第6話 抑えきれない想い
その一方、薫はひゅおおっと風をきって飛んでいる竜胆の腕の中で「最悪、最悪」と抑えきれない涙を零し続けていた。
そんな薫に向かって、「お嬢様」と柔らかな声がかかる。
「どうかお心をお鎮め下さい、そのままでは本当に乗っ取られてしまいます」
「分かってるわよっ!」
薫はすぐ横を飛ぶ葛の葉に対し、噛みつく様に絶叫した。
「抑えようとしているの、でも、抑えられないの! 悲しくて、辛くて、苦しくて、涙が止まらないのよっ!」
止めようとしても止まらないの! と、吐き出すと。ジクジクと全身を這う辛苦が、グッと猛っていた語気を鎮め始めた。
薫は奥歯をキツく噛みしめてから、「本当に、もう……」と弱々しく吐き出す。
「もっと早くに抑えられていれば良かった。あの人に、こんな悍ましい姿見せたくなかったわっ」
「お嬢様」
薫の嘆きに、葛の葉が力強い声が飛んだ。
「貴女様に封じられているのは、この日の本を破滅へと追いやった巨悪。当時の陰陽連の総力を持ってしても封じるしか術がなかった物の怪ですよ」
葛の葉は窘める様に告げてから、ニコリと柔らかく相好を崩す。
「お嬢様の様にそこまで上手く制御出来る方は、他にいらっしゃいませんでした。故に、お嬢様、そうもご自身を卑下なさる必要はございません。貴女様は素晴らしいお方なのですよ」
「……そんな凄さ、何の意味もないわ」
薫はかけられた慰めを冷淡に一蹴した。
「それで、あの人の隣に並べる訳じゃないもの。それどころか、私はもう取り返しがつかない所まで落ちちゃったのよ。きっと枢木隊には、ううん、聖陽軍に居させてもらえなくなったわ」
「お嬢様、それは考え過ぎと言うものですよ」
「そうですよ、お嬢様。葛の葉様の仰る通りです」
彼女を抱きかかえて飛ぶ竜胆が、力強い同意を重ねる。
「それにお嬢様を抱えた俺を見るあの男の眼は、嫌いと言うものではなく」
「辞めて」
薫はピシャリと竜胆の言葉を遮り、「そんな慰めをかけられたら、もっと苦しくなる」と苦々しく告げてからガバッと再び首元に顔を埋めた。
そんな薫の姿を葛の葉は優しく見つめて「お嬢様」と、声をかける。
「今はそのお心に沈みなさっても構いません。ですが、人の心を決めつける事はお止め下さいませ。枢木様のお心が、貴女様の思う心と同じだと断定出来た訳ではありませんよ」
彼女はふうと小さく息を吐き出して区切ってから、「まぁ、お嬢様の事ですから」と、言葉を継いだ。
「こんな所で腐る訳がないと、葛の葉は存じておりますよ。貴女様はいつ如何なる時もまっすぐ、どんな事にも真剣にぶつかっていくお方ですからね」
「……」
薫は何も言わず、ただギュッと竜胆の首にしがみつく手を強める。
竜胆は弱々しく眉根を寄せて、「どうしましょう?」と目だけで葛の葉に訴えた。
葛の葉は小さく首を横に振ってから、前を向く。そうして何事もなかったかの様に、トンッと虚空を掴み、軽やかに跳ね上がって進んだ。
竜胆は「えぇぇぇ」と小さく嘆いてから、そそくさと空を飛び進む葛の葉の後をついて行ったのだった。
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