第3話 目的は、休日デェト!

 怜人は部屋の戸を軽くノックすると「雅、今、ちょっと良い?」と問いかける。


「あぁ、構わんぞ」

 内から、何の躊躇いもない許可が下りた。


「良いって」

 怜人はフフッと薫に微笑みかけてから、「入るね」と部屋の戸を開き、薫の強張る背をポンッと叩く。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 薫は礼を述べると、開かれた内へと「失礼します」と恐る恐る入って行く。

 刹那「柚木? !」と、愕然とした声が飛んだ。


 そして薫の胸もドキリと痛い程に高鳴る。

 何故なら、彼女の惚けた目に入る雅清の姿が軍服ではなく、浴衣姿であるからだ。


 ひゃあああ! 浴衣、浴衣だわぁ! それに髪に水が滴っていて、とっても格好いいのだけれどっ!


 ぶわっと興奮が押し寄せ、薫を天高くまで舞い上がらせていくが。天に待ち構えていた「デェト」と言う大文字によって、薫はバシッと現実に叩き落とされた。


 あぁ! そうよ、そうよ! 私はこんな所で舞い上がっている場合じゃなかったわ! 早く次の休日のデェトに誘わなくちゃ!


「な、なんでお前が。怜人は? いや、待て、そんな事よりも、お前」

 と、未だに驚きと困惑に填まり、辿々しい言葉を並べる雅清に向かって、薫は「あの!」と声を張り上げた。


 その大声に、雅清はビクッと身体を震わせてから「な、なんだ?」と問いかける。


「枢木教官は次の非番の日、何か用事が入っていらっしゃいますか?」

「次の非番の日? いや、特に何もないが」


 特に、何も、ないっ! ?

 薫は不審げに帰された答えに、ぱあっと顔を輝かせ「じゃあっ!」と、ずいっと前のめりに切り出した。


「私と外に出かけてくださいませんか!」

「べ、別に構わんが」

 別に構わんが……!

 すんなりと打ち返された答えに、薫は「やった~!」と大歓喜に包まれる。


 幾重にも飛ばされる万歳、ひらひらと舞う色鮮やかな花びら達。幸福のあやかしと称されるケサランパサランもふわふわと薫の周囲を飛び回り、幸せの鱗粉を振りまいていく。

 薫は幸せを噛みしめながら「本当に良いんですか? !」と、確認を入れた。


「それは別に良いのだが」


 やっ……いやいや、待って待って。良いのだが……だが?

 淡々と打ち返された言葉に舞い上がりそうになった己をバシッと押さえ込み、薫は「だが?」と恐る恐る先を促した。


 雅清は促されるまでもないと言わんばかりの顔付きで、ギロリと薫を睨めつけ「お前、まさか」とおどろおどろしい声音で言葉を継ぐ。

「そんな事を言う為に、こんな時間に、たった一人で、ここまで突っ込んで来たのか?」

 わざわざ物々しく言葉を区切り、雅清は冷ややかに言葉をぶつけた。


 マズい。これは鬼の説教モードに突入しかけているわ、急いで言い訳を考えないととっても恐ろしい事になるっ!


 薫はゴクリと唾を飲み込んでから「えぇと」と、急いで言い訳を考え始める……が。

「馬鹿か、お前はっ! こんな時間にたった一人で男子寮を彷徨うなっ!」

 張り叫ばれる説教に、「ひゃあっ!」と薫は身を竦めた。


「で、でも、枢木教官。私なんかが入った所で、誰も何もしませんよ。現に、柊副教官と会うまで何の問題もなかったですし」

「そういう問題じゃないっ!」

 おずおずと吐き出した反論も、直ぐさま力強く一蹴され、薫の身は更にしゅんっと縮こまる。


「お前は危機管理がなってなさすぎる! 自分がこの場ではどういう存在なのか、今一度よく考えろ! どうしてお前の部屋がここから離れた総帥室の階にあるのか、よくよく考えろっ!」

「は、ハイッ! 申し訳ありませんでしたっ!」

 薫はひいっと身体を竦めて涙声で謝ってから、「し、失礼しましたぁ」とおずおずと背を向けた……が。


「待て」

 鋭い制止が飛び、薫は「ま、まだお説教が……?」と弱々しく振り返った。

 そんな弱々しい小動物の様な姿に、雅清はフッと笑みを零してから「その非番の日は」と朗らかに問いかける。


「何時にどこだ?」

 薫はその問いに、ハッと口元に手を当てた。


 ど、どうしよう。何時にどことか、全く考えてなかったわ! それにどこへ行こうとかも、一切考えてなかったわよっ! 

 今の私にとっての最終目標は「一緒に出かける約束をする」だったもの!


 ええっと、どこが良いのかしら? それに、時間は何時くらいが一番良いの? 

 あんまり遅いのは嫌よね、じゃあ早めにして。あ、でも、早めって何時頃? そんなに早いと迷惑よね? 嗚呼待って、時間だけじゃなくて場所も考えなくちゃ。


 薫は「ええっと」と慌てふためきながら、デェトの時間と場所を考え出した。


 すると「お前、本当に考えなしに来たな?」と、半ば呆れ半ばからかい気味の声が飛ぶ。


 薫はおずおずとその声の主を伺うと。雅清はフッと柔らかく相好を崩し、薫を優しく見つめていた。

 その優しい眼差しに、その柔らかな微笑に、薫の胸はズキズキッと痛みが走る。そしてきゅううんと身体の中枢にまで深く震え、ほわほわと響いた。


「帝都からちょっと離れた所で骨休めに行くか?」

「は、ハイ!」

「じゃあ、正門に九時半だ。言っておくが、時間厳守だぞ」

「ハイッ! 勿論ですっ!」

 ありがとうございますっ! と、嬉しさをこれでもかと言う程ぶわっと飛ばして答えてから、薫は「失礼致しますっ!」とダッと駆け出した。


 雅清はその背に向かって「馬鹿、一人で行くな!」と、慌てて引き止めるが。その言葉も、手も、疾風の如く男子寮を駆け抜ける薫には何も届かなかった。

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