第2話 後手に回る

 雅清はぶわっと感じる悍ましい霊気に、ハッとして固まった。前からのリードが止まった優衣子は怪訝な顔をして「雅清様?」と訊ねる。

 その時だった。

「避難誘導班は直ちに動け!」

 霊気探知に長けた怜人が荒々しく檄を飛ばした。


 突如張り上げられた異変に、華族達は「何だ、何だ」と困惑し、混乱に陥るが。飛ばされた檄に弾かれた様にして、決められた班の面子が素早く避難誘導を開始し始めた。


「ま、雅清様!」

 優衣子はガバッと雅清に抱きつき、自分の恐れを拭ってもらおうとしたが。雅清は優衣子を素早く剥がして「早く避難を! 魁魔が来ます!」と端的に促した。


 そして「そんな! 恐ろしいわ!」と縋り付きそうになる優衣子をにべもなく退けてから「総員、迎撃準備!」と、声を張り上げて剣を抜く。


 刹那、バリイィィンッと天井が割れ、悍ましい魁魔の群れがわらわらとダンスホールに突っ込んできた。


 百鬼夜行だと! ? 馬鹿な、ここに集中して突っ込んで来るなんて……まさか!


 雅清は現れた百鬼夜行の姿に愕然とするも直ぐにハッとし、悲鳴と人が錯綜する場内を見渡した。


 柚木、柚木はどこだ? ! 

 剣を振い、向かってくる敵を斬り伏せながら薫の姿を探す。


 だが、どこに目を向けても薫の姿を捉える事は出来なかった。


 クソ、どこだっ! 柚木、お前は迎撃班としてこの場に居るはずだろ! どこに居るんだ!


「炎走!《えんそう》」

 苛立ちと共に繰り出した攻撃が、辺りの百鬼夜行を一気に仕留める。

 ギャアギャアと敵は焼け焦げていくが、雅清の心は何一つ鎮まらなかった。


「怜人、柚木はどこだ!」

 近くで剣を振っていた怜人に向かって怒声を張り上げると。怜人は「えっ、そこら辺に居ない? !」と愕然と敵を斬り伏せてから、辺りを軽く見渡した。

「おかしいな、どこに行っちゃったんだろう?」

 怜人が自分と同じ疑問を持ったと分かるや否や、雅清は「おい!」と迎撃に当たっている自身の隊士達に向かって声を張り上げる。


「柚木がどこに居るか、知っている者はいるか!」

 その一声に、ざわっと困惑と怪訝が広がった……が。「枢木隊長!」と、篤弘が敵を払いながら、ダダダッと駆け寄って来た。


「高藤、柚木の行方を知っているのか? !」

「も、申し訳ありません! 薫は、すぐに戻るからと言って、先程どこかへ出て行ったっきりなのです」

 おずおずと告げられた告白に、雅清は「何だと? !」と、ひどく愕然とする。

「一人で出て行ったのか? !」

 篤弘に向かって、鋭く訊ねると。篤弘はキュッと唇を結び、何とも言い難い表情で頷いた。


 その時だ、ギャアギャアと雄叫びをあげながらダンスホールを暴れ狂っていた百鬼夜行の群れがくるりと踵を返し、一気に退き始める。

 作り上げた天井の大穴からわらわらと抜けだし、戦い途中であった者共もピタリと戦いを辞めて、そちらに向かって行くのだ。


 先日の物の怪共と同じ様な退き方に、皆「まさか」と不穏を抱くが。

「いや。集まっていた霊気が一気に散り散りになっているから、これは本当に逃げ帰っているよ」

 淡々と告げる怜人の言葉に、隊士達の間でホッと安堵が広がった。

 だが、雅清だけは依然そのまま。不安ばかりか、じくじくと焦燥まで込み上げ始める。


 ……奴等の狙いは柚木ではなかったのか? いや、だが、百鬼夜行が一点に集中して襲ってくるなど稀だ。

 恐らく、花影である柚木を目当てにやって来たのだろう……が。柚木目当てであれば、柚木がここに姿を見せぬまま撤退した事には違和感が残る。

 言い知れぬ違和感を覚えた刹那、雅清の頭にハッと稲妻が走った。


 奴等の狙いが、柚木ではなく、俺達の足止めだと考えると……奴等の行動が全て合致するんじゃないか。

 そして奴等にとっての「目的」を達成したから、俺達の前から撤退した。そう考えるとこの襲撃も、不気味な撤退も、柚木が姿を見せない訳も、全て頷ける!


 雅清はバッと顔をあげ、「柚木を探すぞ!」と檄を飛ばす為に口を開いた。

 しかし、開かれた口からは檄が飛ばず、「ハッ」と小さく息を飲む音に変わる。


 雅清の目が、キリッとした相貌の書生、竜胆の姿を捉えたからだ。


 アイツは、柚木についていた式神!


 竜胆は雅清が自分に気がついたと分かると、くいっと顎で外へ出る様に命じた。

 雅清は直ぐさま「怜人」と、目の前に居る副官に鋭く声をかける。

「ここはお前に任せる」

 怜人は端的に告げられた命令に、目を見開いたが。コクリと静かに頷き、「雅は?」と手短に訊ねた。


「俺は柚木を迎えに行く!」

 雅清は言い捨てる様に答えてから、ダッと駆け出す。


 そして竜胆が待つ場所へと走って行くと、竜胆が先導する様に走り出した。

「とんだ愚鈍が隊長を務めているものだな。お嬢様は連れ去られたぞ、間抜け」

 肩越しに刺々しくぶつけられる言葉に、雅清は「やはり」とグッと奥歯を噛みしめる。

 自分の不甲斐なさ、すぐに事を見抜けなかった愚鈍さ……様々な苦みが、一気に押し寄せるが。彼はグッと堅く作る拳でそれを押しのけ返し、「柚木は、どこに居る?」と鋭く訊ねた。


「葛の葉様が追っていらっしゃる。俺達はその後を辿って行く」

 竜胆は淡々と打ち返す。そして「良いか、鈍間のろま」と尊大に言葉をぶつけた。

「お嬢様を傷つけ続けるお前を連れて行くのは、お前がお嬢様の事情を知っているからだ。思い上がるなよ」

 傷つけ続ける、その一言で更に雅清の心にのしかかっていた苦みが力を増す。


 雅清はグッと奥歯を噛みしめてから、「今は早く連れて行ってくれ」と声を絞り出す様にして頼み込んだ。

「俺はこれ以上、後手に回る訳にはいかないんだ」

 竜胆は後ろからの苦しげな声に、ふんと小さく鼻を鳴らすと。にょろにょろっと姿を変えだした。

 そして黒の鱗と金色の背毛が美しい、細長い龍の姿に変わると「乗れ」と、雅清に向かって端的に促す。

 雅清は何も言わず、直ぐさまバッと竜胆の身体へ飛び乗った。

 竜胆は雅清を乗せるや否や、グッと速度を上げて屋敷を駆ける。そしてバッと力強く飛翔し、ぽんぽんっと生まれる浮雲を鋭いかぎ爪で掴みながら空を駆け上った。


 ……もっと早く伝えるべきだった、もっと早くまっすぐ向き合うべきだった。今更しても仕方ない、たらればばかりが生まれる。

 だが、いつまでもそんなものに浸っている訳にはいかないんだ。

 もう後悔はしたくない、もう後れは取らない。

 柚木。お前が想いこれをまっすぐ受け取ってくれるまで、俺はお前を諦めないぞ。

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