7枚目

 砲火。


 薄闇を切り裂く光。銃声が連続して爛楽の鼓膜を叩いた。

 何度も連続して引き金を引く動作はどこか淡々としていた。澄んだ瞳は静かに標的を見据え、銃弾をそこへと導く。

 銃弾が『蛍』の装甲を砕く。空中で大きく揺れる体躯。一発、さらに一発と着弾する。全ての銃弾が命中したわけではないが、その殆どが『蛍』に吸い込まれるように命中した。


 容赦は無い。淡々と『蛍』の体躯を削ぎ落してゆく。


 一度の着弾で与える損傷はそれ程大きくない。だが、それが一〇回も積み重なれば、看過など出来ない大きな傷となる。弾丸の雨を浴びた『蛍』はまだ消滅には至っていないものの、無惨な有様へと変貌する。


 敵が吼えた。硝子を刃物で引っ掻いたような声。酷く耳障りだった。


「うるさっ」


早く倒してしまおうと思ったが、『蛍』の前方に何かが生じる。歪な形状の、半透明の壁だ。

 その壁が『蛍』へ向かう弾丸を阻む。つまりそれは防壁だった。

 歯噛みする爛楽。半透明の壁を挟んだ向こう側で『蛍』が光を集めているのが見えた。先程結に対し行おうとした攻撃を今度はこちらに向けて放つつもりだ。


(中々割れない……! 回避に専念した方が――)


 光が更に強くなる。撃たれる、と思った時だった。


「撃つの、ちょっと待ったーーーーーーーーーっ!」


 知っている声が人の居ない街に響いた。強い光が反射され、空の一点が一瞬ちかっと輝いた。

『蛍』の身体の一部が乱雑に切り取られた。大きな破片が宙に浮かんで、そのまま落ちてゆく。


「春瀬さん!」


 巨大な鋏を手に、華麗に宙を舞っているのは結だ。


「すぐ出て来れなくてごめんね! もう大丈夫!」


 結に攻撃された事によって、『蛍』の渾身の攻撃はまたも不発となった。更には、半透明の壁も崩壊してゆく。光を虚しく散らし、苦し紛れに小さな光の球をばら撒く。結はそれを軽々と回避し、『蛍』へ再度接近する。


「それはもう使わせないよ!」

 武器を勢い良く前へと突き出す結。その先端は、『蛍』の発光部へと突き刺さる。

 電球が割れる様子を見ているようだった。透明な破片が散らばり、仄かに虹色に輝いて落下する。先程よりも耳障りな叫び声を上げる『蛍』。

 これで『蛍』は主な攻撃手段を失った。このままでは一方的に屠られるだけだと判断したのか、結から逃げるようにしてその場を離れる。『蛍』は高度を落とし、建物の間を飛ぶ。損傷の為か不格好な飛び方ではあったが、決して遅いわけではない。


「逃がす、かっ!」


 爛楽は跳んだ。射線を確保する為だ。高い位置から『蛍』が居る方を凝視する。建物と建物の間に黒い影が見えた。


 攻撃を放つ。輝く弾丸が黒い体躯に突き刺さる。


 よろめく『蛍』。建物の壁に身を擦り、地面すれすれを飛行する。そこへ更に攻撃を叩き込む。


 壊れてゆく。脚が取れ、翅が穴だらけになる。地に落ち、道路の上を滑る〈キャンサー〉の上に爛楽は飛び乗った。黒曜石の外殻を踏み付け、『蛍』に銃口を押し当て、引き金を思い切り引いた。


「これでっ!」


 銃口から溢れ出す奔流が『蛍』を喰い荒らす。弱々しい断末魔が上がったと思えば、その身体は粉々に砕けた。そしてその破片が消滅してゆく。


 決着だ。


〈キャンサー〉との戦いに無事勝利した。その事を意識すると、唐突に凄まじい疲労を感じ、その場に崩れ、地面に尻を着いた。普通の疲労とは異なる疲労だ。恐らくは〈メルメディック〉の力を行使した事によるものだろう。


「大丈夫だった? 四島さん」


 爛楽のすぐ傍に降り立った結が問うた。


「まあ、ね。爛楽は別に一回も攻撃受けなかったし。それより、春瀬さんこそ平気なの」

「〈メルメディック〉の回復力は凄いんだよ。普通なら全治数週間の怪我とかでもあっという間に治っちゃう」


 結はそう言って身体のあちこちを見せ付け、傷が無い事を示した。


「それは良かったわ」

「うん! あのね、今回の事は本当にありがとう。わたし、四島さんが居てくれて本当に良かったって思ったんだ。だから、これからも力を合わせてこの街を守っていこうね!」


 輝く笑みを浮かべ、結は言った。


「は? 嫌よ」


 爛楽がきっぱりと告げると、結は愕然とした表情で硬直した。


「何でいつの間にか爛楽が次も戦うって事になってるわけ? こんな事、二度とごめんよ。言ったでしょ? 爛楽は、人助けなんかしないって」


「え――えええええええええええええええええ!」

【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093085803659915

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