第3話 じゃじゃ馬のお姫様
「雅」
カツカツと軽快にやってくる足音と、朗らかな呼び声に、雅清は顔をあげてそちらを見る。
「怜人」
「皆、支度出来て門前に居るよ。いつでも出発出来る」
「柚木は?」
「勿論、彼女も居るよ。散々訓練して疲れた身体に更に、十周の坂道を課したからへろへろだけれどね」
怜人はただでさえ綻んでいる相貌を更に綻ばし、「いやはや、彼女は凄い女性だよ」と肩を竦めた。
「五周で良いって言われたのに、十周走っちゃう負けん気の強さ。それに、雅一筋でこんな所まで来て、どれだけしごかれても諦めずに食らいついてくる所も凄いしね」
あんなお嬢さん、他には居ないよ。と、クスッと面白みを含めた微笑が零れる。
雅清はそんな笑みばかりを零す怜人に向かって、はぁと嘆息した。
「アイツをお嬢さんと可愛らしく呼べる男はお前くらいだな、怜人」
アレはお嬢さんなんて言うお淑やかな枠組みに収まる奴ではない。と、短刀を腰に差して打ち返す。
「手に余るじゃじゃ馬だ」
怜人はその答えに「まぁ、それは否定出来ないね」と、朗らかに首肯した。
「でもさぁ、雅。一生懸命遠ざけようとしているけど、絶対に遠ざけられてくれなくて、結局どうしても気になっちゃう大切な女の子って言う枠組みには入ると思わない?」
ニヤリと細められた中央にある黒色の瞳が、雅清をまっすぐ射抜く。
「突然の大っ嫌い宣言で、結構落ち込んでたもんねぇ」
雅清は自身を捉える瞳に真っ向から対峙し、「馬鹿にしてんのか?」と威圧的な眼差しを返した。
怜人は、目を艶やかに伏せってクスッと答える。
「分かっちゃった?」
「そうか、では見回りが終わったら夜行試合に付き合え」
「やだよ。闇に紛れる君と戦うのは、もうご免だって決めてるから」
雅清のゴウッと猛り唸る吹雪をひらりと軽やかにいなしてから、「けどさ」と強引に自分の流れを敷いた。
「彼女をそうも大切に想うのは、君だけじゃないらしいよ」
怜人は意味深に言葉を区切ると「今日は二つだ」と、ぴんっと二本指を立てる。
「多い時で四つ、最低でも一つの監視用の式が常に彼女の周りを張り付いている。しかもそのどれも、感知し辛い式だ。式の主も相当なもんだけど、きっと式神自身も強いだろうね」
「……だろうな」
雅清は端的に同意すると、ムッと眉間に皺を寄せた。
「ウチに居る唯一の女だからなのか。それともアイツの生家、
はたまた何か別の理由があるのか。と、重々しく吐き出す。
その疑問に、怜人も「うーん」と唸った。
「総隊長は、未だに何も教えてくれない訳?」
「あぁ。それとなく探ってみても、放っておけ、そんな事よりアイツを強くしてやってくれって具合で、いつも曖昧模糊に返される」
「は~。異例中の異例で、特例中の特例の存在だって言うのは分かっていたけれど。やっぱり、彼女は凄い女性かもね」
怜人は大仰に肩を竦めて言った。
雅清はその言葉に何も言わず、深く帽子を被って歩き出す。
その横を並ぶ様にして、怜人もカツカツと歩き出した。
「ねぇ、雅。今頃、君を待つお姫様は恨み辛みを爆発させているかな?」
「……そうであっても、別に構わん」
「冗談だよ、そんなムキにならないでくれ。って言うか、お姫様は否定しなかったね?」
怜人が軽やかに投げかけた刹那、雅清の手がサッと素早く柄にかけられる。
「怜人」
「ごめんって、俺が悪かったよ。もうからかわない」
怜人はすぐに両手をあげ、白旗を堂々とあげた。
その後、待ち構えていた隊士達と合流した二人だったが。雅清の薫に対する態度が、剣呑な態度であった。
それが八つ当たりだと気付いていたのは、朗らかに笑う副官・柊怜人だけである。
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