23枚目
約三〇分後に結の身体は完全に回復した。
失われた手足は戻り、飛び跳ねる事も難無く出来た。健康そのものだった。あの状態から取り返しが付くとは信じ難い事だった。
そうして結の回復後、無人の空間を二人が出た後、街並みの修復が行われた。
二人は理桜の居る病室へと向かった。
今回の戦闘に関する報告を聞いた理桜は神妙な表情をした後に、口を開く。
「……分かりました。先の戦闘において春瀬さんの取った戦術は、不適切であると言わざるを得ません」
「えっ、そっ、そっか……じゃ、どうするのが良かったのかな?」
結は申し訳なさそうな笑みを浮かべて問うた。
「四島さんの言う通り、応援を呼ぶべきでした。運良く生還出来たから良かったものの、死亡する確率もかなり高かったでしょう」
「そうだけど……あんまり時間が経ったらステージ2になっちゃうよ! そうしたら、わたしと爛楽ちゃんだけじゃなくて、後から来た二人もやられちゃうかもしれないじゃん」
「勿論その観点は間違いではありません。ですが、それでも応援を呼ぶべきでした。そういう方針は以前にも話したでしょう。
〈キャンサー〉との戦いには勿論危険が付き纏います。けれど、今回のような、あまりにも自分を省みない戦い方を続けるようでしたら、私は春瀬さんを〈メルメディック〉として戦場に送り出す事は出来ません」
それを聞いた結の表情に生まれたのは、確かに絶望だった。虚ろになった目。焦点が定まらない視線は、必死に今の状況を打開できるものを探していた。
「わたしは戦っちゃ駄目、って事……」
「今回の戦い方を今後も続けるようなら、です。次から改めてくれるのでしたら、あなたに制限を課す事はありません」
「以前は、別にそんな事言わなかったよね」
「以前もあなたが危険な戦い方をした際には、厳重な注意をしました」
「でも、戦わせないなんて言ってなかったじゃん――そっか。
今は人が足りてるもんね。わたしより、要領の良い子が入って来てくれたから、もうわたしは用済みになっちゃったんだ」
結は自虐的に、それでいて、いつものように明るく笑った。
「春瀬さん!」
強く諌めるように名前を呼ぶ理桜。
「わたし、もう帰る」
そう宣言した結は踵を返し、病室の出口へと向かい、勢い良くドアを開けた。
「うわおっ!?」
ドアの向こうから驚いた声が聞こえた。何かと思えば、丁度舞葉が病室に入ろうとしていた所で、急に勢い良くドアが開いたので吃驚したみたいだ。一歩後ろには怜が居たが、彼女は落ち着き払っていた。
結は腰を抜かしそうになっている舞葉には目もくれずにその場を立ち去って行った。
「なんなんや……結はん、今にも泣き出しそうな様子やったけど」
呆然とする舞葉。それから、病室の中に視線を彷徨わせ、その視線は爛楽の元で止まった。
「何しとん。追い掛けんのかいな」
爛楽を責め立てるように舞葉が言った。
「爛楽が?」
「他に誰がおんのや。当然、あんたはんの役目どす」
ブス女に上から目線で指図され、反発したい気持ちはあったが、爛楽は黙って病室を出た。
確かに自分がやるべきだと思った。
廊下を早足で進み、入院病棟を出た。まだ結の姿は見付からない。一体どこに居るのだろうか。
どこか人気のない所に居るとは考え難い。そのまま家に帰ろうとしていると爛楽は予想した。その為、バス停までの道を爛楽は早足で進んだ。
「あ……爛楽ちゃん」
そうして進んでいたら、先に結がこちらを見付けた。
「結」
「ごめんね。何か勢いで飛び出しちゃって。すぐ戻らなきゃ。はは、理桜さんに叱られちゃうなあ」
そういって爛楽の横を通り過ぎ、病室へと戻ろうとする結。
「別にいいんじゃない?」
「え?」
