第7話 柚木薫に隠された秘密
「その後、俺は部隊と合流し、問題の家を捜索しましたが。柚木の指していた母親らしき人間はおらず、完全なる空き家でありました」
雅清は目の前に居る人物、総隊長・
剛造は「そうか」と唸りながら、武骨な手で威厳の象徴と言わんばかりの顎髭を撫でつける。
そして重々しく背もたれにもたれかかり、厳めしい顔を更に厳めしくさせて「それは、何とも不可解だな」と、苦々しく答えた。
彼の巨躯を支える椅子が、ギイイと苦しげな悲鳴をあげる。
雅清は「ええ」とソレを軽く受け流してから「ですが、そんな事より」と、膝を進めた。
「俺が気になるのは、柚木の方です。何故柚木が、あんな状態に陥ったのか。何故、柚木に土御門宗家に仕える程の式神がついているのか。総隊長は存じているのでしょう? お願いですから、俺にその訳を教えて下さい」
お願い致します。と、詰問する様に頼み込んだ。
剛造は「むうぅ」と大きく唸り、目を右往左往させる。
どうしようかと考えあぐね、真実を明かす事に躊躇する姿に、雅清は「総隊長」と物々しく詰め寄った。
「何故そうも躊躇うのですか。柚木は俺の直属の部下ですよ。それなのに、何も知らされずと言うのは不条理ではありませんか」
「まぁ、それはそうなのだが……あまりにも事が重大で」
「重大? どういう事です?」
雅清の靴先がガツッと剛造の机を蹴り、ガタッと机が震えた。
剛造はその震えを気にする事なく、「いやぁ」と言葉を濁し続ける。
「これは
雅清は並べられた上役の名前に、大きく面食らった。
その三人のみで収める、つまりその三人のみしか知る者を作ってはいけない……柚木の
雅清は剛造に見えない所で、グッと拳を作ると。「だから俺には教えられない、と?」と静かに投げかけた。
「俺はアイツが居る隊の長であり、教官でもあるのですよ?」
剛造は、滾々と重ねられる言葉にふうと息を吐き出し、徐に顔の前で手を組んで言う。
「……誰にも、副官を務める怜人にも言わず、己の内で留めておけるならば話してやろう」
突然吐き出された譲歩に、雅清は目を見開いた。
「勿論、それは出来ますが……よろしいのですか?」
聞いておいて何ですが。と言う様に、顔を少々歪めて訊ねると。剛造は「まぁ、仕方あるまい」と、ふううっと嘆息した。
「その目で、しっかりと見てしまったのだからなぁ」
隠し立ては、もう不可能だろ? と、困り果てた様な微苦笑を零す。
雅清はその言葉に「ありがとうございます!」と、バッと頭を下げた。
剛造は目の前で深々と下がった頭に「良い良い」と、軽やかに手を振ってから、言葉を紡ぎ始める。
「我が聖陽軍が、いや、聖陽軍の前身である陰陽連達が存在を隠し消した一匹の物の怪が居る。幕末・明治維新期と言う混沌に生き、あまねく生物を脅かした恐怖の王。名を
「影……」
雅清の脳裏に、突如鉄鼠を串刺し吸収して消えた黒色の棘、そして薫の腕に纏った黒い靄が思い返された。
剛造は「そうだ」と力強く頷くと、「そいつは」と泰然と続ける。
「人だけでなく、魁魔を淘汰し、吸収し続けた。その為に、奴の力は強大になり、日本帝国を大きく脅かす存在となった。奴を討伐すべく、当時の陰陽連が対峙したのだが……敵わなかったのだ。しかしながら、このまま倒す事が出来ずに野放しと言う事も出来ない。故に、当時の陰陽連達は奴を封じ込めると言う手段を取り、彼等は四苦八苦して影王を封じ込める事に成功した。当時、最も霊力が強かった一人の女性を人柱として使ってな」
重々しく紡がれる話に、雅清の目が「まさか」と、じわじわと大きく開かれる。
「彼女は影王を封じ込める器として
今も尚、それは続いている。と、重々しく言葉を区切った。
「花影の内側で生き続ける影王を野に放たぬ様に、陰陽連達は霊力が高い者を次々と花影に宛がっているのだ」
……もう、分かるな? と、剛造は戸惑う雅清をまっすぐ射抜く。
