14枚目
お姫様抱っこの形で結の身体を抱く爛楽。慎重に地面へと着地し、結を下ろす。
「来てくれたんだね! 四島さん!」
純粋な喜びで満たされた瞳が爛楽を見る。爛楽は釈明の言葉を必死に探した。
「違うわよ! あのブスが!」
「えぇ?」
「爛楽が〈キャンサー〉にびびって漏らしたとか言うから! 別にそんな事はありませんが? 全然びびってないし余裕で倒せますが? って事を証明する為にちょっと来ただけよ!」
「そ、そっか……まあでも、何にしても良かった! 四島さんが来てくれて本当に嬉しい!」
眩い笑顔を見せる結。それを見て爛楽の顔から自然と力が抜けるが、敵の長い尻尾がこちらに向かって来ている事に気付き、慌てて結の腕を引き、回避した。
「戦いの最中に油断するんじゃないわよ!」
「それはまあ、その通りなんだけど」
二人で大きく跳躍し、一旦『鼠』から距離を取る。十分な距離が確保出来た後、爛楽は問うた。
「そういえば、前から気になってたんだけど、この注射器は何なの? 見た所、春瀬さんのものと一緒みたいだけど」
爛楽は腰に取り付けられた注射器を示して問うた。自分と結は〈メルメディック〉の衣装や武器が大きく異なっている。それなのに、この注射器だけは共通だ。その事を奇妙に思った。
「これは〈ライフシリンジ〉って言うんだ。とっても強力な道具で、使えば身体の大きな傷も一瞬で修復する事が出来るし、敵に突き刺せば、大ダメージを与える事が出来る。まあ、ほぼ即死だね」
「そんな強いの? だったら、こいつを使って早くあいつを倒しましょうよ。尻尾が厄介だけど、二人いればどっちかが気を引いて、もう一人が接近して、あいつの身体に突き刺すのも難しくないでしょ」
「うーん。それはあんまり良くないかな。〈ライフシリンジ〉はとっても貴重な道具だから、なるべくなら使わずに倒したいんだ」
「この三本しか無いの?」
「いや、理桜さんから受け取って補充する事も出来るんだけど、作るのがすっごく大変らしいんだ。ただ、ピンチになったらその時は迷わず使ってって」
「ふーん。つまり、エリクサーって事?」
「え?」
爛楽が使った比喩は結には伝わらなかったようだ。しまったと思いつつ、爛楽は敵へと視線を向ける。
「まあいいわ。その注射器が無くったって、何とかしてみせるわ。鼠ってのはまあ小っちゃくて可愛い見た目した動物ではあるけど、病原菌を運ぶ危ない奴でもあるのよね」
銃口を『鼠』へと向ける爛楽。そして、引き金を引いた。
「駆除してやらないと!」
銃弾が放たれる。眩いそれが一直線へと敵へと向かう。だが、敵は四本の脚で素早く動く。爛楽の攻撃は虚空を通過した。
舌打ちしながら、引き金を絞る。連射での攻撃。だが、『鼠』は動き回り、更には遮蔽に身を隠し、爛楽の攻撃から逃れた。
苛立ちが募る爛楽。ここが真っ平らな場所であってくれたらと思った。細かく跳躍を繰り返し、『鼠』との距離を縮めてゆく。
「隠れんな!」
建物の影から顔を出す『鼠』に発砲する。合計四発放った弾丸の一発が『鼠』の身体を掠った。だが、それで再び『鼠』は建物の影に身を隠した。やたらと長い尻尾だけが隠れる事を放棄していた。
攻撃を当てるには更に踏み込むしかない。爛楽は更に前へと出た。
「危ないよ、四島さん!」
結の声が背後から聞こえた。結は爛楽に追従するようにして動いている。
「それは分かってる! けど!」
建物の影から上方へと飛び出す『鼠』。大きな牙と爪がこちらに向けられる。遮蔽が無くなったからには、遠慮無く弾丸を叩き込む。
何発かが命中した。だが、致命傷には至っていない。『鼠』が地面に足を着くよりも先に、長い尻尾がこちらに迫り来る。
目で追うのが難しい程に速く、それでいて単直ではない動きをする。故に、爛楽は勘に頼った。体勢を極力まで低くし、殆ど床と一体になり回避する。その後、上から降って来る『鼠』の本体は転がって避ける。
身体を起こしつつ、牽制として銃を放つ。僅かに後退る『鼠』。そこに、結が鋏を振るう。
俊敏な動きで結の攻撃を回避する『鼠』。暴走車のように道路を駆けずり回り、二人を翻弄する。
大きく振り回される尻尾。その自由で乱暴な動きが、立ち並ぶ建物を砕いた。建物は大小様々な破片となり、宙へと舞った。
「視界がっ」
瓦礫を浴びる事自体は然して問題ではないだろう。問題なのは、宙に舞う瓦礫が視界を塞いでいる事。
次の敵の攻撃が見えない。瓦礫の隙間に敵を探す。見えた。ずんぐりとした『鼠』の姿。だが、同時に視界の端に黒曜石の黒色が映る。既に、それは至近距離にあった。
「がっ――」
鈍痛。そして、今まで見ていた景色が側方へと吹っ飛んだ。
「四島さん!」
結の叫び声が、急速に遠ざかる。その音程がいつもより低く聞こえ、これがドップラー効果かと頭の片隅で思った。
爛楽の身体は地面を転がった後、街路樹にぶつかって止まった。
攻撃を受けた。だが、意識ははっきりしている。身体も動く。故に、爛楽はすぐに立ち上がった。
「痛ったいじゃないの……」
呟きながら、先程自分に攻撃を喰らわせた敵を睨み付ける。奇妙な感覚を覚えて頭に手をやると、その手の平が赤く染まった。
恐らく、皮膚が裂けただけだ。頭蓋骨より内側には何の影響も無いだろう。そうだとしても、込み上げて来る激しい感情を鎮める事は出来なかった。
「爛楽は、痛いのが大っ嫌いなのよ」
瞳の中に憤怒が灯る。血が頬へと流れ、一滴だけ地面に落ちた。
「だからピアス穴だって開けてないでしょうが!」
叫んだ。銃を構え、『鼠』へと突っ込んで行く。
「【ハニーメディスン】! マガジン:リリース!」
両手に持った大振りな拳銃。その弾倉が本体から乖離し、地面に放擲される。
「――ロード:【アンチバイオティック】!」
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