15枚目
新たに生み出された弾倉を、二つの銃へと取り付ける。
狙いを定め、引き金を引いた。重い反動が手に圧し掛かり、弾丸が放たれる。
それが、『鼠』の身体を穿った。鋭い大きな音が鳴り、『鼠』を構成する黒曜石の肉が散る。
怪物の大きな悲鳴が響いた。
「さっきより、効いてる!?」
結の驚く声。爛楽は更に銃を撃つ。先程とは異なる色の光。それが、『鼠』の身体を再び大きく削り取った。
「爛楽の【ハニーメディスン】はただ銃弾を撃つだけじゃない。薬を撃つ事が出来るの。敵に対しての特効薬をね」
次いで放った弾丸は『鼠』の右の後ろ脚へと命中し、それをもぎ取った。
「さっき、爛楽は敵に触れた。くっそ痛かったけど、その時に、敵の組織をほんの少しだけ取り込んだの。それを元にして、あいつに対しての薬を作り出した」
脚を一本失った『鼠』はそれでも闘志を失わなかった。先程より明らかに落ちた機動力。それでも果敢に爛楽へと向かって残りの三本の脚を動かす。
というより、それが最後の足掻きだ。最早それしか敵に道は残されていない。
「そんなんで爛楽の華麗な銃撃が避けられるわけないでしょうが!」
不安定な動きでただこちらに一直線に向かって来るだけ。こんなもの、外す方が難しい。爛楽はどんどん大きくなる的に銃弾を叩き込み続けた。
ばらばらになる。どれが致命傷だったのかは分からない。歪な黒い結晶が地面に散らばり、そして消滅した。
「ふん……ま、こんなもんよ」
小さく呟いて、二丁の銃をホルスターへと収めた。
「すっごーーーーーーーい!」
鼓膜に遠慮無く突っ込むような声が聞こえて、続けて衝撃があった。結が勢い良く抱き着いて来たのだ。頭の傷はもう治ってしまったようで、それで痛む事もなかった。
「何で抱き着くのよ!」
「えっ、だって四島さんすっごく強かったし! それに、初めは行かないって言ってたのに、来てくれた事がすっごく嬉しくて!」
やたらと懐いている犬のようだった。抱き着きながらもぴょんぴょんと跳ね、満面の笑みを浮かべてる。
「言ったでしょ別にあんたの為に来たわけでも、人助けをしたくて来たわけでもないって! ただあのブスが」
「それでも嬉しいの! 本当にありがとう!」
その純粋な笑顔で絆されそうになるが、爛楽は自分の意見は毅然として言うタイプだった。
「それはそれとして、人をトイレって言って無理矢理連れ出したのは許してないからな」
結の笑顔が固まった。
「あ……それは」
「ねえ分かる?
爛楽はクラスの子たちと全然打ち解けてないのよ。そんな状況で、あんな事になれば、クラスの誰もが爛楽の事を変な子だって思うわよ!
トイレ女よ! 今頃花子さんとか陰口言われてるに決まってるわ!」
目の前の少女の顔が段々と蒼白になってゆく。
「これからあのクラスで新しく友達作ろうって思ったって、もう絶望的よ! 皆が関わるのはよそうって思うわよ!」
罪悪感の為に曇る結の表情。小さな謝罪の声が、小さな口から紡がれる。
「その件は、本当にごめんなさい。悪気があったわけではない、んだけど、思い返してみれば、わたしのやった事は凄く非常識な事だったって思う。
四島さんはずっと戦う意思は無いって言ってたのに、その事を無視して。それで、あんなやり方で四島さんを連れ出して……わたし、舞い上がっちゃってたんだよ。
わたしは、いつもそうやって誰かに迷惑掛けて――」
「だからっ、あんたが何とかしなさいよ! その、例えば、あんたが友達になるとかっ」
「えっ?」
目を丸くする結。爛楽は顔が急激に熱くなるのを感じた。
「そうしてくれないと、爛楽はぼっちのまんまだから! 高校の三年間ずっとぼっちとかもう、そんなの最悪じゃん。だから、春瀬さんが、友達になってよ……そうしたら、今回の事は水に流してあげるから……その、トイレだけに」
きっと、今鏡を覗き込んだら熟れた林檎のような顔が映る事だろう。爛楽は結の方を見ている事が出来なくなって、顔を逸らした。
「なる!」
バカでかい返事があった。
「わたしが、四島さんの友達になる! なるよ!」
【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093086152057491)
彼女の様子は、喜びに満ちていながらも、折角出くわした好機を絶対に逃してなるものかという必死さを感じさせた。
「わ、分かったわよ。じゃ、なりましょ。友達に。はい、なったわ! 良かったわね!」
爛楽は尚も結の方を見ないままに言った。気を抜くと口の端が上がってしまう。
「うん! 良かった! そうだ! それじゃあ友達になった事だし、これからは四島さんじゃなくて、下の名前で爛楽ちゃんって呼んで良い?」
「へ!? ま、まあ全然構わないけど!?」
「ありがとう爛楽ちゃん!」
「~~~~~っ!」
とんでもなくむず痒い感覚に襲われた。今までの友達には下の名前で呼ばれた事は無かった。
「えへへ~爛楽ちゃ~ん、爛楽ちゃーん!」
そう何度も続けて名前を呼ばれると、目が回ってきそうだった。
「あ、そうだ! 爛楽ちゃんからも、わたしの下の名前呼んでよ!」
「何でそんな事! ま、まあ全然いいけど!? ゆ、ゆ……結」
顔が溶けてしまうのではないかと思った。恥ずかし過ぎて爛楽は顔を覆った。その為に結の顔は見えなかったが、わざわざ見ずとも満面の笑みを浮かべている事は分かった。
「ありがとう! 嬉しい! もっと呼んで欲しいな!」
「もっとって別にそんな必要無いでしょ! まあ、別に呼んであげない事もないけど……結……結っ、結! 結結結結結結結結結結っ!」
「爛楽ちゃん爛楽ちゃん爛楽ちゃん爛楽ちゃん爛楽ちゃん爛楽ちゃん爛楽ちゃん!」
自分は何でこんな事をしているんだと思考が混乱して来た。
それでも別に良いと思える程に爛楽の心は満たされていた。
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