「影王を押さえ込む為だけに生きる、現在の花影。それが、柚木薫だ」
そうだと分かっていたが、そうであって欲しくなかった真実に、雅清はグッと奥歯を噛みしめた。
そしてその悲しい真実に向かって「だから」と、小さく吐き出す。
「女である柚木を我が軍に入隊させたのですか。歴代の花影を土御門家に縛り続けたのと同様に、対魁魔に特化したウチならば影王の暴走でも早めに対応出来るからと?」
剛造は、目の前の沈痛な面持ちにキュッと唇を結んでから「そうだ」と、頷いた。
「だから総帥はお前の所に、柚木を入れる事にしたのだ。我が軍一の剣士であるお前ならば、早めに処理も出来るであろうと言う事でな」
剛造は淡々と告げる。
「処理」
雅清はボソリと、小さく呻く様に繰り返した。雅清の手の平に突き立てられる爪が、更に深々と手の平の肉を抉る。
「……万が一の時は、俺が柚木を斬れと?」
「そういう事だ」
剛造は否定する事なく、重々しく頷く。
雅清は前から打たれる残酷な相槌に、目を伏せって閉口した。
……最高幹部等にとっては、ここで柚木に封じられた影王を片付けられたら万々歳と言う事か。
その為に俺が当てられ、柚木もここへ投げ捨てられた。
……冗談じゃない。俺はアイツを斬る為に力を付けた訳じゃないぞ。
ギリリッとキツく噛み合わされた奥歯が唸った。堅く作られた拳からも、ギチギチッと骨が怒りを叫ぶ。
「雅清」
剛造は彼の名を静かに呼んだ。
その呼び声に、雅清は顔をゆっくりとあげる。
サラサラと流れていく前髪の隙間からのぞく瞳が、まっすぐ自身を貫く瞳とぶつかり合った。
「全てに上の魂胆がある訳ではないのだ。お前の側に居たいからここに居続ける、それは紛う事なき柚木本人の望みだぞ」
剛造からまっすぐ渡される言葉に、上がった顔が直ぐさま落ちる。
雅清はキュッと唇を一文字に結んでから「分かっています」と吐き出した。
だが、それでも落ち込んだ顔は上がらない。
剛造はふううと小さく息を吐き出してから、「雅清」と重々しく投げかけた。
「事情を知ってしまったからこそ、酷なものがあると思う。だから今ここで、お前が隊から柚木を外しても文句を言わんぞ」
「いえ」
雅清は顔をガバッと上げ、前からかけられた優しさを直ぐさま断る。
「柚木は、俺の隊で面倒を見続けます。見続けさせてください」
今回の件で、俺は痛感した。だからこそ柚木は、もう誰にも渡せない。渡したくない。
「……良いのか?」
剛造はおずおずと尋ねる。
雅清は自身の心を図ろうとする剛造に「はい」と、力強く頷く。
その頷きに、剛造は「そうか」と重々しく頷き返した。
「では、引き続き柚木を頼む。枢木雅清中佐」
「ハッ」
雅清は改まって告げられた命に、バッと敬礼して答える。
そして彼は剛造の部屋から丁寧に辞去し、パタンと扉を閉めた。
「はぁ」
顔をあげ、吐き出した吐息が揺蕩う。しかしその先はどこにも見えず、どこに消えたかも分からなかった。
雅清は顔を戻して、もう一度嘆息する。
そうしてゆらりと一歩を踏み出した、その時だった。
ようやく進められた足が、突然地面に縫い付けられた様にビタッと固まる。そして目も大きく開かれた、まるで今この目が映すのは幻ではないと言い聞かせる様に。
だが、それでも信じ切れない雅清の口から、名が小さく呟かれた。
「柚木」
廊下の中央で、おずおずと気まずそうに立つ薫は「はい」と小さく頷いてから、「く、葛の葉に送ってもらったら。こんな所に出てしまって。あの、突然で驚かれたのは、実はこっちもでして」と訥々と言葉を並べ出す。
「……そうだったか」
「は、はい。ご心配をおかけしまして、申し訳ありませんでした……それで、枢木教官、少しだけ、お話……よろしいですか」
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