「今戻って、気まずい思いをするのは嫌でしょ。このまま帰るかどっか行くかしましょ。それで怒られる事になったら、その時は一緒に怒られてあげるわ」
暫く呆気に取られていたようだったが、結はやがて小さく呟いた。
「爛楽ちゃんってさ、やっぱり、優しいよね?」
「そうなの?」
曖昧に返事しながら、爛楽はある事が気になった。通常であれば結はもっと嬉しそうな反応を見える筈だった。自分が優しくするのは嬉しくもあるが、同時に辛くもある――そんな様子だった。
「行きましょう」
爛楽は結の手を引いて歩き出した。そうして連れて行ったのは病院の近くにある小さな公園だった。他に人の姿は見られない。空が雲に覆われていて、今にも雨が降り出しそうだからか。
何か飲み物を買って渡してやるなど気の利く事が出来れば良かったのだが、生憎近くに自動販売機は無かった。ベンチに座って結が話し始めるのを待ったが、中々結は口を開かなかった。
「どうしてあんな戦い方をしたの?」
爛楽は結の方を見ずに問うた。
「理桜さんに言った通りだよ。病気に対しての一番良いアプローチは早期に治療をする事。
今までわたしたちはステージ1の〈キャンサー〉としか戦った事が無いけど、〈キャンサー〉は時間の経過によって成長する。そうしてステージ2になった〈キャンサー〉は手が付けられない程強い。四人が束になって戦って、勝てるっていう保証は無い」
結の話に論理的な破綻は無かった。理桜の意見、結の意見、どちらが正しいという事は無いのだろう。それ以降は結果論でしか語れない。
「……それだけなの?」
爛楽は、引っ掛かりを覚えて結に問うた。
「んー、それだけじゃないかもね」
茶化すように笑う結。だが、爛楽は気付いた。そこに含まれている笑みは、自嘲だ。
「爛楽ちゃんは凄いよ。凄いけど……ずるいよ」
結の言葉の尻は少し涙ぐんでいた。
「ずるいって」
何も心当たりが無かった爛楽はそう問うてしまった。
「人助けなんかしたくない。〈メルメディック〉として戦うなんて嫌だ。そんな事言ってる癖にさ、いざ〈キャンサー〉と戦えば毎回大活躍だよ。
もう既に、わたしなんかより強いんじゃないの?」
刃の無い剣が胸に突き刺さるような感覚がした。刀身は冷たくない。熱くもない。ただ、淡白な痛みと異物感を与えた。
「だったらさ、わたしは一体何なの?
人助けをしたいって、誰かの役に立ちたいって心から思ってるわたしは何なの?
わたしはもう、ああするしかなかったんだよ。痛いのは嫌だよ。死ぬのは怖いよ。誰だって一緒だよ。
でもさ、そういうものを差し出さないと、そうまでしないと、わたしがここに居る意味、無くなっちゃうから……」
警戒を怠って踏み込んでしまった、ぬかるんだ道は、底無し沼だった。脚が沈んで行く様子に激しい焦燥を覚えるばかりで、どうすれば良いか分からなかった。
「あんたは……」
「わたしね、爛楽ちゃんの事大好きだよ」
胸が張り裂けそうな、寂しい表情で告げる結。
「爛楽ちゃんがわたしと一緒に戦ってくれるのは本当に嬉しいんだ。
すっごく心強くて、ああ、爛楽ちゃんが居てくれて良かったって思う。
それは、嘘じゃないんだよ。それなのに、思っちゃうの。取らないで、って。
わたしの意味を、奪わないで……」
何か冷たいものが爛楽の頬に触れた。それは雨粒だった。続いて落とされる雫。段々と勢いを強め、二人の身体を濡らしてゆく。
「わたしはどうすればいいの?」
濡れた表情が爛楽の前にあった。
「爛楽ちゃんの事が大好きで、それなのに苦しくて仕方がないの……」
雨の勢いは強くなる一方。全身を冷たい水が包んでゆく。
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