28枚目
「きっしょいわほんまぁ!」
叫び、攻撃を回避し続ける舞葉。新たに『百足』が飛び出す――それは他の『百足』に比べれば、縄のように細い。だがその分、動きが速かった。
「なっ!?」
一瞬のうちに舞葉の身体に絡み付く細い『百足』。手足を含め、身体全体を縛り上げる。舞葉の動きが止まった。
「こんなんで、捕まえた気に!」
舞葉の背中に灯る炎。それが輝きを増す。『百足』による拘束を突き抜け、大きく翼を広げる。
紅蓮と虹が混じり、茜の空を塗り潰してゆく。
それはまるで不死鳥の翼だった。
舞葉を拘束していた細い『百足』は焦げ付き、綻びてゆく。舞葉は巨大な翼で自由を舞った。
「うちはっ、こんな所でええええええええええええええええ!」
腹の底から叫ぶ舞葉。それを遮ったのは数多の『百足』の鳴き声。
濁流のように『塊』から飛び出す『百足』の大群。その全てが舞葉へと襲い掛かった。
圧倒的物量。それが大きな翼を掻き消してゆく。勿論、灼熱に触れた『百足』はその体躯を焼かれ、力を失う。しかし、それによって翼は僅かに熱を失う。そこに新たな『百足』が襲い掛かり、更に翼の炎を弱体化させる。その繰り返しが、一瞬の間に何度も行われた。
一匹の『百足』が舞葉の身体を穿った。
「がぁっ」
それが契機。次々に『百足』が舞葉の身体を破壊する。獲物に群がる虫そのものだった。
翼を失い、身体を損傷し、舞葉は空中に留まる権利を失った。落ちて行く。
「舞葉ああああああああああっ!」
怜が叫んだ。鍼を幾本も飛ばす。だが、肉壁が厚すぎる。舞葉を害する『百足』にまでそれが届かない。
手立ては何も無かった。舞葉自身もそうだ。翼のみならず、右手と両方の脚を失っている。先程結から受け取った〈ライフシリンジ〉は『百足』の奔流に呑まれた際にどこかに行ってしまった。
全てを失い、ただその身に抱えきれないほどの恐怖だけがあった。
「怜! 助け――」
舞葉の身体が散った。
硬い外殻によって殴打され、鋭い顎で捕食され、脚で貫かれ、複数の『百足』の巨体同士で圧壊された。肉片が地面に滴る。それすらも貪欲な『百足』の獲物だった。赤く濡れた地面に幾つもの頭が突っ込んだ。
やがて多くの『百足』が『塊』へと引っ込んで行く。先程まで『百足』が群がっていた地面には一滴の血液すら残っていなかった。
「あ、ああ……」
舞葉は死んだ。何も残さずに、この世界から無くなった。
「嘘だ、こんな、こんなのは、間違いだ。舞葉はッ、よくもおおおおおおっ!」
掠れた声で咆哮する怜。彼女は智略の一切を忘れ、ただ憎しみのままに『百足』へと走って行った。
「怜さん、駄目!」
爛楽の静止は届かなかった。明らかに気が動転している。自らのパートナーが目の前で散って行ったのだから、当然の事かもしれない。
あまりに直情的。そして、直線的な動き。『塊』の動きはまるで邪魔な虫を払うようだった。飛び出した『百足』が薙ぎ払うように動く。怜に一片でも冷静さが残っていればそれを回避する事が出来たかもしれないが、回避も防御もせず、そのままその攻撃を受けてしまった怜の身体は大きく後方に飛ばされた。
「怜さん!」
怜は地面に転がったまま動かなかった。特に目立った外傷は無い事を鑑みると、死亡はしていないと思われる。恐らく気絶してしまったのだろう。
爛楽の中で希望を吊り下げていた糸が更に一本、ぷつりと切れたのを感じた。残り二本の糸で支えられるそれはひどく不安定だった。
倒れたまま動かない怜に一匹の『百足』が向かう。ああ、やられてしまう。そんな事を思ったが、爛楽は身体が動かなかった。ただ、その様子を眺めていた――。
何かがきらりと輝いた。そして、『百足』の身体が大きく仰け反った。
「守らなきゃ、わたしが――わたしが助けるんだ!」
『百足』の前に立ちはだかったのは結だった。
「【
巨大な鋏を振るい、大きな二枚の刃の間に『百足』を入れた。硬い物が割れるような音がして、『百足』の身体が切断された。
彼女はまだ、諦めていない。
怜を、そして自分を助けようと、強大な敵に立ち向かっている。
(ぼーっとしてる場合じゃないでしょ!)
爛楽の闘志は息を吹き返した。まだ全てが終わったわけではない。
それならば、逃げるな。立ち止まるな。前に進め。
「あんただけじゃない!」
爛楽は叫んだ。
「結と爛楽! 二人で戦うのよ!」
返事の言葉は無かった。それでも一瞬だけ振り向いた結の瞳が、必要な事を語っていた。
二人が力を合わせれば、きっとこの怪物を倒せる。
「【ハニーメディスン】! マガジン:リリース!」
爛楽は銃の片方――左手の銃の弾倉を捨てた。
そして、心の内で結への謝罪を呟く。
(ごめんね、結。爛楽は、結の事勘違いさせてる。ここから勝つなんて絶望的。爛楽はもう、希望なんて持ってない)
二本の糸では希望を支えきれなかった。それはとっくに地に落ちた果実となっていた。
「ロード:【スキルブースター】!」
新たな弾倉を銃に装填する。
(それに、結の事、信じてるわけでもないの。ひどいよね。でも、力を合わせた所で、あの化け物に力が届く筈が無いよ)
銃口を向ける先は敵ではない。自分自身の、首元だった。
(爛楽はね、どうせ死ぬなら最後に出来る事をやってやろうって思ってるだけなの。最後に、一暴れしてやろうって)
引き金に指を掛ける。
「――だって、爛楽は自分の為に生きるって決めたから。それが、爛楽の信念だから。だから、ここで敗けるとしても、死んじゃうとしても! 爛楽の命が尽きるその瞬間まで、爛楽は後悔の無いように生きるのよ!」
銃口から、弾丸が放たれた。そしてそれは爛楽の首を貫き、僅かに血を迸らせた。
「ぐぅっ」
痛みがあった。痛いのは大嫌いだ。だが、その痛みは自分がまだ生きているのだという事を感じさせてくれた。
一瞬遅れて、身体を熱が巡る。力の鼓動が爛楽の中で騒ぎ立てる。
右の銃を構えた。装填されている弾丸は【アンチバイオティック】のままだ。
右の人差し指で引き金を引く。脱臼しかねない程の大きな反動と共に、鋭い光を纏う弾丸が放たれた。そして、それは結へと襲い掛かろうとしていた『百足』の頭を消し飛ばす。
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