12枚目

 結と爛楽は病院を後にし、バスに乗って帰路を進んだ。怜と舞葉は理桜に用事があるとの事で病室に残った。


「あの二人も〈メルメディック〉としてこの漆浜うるしはま市を守ってるんだよ。三人の中ではわたしが一番後輩って形だね」


 隣に座る結が言った。


「ふーん。美形とブスが同時に視界に入ってバランスが良かったわ」


 爛楽がそう言うと結は苦笑いを浮かべた。


「四島さんが〈メルメディック〉になってくれるなら、あの二人が市の北を担当して、わたしたちのペアが市の南を担当するって感じだね」


「何度も言ってるけど、わたしはやらないって。ていうか、〈メルメディック〉って女の子しかいないの? 他の地域には他の〈メルメディック〉が居るんでしょ? その人たちも皆爛楽たちと同じくらいの女の子なわけ?」


「わたしは実際に会った事は無いけど、そうみたい」

「え? それって何で?」


 眉を寄せながら爛楽が尋ねると、結は困ったような表情を浮かべた。


「何か、〈メルメディック〉の素質は女の子に宿りやすいんだって。その理由は……理桜さんから聞いた気もするけど分かんないや」

「ええ……何か胡散臭……女の子じゃなきゃいけない理由なんかあんの?」


 懐疑的になる爛楽。バスの運転手がスピーカーで次の停車駅を告げた。


「それじゃごめんね四島さん。わたしの最寄りここだから」

「ん、分かったわ」


 暫くしてバスが停車し、結は立ち上がった。開いたドアの向こうに結が足を踏み出す。それが少しだけ胸を締め付けた。


「じゃあね四島さん! また明日!」


 こちらを振り向き、結は大きく手を振った。大して距離があるわけでもないのに、大振りな動きをする事が可笑しくて、爛楽の顔が自然と綻んだ。


「はいはい。また明日ね」


 結のように大きく手を振るのが恥ずかしかったので、小さく手を振った。それでも結はとても嬉しそうだった。


   □■


 次の日、午後の授業中。爛楽は退屈に感じながらも板書の書き取りをしっかり行っていた。赤点を取って補習になる事は避けたい。その為には授業にある程度真面目に取り組む事が肝要だと考えていた。

 ちらりと時計を確認する。あと一〇分で休み時間だ。それまでは気を抜かず頑張ろうと思った。


 がらり、と音がした。教室の後ろのドアが開く音。爛楽は反射的にそちらに視線を向ける。


 そこに立っていたのは結だった。


「先生! 四島さんトイレです!」


「は?」


 意味が分からなかった。


「え? あー、はい。分かった。行ってきなさい」


 おばさんの先生は困惑しながらも許可を出してしまった。結が勢い良く頭を下げる。


「ありがとうございます! それじゃあ四島さん行こ!」


 結は教室の中にずかずかと入って来て、それから爛楽の腕を引っ張り椅子から立たせた。そして、爛楽を連れて教室を出る。

 他に人の居ない静かな廊下を進む二人。教室から漏れる授業の声が、控えめに宙を漂っている。階段まで来た所で結が言った。


「急にごめんね四島さん。実はさっき……四島さん?」


 爛楽の表情を伺う結。爛楽の目が地獄の炎のように光った。


「殴るぞ! おい! 春瀬ェ!」


 爛楽は結の肩を万力のような力で掴み、叫んだ。凄まじい剣幕で結へと更に詰め寄る。


「えっ? 四島さん!? どうしちゃったの? 顔、凄く怖いよ……?」


 それに気圧された結の顔に汗が浮かぶ。


「当たり前でしょうが! あんなわけ分かんない感じで連れ出して! 爛楽はどうやって教室に戻れば良いのよ! 皆が爛楽の事をどんな風に思うか!」

「まあ、それは確かにちょっと困るかもしれないけど……でも大変なんだよ四島さん! 〈キャンサー〉が出現したって理桜さんから連絡があって。早く倒しに行こう四島さん」


「誰が行くか!」


「えっ……!?」


「何めっちゃ驚いてんのよ! 人助けはしないって散々言ってるでしょ! 仮に一ミリくらい人助けしてやってもいいかなーって気持ちがあったとしても、今のでゼロになったわよ!」


 最近は怒ってばかりだと爛楽は頭を抱えた。怒る事は自分の可愛さを損なう行為だ。爛楽は全てが嫌になった。


「そっか……迷惑掛けちゃったみたいだね。ごめんなさい四島さん」


 深く頭を下げる結。爛楽がそっぽを向いていると、結は階段を駆け下り出した。


〈変身〉をしてから〈キャンサー〉の元に向かわないのかと思ったが、その疑問には自分で正解を見い出す事が出来た。ここはまだ〈類元空間〉へと複製された空間の外なのだ。だからここで〈変身〉をすれば奇抜な姿が人目に触れてしまう。


 ふと窓から外を見遣る。


 透明な水色の奇妙な壁。空間の隔たりを認識する事が出来た。以前は現在位置が無人の空間に含まれていたが、今回はそうではない。あの壁から向こうが無人の空間だ。


 つまりは、戦場。


 その戦場に結はたった一人で向かった。


「何よ……」


 小さく呟き、指を喰い込ませるように胸に手を当てた。


「爛楽は、自分の為だけに生きるんだから――」


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