第41話 終焉のフィーネ
洞窟内に石灰と酸の反応音が響く。耳を澄ませば、微かなシュワシュワとした音。だが、それが示す危険を感じ取ったのは、オレだけだった。
「今すぐ、この洞窟から逃げないと危険です! 窒息の危険があります!」
緊急性を込めて声を上げると、ガレックさんが訝しげな表情を浮かべた。
「レイ、冗談を言ってる場合じゃ…いや、お前に限ってそれはないな。よし、全員撤退だ!」
「おい、アレを放置していいのかよ」
シルバーストライクのメンバーたちはすぐに動き出したが、ダスクファングのガランが不満げに呟く。
「アイツには何か確信があるみたいだな。」
リーダーのアベルが静かに制した。
「それに、女王を仕留めたのはアイツだ。ここで文句をつけるのは野暮ってもんだろ、ガラン。」
「わ、わかったよ…従うよ…アベル。」
全員が撤退を開始したその時、魔法使いのリリスが眉をひそめて声を上げた。
「ねぇ、ガレック。ここにいない他のパーティーはどうするの?」
その一言に、胸が強く締め付けられる。
しまった。他のパーティーの存在を完全に忘れていた。
(どうしよう…彼らはこの状況を知らない。どれだけガスが広がるかわからないのに…)
焦るオレの表情を見て、ガレックさんが問いかけてきた。
「なぁ、レイ。このガスはどのくらいの範囲まで広がる?」
その真剣な目に押されるように答える。
「…正確な範囲は分かりません。ただ、目に見えない分、すぐに息苦しさが襲ってきます。この場に留まれば危険です…」
自信のなさに申し訳なさを覚えながらも、危険だという確信だけは伝えた。
「そうか。」
短く頷いたガレックさんは、すぐに判断を下した。
「細い通路に防壁を作れば、このガスを留められるか?」
その言葉にハッとする。
「…はい、たぶん可能です!」
「よし。」
鋭い声が響く。
「サリナ、魔法障壁を使えるか?」
「ええ。あと五回分くらいね。ただ、一回につき十分しか持たないわ。」
「五十分がリミットか。時間差で障壁を貼り直し続けてくれ。その間にオレは他のパーティーを探して外に出す!」
「わかった! 任せて!」
サリナが杖を握りしめたのを確認し、ガレックさんがさらに指示を飛ばす。
「サリナ、最後の一枚を貼り終えたら、お前もすぐ出口を目指せ! レイ、サリナのサポートを頼む!」
「はいっ!」
そう言われた瞬間、ガレックさんがこちらに一瞬視線を送った。その目が語っている。
(お前の装備なら、いざとなればサリナを担いで逃げられるだろう。頼んだぞ。)
パワーシューズにグローブを装備した自分なら、確かにサリナさんを担いでも走れるはずだ。
それに――こんな状況で一人きりにさせるのはあまりに酷だ。ガレックさんもそれを分かって、オレを残したのだろう。
きっと…
(皆、どうか無事でいてください…!)
心の底から、そう願った。
―――
「…ガレックたち…もう、外に出たたかしら?」
不安な表情を浮かべながらサリナさんは呟く。
そんな、サリナさんの不安を振り払うようにオレは力強く、答えた。
「ガレックさんなら、きっと上手くやりますよ。きっと」
と。
「…そ、そうね。仲間を信じなくちゃね。よし、わたしも、もう少し頑張らないとね」
そう、自分を励ましながら次で最後の障壁の準備をするのだった。
―――
「これで、最後よっ!」
サリナの手が杖を握りしめる。
だが、その後のことを考えているのか、サリナさんの指先がわずかに震えていた。
「大いなる力の加護を今、ここに――…
最後の障壁を張り終えると、彼女は即座に脱出の準備を始めた。
「さぁ、急いで脱出するわよ、レイくん!」
「はいっ!」
恐怖を感じているはずの彼女が、自分を心配させまいと気丈に振る舞う姿を見て、オレは不思議と勇気をもらった。
困難に立ち向かう彼女の背中に、ただついていくのではなく、守り抜く決意を固める。
―――
「ガレックさんたち…まだ戻らないですね」
洞窟から脱出したオレは、未だ、洞窟の中にいるであろう他の皆を心配しているサリナさんに話しかける。
「そう…ね…」
そう短くつぶやくと、祈るような顔で洞窟の入口を見つめていた。
オレもサリナさんは心のどこかで焦りを感じながらも、信じるしかなかった。
彼ならきっと全員を無事に連れ出してくれるはずだ、と。
「おい、あれ!」
ゴールドセイバーズのメンバーの一人が声を上げた。
暗い洞窟の奥から、かすかに動く影が見え始める。その輪郭が次第に明らかになった時、全員が安堵の声を漏らした。
――ガレックさんだった。
しかし、その肩には別のパーティーのメンバーらしき男がしがみついている。
その男の足元は血で濡れており、まともに立つこともできない様子だ。
「ガレック! 大丈夫か!?」
ゴールドセイバーズのリーダーのセリオンが声を張り上げる。
「こっちは無事だ! こいつが足をやられてなけりゃ、もう少し早く戻れたんだがな!」
ガレックさんの声は疲れていたが、その顔に迷いはなかった。
すぐさまゴールドセイバーのメンバーが駆け寄り、怪我をした男を引き取る。
「すまない、ガレック。お前がいなかったら、わたしたちは――」
イーグル・クローのリーダーのアイラが感謝を述べた。
「礼ならいらねぇ。お前たちも最後まで頑張ったじゃねぇか。」
いつものように軽口を叩きながらも、その声にはどこか安堵の色が混じっていた。
オレはマリナさんを見る。彼女は静かに胸を撫で下ろしながら、そっと呟いた。
「よかった…本当によかった。」
ガレックさんがこちらに目を向け、親指を立てる。
それに応えるように、オレも笑みを浮かべて頷いた。
――皆、無事だ。
その事実が、何よりも嬉しかった。
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