ

 『デヴォアラーアント貪る蟻』の女王アリと兵隊アリの猛攻が激化する中、アベルとガレックの口論もエスカレートしていた。


「そんな雑魚、さっさと片付けろよ!」


 アベルが苛立ちを隠せずに叫ぶと、ガレックは肩で息をしながら噛みつくように反論する。


「なら、酸を吐かせるな! 避けながら戦うなんて無理だ。危険すぎる!」


 言葉の応酬は激しさを増し、互いに苛立ちながらも、二人は兵隊アリの顎や女王の酸の攻撃をギリギリでかわし続けていた。


 だが、それだけで精一杯だ。


 仲間たちも傷を負い始め、回復が追いつかなくなっている。


「くそっ! このままじゃ持たない…」


 二人は内心でそう感じながらも、あえて口にはしなかった。


 言葉にしてしまうと仲間たちを不安にさせてしまう為だ。

 その不安が増せば、ミスも増える。

 ミスが増えれば、さらに危険度が増してくる。

 その負の連鎖が起こることを知っているからだ。


 だが、さすがに他のメンバーたちも置かれた状況が不利になっていることは気づいている。

 が、言葉には出さない。理由は言わずもがな。


 そんな中でも、『シルバーストライク銀の一撃』は仲間を信じ持ちこたえていた。

 それは、荒くれ者の集団の『ダスクファング薄暮の牙』も同じだった。


 しかし、両者とも、このままでは崩壊が時間の問題であることを感じ取っていた。


 そんな危険な状況の中、レイは脳裏に浮かんだ『アーカライト結晶』を探していた。


「オレの考えが正しければ…これで、なんとかなるはずだ…」


 そう、強く信じていた。


 オレの頭に浮かんだと言うことは、二メートル圏内にあるはずだ。


「どこだ…」


 血と泥にまみれた地面に、不自然に輝く石が目に留まる。

 それを拾い上げると、野球ボールほどの大きさの鉱石だった。


「これが、アーカライト結晶…」


 アーカライト結晶は、深いエメラルドグリーンの輝きと内部の琥珀色の稲妻模様が目を引いた。

 その滑らかな表面はまるで宝石のように虹色の光を反射し、わずかに手に伝わる振動が生きた魔力の脈動を感じさせた。


「あとは、これを女王に…」


 と、思うのだが、どう伝えればいいだろうか…?

 こんな逼迫した状況で信じてもらえるだろうか?

 それより、話を聞いてくれる余裕など、あるのか?


「くそっ! あいつら、いい加減にしろよっ!」


 …ダメだ…


 あんな様子じゃ、さらにガレックさんを苛立させるだけだ…


 ―――ゴクッ


 オレはかたずを飲んだ


「ははは…何考えているんだオレは…」


 だけど、いまはオレがやらないとダメだ。

 今まで、ガレックさんに言われて後ろに下がって、みんなの様子を伺いながら女王の行動も勝手に見に写ってたけど…


 酸を吐くとき、上体を下げていた。

 あれなら、オレでもパワーシューズでジャンプすれば口に届くかもしれない…

 

 だけど…


「………」


 はは…こわいなぁ…


「ぐわっ!」


「「「ケインっ!」」」


 女王アリの酸を避けたと思った瞬間、兵隊アリの顎がケインさんを襲った!


「くっ! このっ!!」


 ―――ザシュ! ザシュ!


 ケインは襲ってきた兵隊アリの胴体に短剣を何度も突き刺し、息の根を止めた!


「だ、大丈夫だ…敵に集中しろ」


「待ってて、今、回復をするね………大地の恵みを今ここに、ヒール」


 サリナは負傷を負ったケインさんに駆け寄り、回復を施した。


「サリナ、すまない。もう、大丈夫だ」


「…気をつけてね…」


 全員、ケインさんが無事なことに安堵の表情を浮かべた。

 だが…一向に打開策が見つからない焦燥感だけが募っていっているようにオレは感じられた。


 このままじゃ、倒すどころか全滅してしまうのでは…?


 オレは周りを見渡し、ガレックさんたちの披露もひどく、ダスクファングの人たちも酸をよけきれなくなり、ヒーラーも回復が間に合わなくなってる感じだった…


 それをみたオレは固く拳を握り、マントに軽く触れ、顔を上げ決意する!


 このままの状態で推移すれば、間違いなく瓦解しそうだ…


 そうなってしまえば、オレもここで命を落とすかも知れない…

 

 オレだけじゃない!


 ガレックさんに、『シルバーストライク銀の一撃』の人たちも…


 …ついでに『ダスクファング薄暮の牙』も…


 折角、開けそうな未来も閉じてしまう…

 それに、エリナとも会えなくなる…


 それは、イヤだっ!


「………」


 …やってみるか。


 もし、飲み込ませられなくても吐き出した酸と反応して今よりはマシな状況になるかもしれない。


 …ならっ!


 そう思った瞬間、オレは駆け出していたっ!


