第4話 赤い糸と黒い糸は堅く結び合う(2)
「はい、何でしょう?」
「一つめは、四日前に東雲嬢と破談になった事」
「えっ? !」
サラリと告げられた告白に、薫は素っ頓狂な声をあげる。
すると雅清は「そんなに驚くか?」と、眉根をキュッと寄せて憮然とした表情を見せつけた。
「俺が好きなのはお前だから、破談は当たり前の事だろう。だからここは淡々と流す話だと思っていたのだが」
「な、流せる訳ないじゃないですか!」
薫は淡々としている雅清に、がぶっと噛みつく様に声を荒げる。
「だって、東雲嬢と破談と言う事はですよ? ! 私の事が好きって言うのが、本気なんだって」
「お前。俺が、冗談で好きだなんだと言っていると思っているのか?」
おずおずとした反論をバッサリと遮る物々しい突っ込みに、薫は間髪入れずに「いいえっ!」と首をぶんぶんと横に振って答えた。
「そう分かっているなら良いが、今度また同じ様な事を言ってみろ。俺を見下していると受け取り、本気で罰を与えるからな」
物々しく告げられた脅しに、薫は「ひいっ」と息を呑んで「分かりましたっ!」と身を竦ませて敬礼する。
その姿にふんと鼻を鳴らしてから、雅清は「二つめは」と淡々と言葉を継いだ。
「謝罪だ」
「謝罪? 何のですか?」
「あの時、お前をあやかしにみすみす攫わせた事。影王の力を解放させるまでに追い詰めさせてしまった事、そしてお前を深く傷つけ続けていた事……本当にすまなかった。隊長としても、一人の男としても、俺が不甲斐なさ過ぎた」
「そんな事ありません!」
前から苦しげに紡がれる謝罪に、薫は瞬時に声を張り上げて否定する。
「元はと言えば、私が全部悪いんです。勝手に一人で持ち場を離れた挙げ句、あやかしだと見抜けずに相手を近寄らせてしまった私が悪いんですよ。私がそんな事をしていなければ、こうはなっていませんでした。だから枢木教官が謝る事なんて何一つありません!」
「いや。それでも、やはり非があるのは俺だ」
非番の一件から、俺は選択を誤りすぎた。と、雅清は薫の訴えを苦々しく一蹴した。
「その上、決断が遅かった。だからいつもお前だけを傷つけてしまっていたんだ」
「そ、そんな事」
「だが、もう間違えない。二度と、遅れも取らない」
ないですよ。と、続くはずの薫の優しい擁護に、力強い宣誓が重なった。
雅清は薫の手をサッと取ると、ギュッと強く握りしめ、真剣な眼差しで薫の顔をしっかりと見つめる。
その熱い手と眼差しに、きゅううんと身体の中枢まで響き渡る様なトキメキが薫の身体を巡った。
「く、枢木教官」
トキメキがわなわなと震えるまま、彼の名を小さく呟く。
薫の口から吐き出された呼び名に強く応える様に、雅清は更にギュッと手を握りしめて言った。
「この先は、何が何でもこの手からお前を離さないし、何があっても絶対にお前を守り抜くと誓おう。だからお前も、ここに居てくれ。俺の隣に居続けてくれ」
彼の心が熱くこもった宣誓に、薫の目からじわりじわりと喜びが溢れ始める。
……枢木教官が、こんな私を離さないでくれる?
花影と言う悍ましい化け物だし、面倒くさい性格だし、強情っ張りだし、ちっともお淑やかじゃないし、まっすぐって言う所しか良い所がない女なのに。
本当に、こんな私を選んでくれるなんて。こんな誓いをたててくれるなんて。
その涙に、雅清は柔らかく相好を崩して「薫」と、優しく彼女の名を呼んだ。
「返事は?」
「勿論、ハイですっ!」
今までにない位の幸せが纏われた返事が、溌剌と弾け飛ぶ。そしてありったけの想いを返す様に、雅清の手を強く強く握り返した。
薫からの返答に、雅清は喜色を浮かべる。
その優しい笑顔に、薫の笑顔も益々広がった。
あぁ、本当に幸せ。枢木教官がこんな笑顔を返してくれるなんて……本当に、幸せ。
「それにしても、柚木」
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