第2話 枢木隊、緊急出撃

 警邏後の罰を最後まで終え、薫は重なる疲労に押し潰されそうになりながら、午後の訓練に参加していた。


「脇が甘い! 踏み込み不足! 貴様、本当に自主鍛錬しているのか!」

 雅清の怒声が道場内に響き、枢木隊の面々の掛け声が「ひー!」っと、悲鳴に移り変わり始める。


 その時だった。木刀を持ち、次から次へと隊士達をなぎ払う雅清の元にビュンッと小鳥の式神が飛んで来る。


「宮地隊より応援要請! 宮地隊より応援要請! 緊急出撃予定部隊は直ちに出撃せよ!」

 甲高い声が告げる応援要請に、隊士達の間にビリビリッと緊迫が走った。


「了解、枢木隊出撃する」

 雅清は小鳥の式神に向かって端的に告げると、すぐにクルッと隊士達を振り返る。


「急いで出撃準備を整えろ!」

「ハッ!」

 雅清から野太く飛ばされる檄に、隊士達は直ぐさま駆け出した。


 薫も「ハッ!」と答えてから、装備を調える為に自室へ駆け戻る。そうして疾風の如く出撃装備を調えると、集合場所である正門へ駆けた。


 そうして薫が到着するや否や、「行くぞ!」と雅清が胴間声を張り上げ、枢木隊が動き出す。


 ダダダッと駆け足で、魁魔が出現した場所へと急ぐと。ぼこおんっどごおんっと荒々しい音が断続的に弾け、キャーキャー! と甲高い悲鳴が追随して聞こえた。


 そして大地が大きく揺れ、彼等の到着予定地からぼごおんっとオオムカデの物の怪が姿を現す。

 刹那、薫の背にぞわぞわっと嫌悪が這った。


「大きい虫の物の怪ほど、気持ち悪いものはないわ……」

 しかも足がうぞうぞある奴。本当に無理、ああいうの。と、内心で苦々しく呻いてしまう。


「成程、あの宮地隊が苦戦する訳だ。アイツ等は数が多いからね」

 と、飄々とした顔で走る怜人から朗らかに吐き出される言葉を聞くと、更にその嫌悪が増幅する羽目になった。


 鉄鼠もそうだったけど、ああいう気持ち悪いのに限ってなんで数が多いのかしら!

 薫の嫌悪が、徐々に当たり所のない鬱憤に塗り替えられた時だった。


「枢木隊、現着した!」

 と、雅清の一声で薫はハッと我に帰る。


 そして薫は視認した、目の前に広がる惨状を。


 うぞうぞと下を好き勝手に這う百足の姿と、ぼごんっぼごんっと地中から現れては暴れ狂う三匹のオオムカデの姿。それらを須く討伐せんと奮闘する宮地隊の姿。そしてキャーキャーと逃げ惑う一般人の姿があった。


 物の怪の数が多すぎて、避難に手を回せていないんだわ!


 薫は目の前の惨状にゴクリと息を飲んだ。

 すると雅清がくるっと振り返り、隊士達に檄を飛ばす。


「斎藤、村井、岡田、高藤、柚木は一般人の避難・救助に回れ! 行くぞ!」

「ハッ!」

 役割を与えられるや否や、枢木隊は直ぐさま各自のすべき事に動き出した。


 一般人の避難・救助を申しつけられた薫も、急いで「こっちへ!」と逃げ惑う人々の扇動に走る。


「こっちへ、皆さん落ち着いてついてきてください!」

 散り散りに飛ぶ悲鳴に負けじと声を張り上げ走った。すると「待ってくれ、アンタ!」と、悲痛な懇願が飛ぶ。


 ハッとして見れば、その声を上げたであろう老人が転倒し、足首を押さえて顔をぐにゃりと痛みで歪めていた。


 薫は急いでそちらに駆け、「背負います!」と転倒している老人の腕を肩に回す。

 そしてヨイショ! と、老人を軽々と背負った。

 その次の瞬間

「柚木っ、そっちに抜けたぞ!」

 と、先輩隊士・岡田史彦おかだふみひこの警告が鋭く飛んだ。


 薫はその声に弾かれる様にして、バッと後ろを向く。

 するとオオムカデの一匹が、食い止めている宮地隊の刃をしゅるりとくぐり抜けて、がぁぁっと鋭い牙を向けて襲いかかってきていた。


 マズい!


 薫の本能が危機を走らせるよりも前に、身体がバッと動きだすが。その牙は、無情にも彼等に迫った。


 刹那、背後から「ギャギャギャッ!」と醜い呻きが上がる。


 薫は背後で起きた事態を確認しようと、足を止めてクルッと振り返った。


 それと同時にオオムカデの身体がずしいんっと地に倒れ込み、ばふんっと上がる土煙に包まれる。


 な、何が起きたの? !

 薫が目を白黒とさせると、「ぼさっとするなっ!」と聞き覚えのある怒声が前から浴びせられた。


「さっさと走って、避難所に向かえっ!」

 斬り伏したオオムカデの身体からストンッと降り立つと、雅清は「早く行け!」と更に叱責する。


 薫は「は、ハイッ!」と答えてから老人を背負い直し、急いで駆け出した。


 そうしてすぐに先頭に戻り「皆さん、こっちへ!」と、避難民を誘導する。


「薫! お前はここの護りと救護に回ってくれって!」

 後から追いついてきた篤弘が、薫に向かって張り叫ぶ。


 薫は「分かったわ!」と、すぐに答え、避難所とした広場を端から端まで動き回り始めた。


「怪我をしている方がいたら教えて下さい! まだまだ人が来るので、場所を少しでも空けて下さい! あ、ちょっと! 駄目です、戻ろうとしないで!」

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