「おいっ! レイッ! 何をやっている!」


 ガレックさんがオレの行動を制止しようとするが、オレはお構いなしに女王に向かった。


 そのガレックさんの声に、ダスクファングの人たちもオレの奇怪な行動に疑問を持っていた。


「あいつ、恐怖でおかしくなってるぜ」


 そんな中でも、アベルは何をしでかすつもりなのかとレイの行動に興味を持っていた。

 そして、そのまま見守ることにした。


 レイは酸で泥にまみれた地面に膝をつき、女王アリの動きを見極めていた。


 巨大な顎が不気味な音を立て、獲物を探しながら鋭い酸を吐き出す。

 その酸が放物線を描いて地面に落ちるたび、爆ぜるような音とともに煙が立ち上り、空気を焦がしていく。


「タイミングを見誤れば終わりだ…」


 深く息を吸い込み、周囲の音を遮断する。

 仲間たちの怒号や悲鳴も遠ざかる中、レイは女王アリの動きに集中した。

 女王が酸を吐く際には必ず上体を低くし、一瞬だけ顎を開く――それを見逃すわけにはいかない。


 「今だ――!」


 レイは全身の力を込め、2メートル近い大ジャンプを繰り出した。

 パワーシューズが反動を吸収し、精密に調整された軌道を描いてレイの体を宙へと運ぶ。

 女王アリの注意を引くために差し出していた腕を一瞬引き戻し、別の手でアーカライト結晶を強く握る。


「これで終わらせる!」


 宙に浮かぶその瞬間、レイは女王アリの開かれた顎を狙い澄ます。

 冷静に、迷いなく。結晶はレイは一直線に目標へ向かっていった。


 だが、レイの動きに気づいた女王アリが、鋭い咆哮を上げながら二本の強力な腕でレイを掴み取る。

 

 まるで岩を握り潰すような力がレイの体を締め上げた。


「ぐっ…!」


 圧力で息が詰まりそうになるが、強化マントがその力をわずかに和らげていた。

 レイは必死に意識を保ちながら、女王アリの口を見据える。

 その顎が大きく開かれ、鋭い牙が光る。


 まさに自分を食い破ろうとするその瞬間――


「これで終わりだッ!」


 レイは最後の力を振り絞り、アーカライト結晶を高く掲げた腕を女王アリの口内へと押し込む。


 結晶が触れた瞬間、体内で化学反応が起こり始めたのか、女王アリの目が大きく見開かれ、痙攣を起こす。


 そのまま苦しみもがいた女王アリは、レイを握る腕を振り回し、壁際に叩きつけた。


「うわっ――!」


 鈍い音とともにレイは地面に崩れ落ち、意識がかすむ。

 仲間たちはその光景を目の当たりにし、叫び声を上げた。


「「「「レイッ!」」」」


 サリナが即座に駆け寄り、負傷したレイの体を支えるように膝をつく。

 そして、静かに呪文を唱えた。


「大地の恵みを今ここに、ヒール…」


 青白い光がレイの体を包み、傷がゆっくりと癒えていく。


 だが、その最中にも女王アリの体が痙攣を続け、さらなる異変が起き始めていた。


「皆…離れてください…!」


 レイが弱々しく声を上げ、サリナの肩を掴む。彼の表情には確信が宿っていた。


 「これ以上近くにいたら息ができなくなりますっ!  ガレックさん、ダスクファングの人たちにも伝えてください…!」


 サリナに続いてレイに近づいていたガレックは険しい顔で一瞬考え込むが、すぐにレイの真剣な眼差しを目の当たりにし、大声で指示を飛ばした。


「全員、女王アリから離れろ! 全速で退避しろ!」


 しかし、ダスクファングの面々は戸惑いの表情を浮かべた。


「ここまでやって、なんで逃げなきゃならねえんだよ!」


「本当におかしくなったんじゃないのか、アイツ?」


 疑念が広がる中、レイの無謀な行動に意味があるとすれば…と

 冷静に思考した上で、レイには何か確信めいたものがる! 


 そう判断したリーダーのアベルが一歩前に出た。


「おい、黙って従え。俺はあいつを信じる!」


 その一声が響き渡ると、ダスクファングのメンバーも渋々撤退を開始する。


 間もなく全員が安全圏へと離れたとき、女王アリの体から鈍い音が響いた。

 爆発というよりも何かが内側から弾けるような音だった。


 次の瞬間、白いガスがゆっくりと女王アリを包み込んでいく。

 そのガスはもやがかかるように濃度を増し、地面へと沈むように広がり始めた。


「なんだ…これ?」


 ガスの発生に驚き、ガレックが目を細める。


 異様な光景に誰もが言葉を失う中、レイがサリナに支えられながら弱々しく声を上げた。


 「これは…多分…毒性のガスです…危険ですから近寄らないでください…」


 その言葉に全員が息をのむ。


 ガスに巻かれた女王アリの体は微動だにせず、明らかに何か異変が起きていることが伝わってきた。


 「全員、女王から、もっと離れろっ!」


 ガレックが叫び、さらに距離を取るよう指示を出した。

 周囲の空気が僅かに重くなり、呼吸をするたびに胸に違和感を覚える。


「あれが広がったら、周囲の生き物も危ない…」


 レイは痛みに顔を歪めながらも必死でそう言葉を絞り出した。

 アーカライト結晶の効果で発生したガスは、もはや女王アリだけでなく、その周囲の空間すら支配し始めているようだった。

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