第5話 燃ゆる決意とあがる白旗(2)
「一つめはそうとして、二つめの話なんだが」
と、二つめを切り出される。
薫の話に頭を占拠されていた雅清は、すっかり二つめの存在を忘れていた。サッと動き出した足を素早く戻し「はい」と、向き直る。
「君。先日の物の怪騒動で、ご令嬢を助けただろう?」
ガラリと話が変わったばかりか、唐突に投げかけられる問いに、雅清はキュッと眉根を寄せてしまった。
……ご令嬢? 令嬢なんて助けただろうか? 柚木を助けた事は覚えているが、他は討伐やら物の怪の動向やらに集中していたせいでまるで覚えがないな。
雅清は記憶をたぐり寄せながら、ボソリと突っ込んでしまうが。そんな事を正直に上官に打ち明ける訳にもいかないので、「そうでしたでしょうか?」と首を傾げるだけに留めた。
そんな雅清に対し、俊宣は「嗚呼、間違いないそうだ」と答えてから「それでな」と、泰然と言葉を続ける。
「そのご令嬢と言うのが、現内務大臣
「……そうでありましたか」
「あぁ。二人とも君の働きにひどく感謝しているばかりか、大変君を気に入ってなぁ。東雲氏から、是非我が娘と縁談をと言われたよ」
「縁談?」
前から告げられた頓狂な話に、雅清は「はぁ?」と思わず顔を顰めてしまった。だが、すぐにその歪みを解き、「総帥」と口を開いた。
「私は聖陽軍士として当たり前の事をしたまでです。有り難いと感謝して下さるのは嬉しいですが、それで縁談をと言うのは恩が些か過剰になっていると思ってしまいます」
「まぁ、その気持ちも分かるがなぁ」
俊宣はきっぱりと紡がれた拒否に険しく唸ってから「だがなぁ」と、煮え切らない言葉を続ける。
「君も二十七だろう? ここらで身を固めても」
「恐れながら、私は自分の事で手一杯の未熟者でありますので。東雲氏のご息女とあらせられる方とは、不釣り合いであり、不似合いであります。なので、ここで無理に縁談を組んでしまえば、東雲嬢の名と体裁を傷つけるばかりになってしまうかと」
雅清は俊宣の言葉を遮って反論をぶつけると、「どうか、お断りして頂けますか」と頭を下げて頼み込んだ。
だが
「まぁ……そう言わず、一度会ってみてはどうだ?」
と、前から「了承」は吐き出されなかった。そればかりか、「東雲嬢はとても可愛らしくて、どこに出しても恥ずかしくない程のよく出来たお嬢さんだそうだぞ」と、売り込まれていく。
そこで雅清は、ようやく断れない立場に立たされていると分かった。
自分だけでなく、この目の前の男も。
東雲家は侯爵と言う立派な爵位を持ち、政界を始めとする社交界で顔が広く効く。大変誉れ高い家である。
土御門家も、古くから続く長い歴史と格式高い家柄を持ち、積み上げた功績があって爵位を持っているが。侯爵である東雲とは格下の子爵であり、日本を護る立場とあっても政界や財界からは頭が上がらない立場なのだ。
雅清の内心で、大きくチッと舌が鳴る。
そうして煮え立つ憤懣をグッと飲み込み、苦々しく答えた。
「分かりました。ですが、会うのは一度だけですよ」
「あぁ、そう伝えておこう。君も忙しい身だからね」
ようやく吐き出された「了承」に、雅清は更に苛立ちを覚え、俊宣は胸をなで下ろす。
ちぐはぐの思いを抱いたが、双方の心は「まぁ、無理な話だろうな」と一致していたのだった。
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