第一章

1枚目

「うん、可愛い。今日も爛楽は可愛い。最高だわ!」


【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093085725659982


 四島しじま爛楽らんらは鏡に映った自分を見てそう口にした。


 決して自分はナルシストなわけではない。客観的評価として可愛い。爛楽はその事を確信していた。

 特にピンクのインナーカラーを差した髪だ。蛍光色は人の網膜に鮮烈に焼き付き、強い魅力を感じさせる。今は両方の側頭部でそれを結び、ハーフツインにしてある。勿論そのまま下ろしていても可愛いが、ハーフツインは女の子を更に可愛くする。通常のツインテールとも迷ったが、インナーカラーはこちらの方が映える。


 カーテンを通り抜けて朝の眩い光が部屋の中を満たしていた。爛楽はちらりと時計を確認した。そろそろ家を出なければいけない時間だ。今日は高校の入学式。皆からの注目を集めたいのは山々だが、初日から遅刻し阿呆の烙印を押されてはかなわない。

 爛楽は鏡を覗き込み、身嗜みの最終確認をした。羽織ったブレザーは真新しく、小さな埃すら付いていない。髪留めが朝陽を反射しきらきらと輝いている。そして、笑顔も完璧に可憐だ。


 鞄を持ち、部屋を出る。廊下には母が居た。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 母の言葉に応え、玄関を開ける。父は朝起きた時には既に家を出ているようだった。


 自宅であるマンションを後にし、住宅街の中を数分歩くとすぐにバス停が見えて来た。そわそわと足踏みをしながらバスを待った。バスは定刻通りにやって来て爛楽を安堵させた。

 空いていた座席に座りバスに揺られる事十数分。車窓越しに白い角ばった建物――学校の校舎が見えて来た。


 私立美依関みよりせき高等学校。

 そこが爛楽の新しい学校だ。


 染髪が禁止されていない高校が近くにあった事を爛楽は幸運に思った。下らない校則に縛られないでこそ、自分は輝く事が出来る。存分に可愛さを発揮する事が出来る。


(古今東西、可愛い子は得をするもの)


 何もせずとも勝手に人が寄って来て、沢山の美味しい思いをするのだ。爛楽はこれから自分に訪れるであろう、彩りに満ちた学校生活を思い描いた。


「爛楽の幸せは約束されてるのよ。だって、爛楽はこんなにも可愛い!」


 車窓に反射した自身の顔を見て爛楽は言った。


    □■


 一ヶ月後。


 爛楽は弁当箱の蓋を開けた。真ん中に仕切りがあり、その左側には白米があり、小さな梅干しが乗せられていた。右側にはおかずの品々。ブロッコリーや鮭やタコさんウィンナーなどが満員電車のようにぎゅうぎゅうに敷き詰められている。

 今朝母が手間を惜しまず作った弁当だ。栄養バランスも考えられており、母の愛情を感じる事が出来た。これを食べれば、午後の授業も頑張ろうという気にさせられる事だだろう。


 ここが女子トイレの個室の中でなければ。


「……おや?」


 首を傾げる爛楽。手から箸が落ちそうになった。慌ててそれを阻止した。トイレの床に落ちた箸で飯を食べるなんて絶対に嫌だ。


(何故こうなった? おかしいでしょ今の状況は……!)


 便座の上に座り、昼食を食べる今の状況を考察する爛楽。これは今に始まった事ではない。少なくとも一週間前から、ここが昼食の場所となっていた。


 何故トイレで昼飯を食べているのか。それは友達が居ないからだ。この事は自明だ。

 では、何故友達が出来なかったのか。分からない。宇宙の始まりよりも謎だった。

 自分に落ち度は無かった筈だ。自分が可愛くない日なんて一日たりとも無かった。朝家を出る時だけでなく、四六時中鏡でその事は確認していた。可愛さを保つ為の努力も惜しまなかった。夜更かしは美容にとっての大敵なので毎日八時間以上の睡眠は欠かさない。更には体型を維持する為に食事制限と適度な運動も。


 だというのに、友達は出来なかった。新生活が始まり一ヶ月が経過し、他の同学年の子たちは友達同士でどこかに遊びに行っている。グループも固定化されてきている。そんな中自分は未だに孤独だった。


 不意に甲高い女子の話し声が聞こえた。友達同士でトイレのようだ。


(トイレくらい静かに使えよ)


 爛楽は息を殺しながら素早く弁当を口の中に詰めてゆく。ご飯粒一つ残さず完食した爛楽は人が居ない時を見計らって個室を出た。それから自分の教室へと向かって廊下を歩いた。


「彼氏ったら他の女と普通に遊びに行ってんの」

「えーひどくね。付き合ってまだ一週間だっけ。ボロが出るのはやっ」

「ほんとそれなー。あんたも気を付けなよー」


 女子たちが大声で話をしていた。爛楽は足早に擦れ違った後に舌打ちをした。


「クソ陽キャどもが……」


 爛楽は振り返り、彼女たちの背中に憎しみの籠った視線を向けた。


 その時、クソ陽キャどものグループには属していないと思われる一人の少女の手元から何かが落ちた。

 だが、その少女はその事に気付いていないようだった。そのままゆっくりと廊下の向こうへと歩いて行く。


 別に放っておいても構わないかと思ったが、爛楽は踵を返し、彼女が落とした物を拾い上げた。それは通学定期券だった。こんな大切なものを落とすなんて、相当抜けているようだ。


「すいません、ちょっと、あなた」


 少女の背中に呼び掛けると、彼女は不思議そうに振り向いた。


「えっ、わたし?」


 きょろきょろと辺りを見回しながら自分を指差す少女。背はどちらかと言えば低く、顔つきは子供っぽい。子犬を思わせるような雰囲気をしていた。丸い大きな目は最終的にこちらを見て止まった。


「これ、あなたのでしょ? 今落としたわ」


 定期券を差し出すと、彼女は慌てたような、嬉しいような表情を浮かべた。


「あ、ありがとう! 本当ありがとう! あなたが拾ってくれなかったらわたし今日家に帰れなかったかもしれないです! 感謝しかないです!」


 何度も頭を下げて感謝を告げる少女。ヘビメタのライブの観客みたいだった。

 大袈裟だな、と爛楽は思った。名前も書いてあるし、自分が拾わなくてもそのうち手元に戻って来ただろう。


「いいのよ別に。それじゃあ」

「はい! またどこかで! 本当にありがとうね!」


【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093085725682402


 大きな声で言い、大きく手を振る少女。そんなに嬉しかったのか、ずっと満面の笑みだった。


「変な奴」


 爛楽は少女の姿が消えた所に向けてそう呟いた。

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