2枚目

 中学生の頃から友達が居なかったわけではない。


 だが、その友達たちとは別々の高校に進学する事になって、離れ離れになってしまった。今の時代、物理的な距離があってもインターネットを介して繋がりを保つ事が出来る。


『今日は友達と一緒に映画見てきた! ちょー感動した!』


 自室のベッドの上に座りながら、SNSで中学の友達の投稿を見て、爛楽は顔をしかめた。中学の友達たちは新たな場所で新たな友達を作っているようだ。嫉妬なのか、対抗心なのか、強い感情が爛楽の胸の中に生まれ、気付けばスマホの画面を叩いていた。


「『高校で新しく出来た友達とカラオケ行ったんだけど、皆でアニソン歌いまくってマジ最高だった!』……っと(大嘘)」


 投稿ボタンを押した後、身体を虫が這い回るような嫌悪感に駆られ、スマホをベッドの上に叩き付けた。それから自分も横になる。黒とピンクの髪が布団の上に広がった。


 すぐに投稿に対するリアクションがあった。フォロワーが『いいね』をしたという通知がスマホを鳴らす。爛楽のアカウントのフォロワーは一〇〇〇人を超えていた為、投稿からすぐにリアクションが通知される事も多かった。


 ここ最近、高校の制服を着用した自撮りなどを投稿していたら一気にフォロワーが増えた。SNSにおいてはまずまずの地位を獲得したと言っても良いだろう。それが出来た理由は、ひとえに自分が可愛いからだ。


 なのに、現実では友達が出来ない。


 布団を引っ張ってその中に顔を埋める。こんなに惨めな気持ちになったのは生まれて初めてだ。何故こんなに可愛い自分がこんな思いをしなければならないのか。


「爛楽は別に陽キャになりたいわけじゃないんだよーっ!」


 友達一〇〇人作ろうなどとは思っていなかった。気の合う友人何人かとお喋りをしたり、どこかに遊びに行ったり。あと色々とちやほやされたり。そんな日々が送れればそれで良かった。

 決してそれは高望みではなかった筈。それなのに、思い描いた日々は気付けば空の遥か上に浮かぶ風船になってしまっていた。いくら手を伸ばしても届かないし、何なら今にでも割れてしまいそうだ。


「くそが!」


 そろそろ寝なければいけない時間であったが、苛々して寝付けないのは目に見えていた。しかも今日は五月初頭とは思えない程暑い。


「侵すか……! 禁忌……!」


 爛楽はベッドから勢い良く立ち上がった。向かう先は台所だ。


「冷凍庫の中にアイスがあった筈。うん、分かってるわ。この時間にアイスを食べるなんて、愚か極まりない……可愛さを保つために積み重ねて来た努力が無駄になってしまう! でも仕方ない……これはメンタルを保つ上で仕方の無い事――」


 台所に足を踏み入れた時、玄関の鍵が開く音が聞こえた。冷凍庫に伸ばした手が止まる。

「ただいま」


 玄関を開けて家の中に入って来たのは父だった。玄関からすぐの位置に台所があった為、父と目が合った。


「……おかえり」


 爛楽が言うと、父は笑った。やつれた顔は笑顔になっても変わらなかった。


「お父さん、医者とは思えない程不健康そうな顔してる」

「そっか。それは参ったな。患者を不安がらせていないといいんだが」


 父の返答を聞いて溜め息が出そうになった。


「病院って診察時間が決まってるでしょ。それなのに、こんな遅くまで何してんの?」

「別に診察が終わったからといって、やる事が無くなるわけでもないからなあ」

「そう……有給とかも取れないの?」

「まあ、難しくはあるな。でも心配しなくて大丈夫だ。これは俺が好きでやってる事なんだからな。だがまあ、家族の時間が取れない事は申し訳ない。それより、爛楽は学校どうだ? 友達、出来たか?」

「いいから早く風呂入って来なよ。明日だって休みじゃないんでしょ?」

「ああ、そうだな。早く風呂入って寝ないと」


 父は言いながら風呂場へと向かった。


「バカ親父」


 父には聞こえないよう、爛楽は小さく呟いた。


   □■


 夕陽に照らされた校庭には生徒たちの声が響き渡っていた。グラウンドを走り回る運動部を横目に、爛楽は一人で歩いていた。このまま直帰するつもりだった。

 部活に所属していればまた違っていただろうか、と思う。面倒な事は嫌いで帰宅するのは好きなので帰宅部だった。


「待ってー!」


 不意に声が聞こえた。少女の声だった。特に気に留める事は無く、そのまま校門を出ようとしても、続けてその声は聞こえた。


「待って待ってー! 待ってよー!」


 まさか呼ばれてるのは自分なのか。友達の居ない自分を呼ぶ人など居ないだろうと思いつつ振り向くと、息を切らしながらこちらに駆け寄って来る少女が居た。


「あっ、良かった、気付いてくれた! お願いがあってね、えっと、えっと……」


 少女は自分から話しかけて来たにも関わらず、口をもごもごさせていた。


「牛島さん!」

「しじま、なんだけど……」


 爛楽が訂正すると少女は「名前間違えてごめんなさい!」と深々と謝罪した。

 彼女には見覚えがあった。いつ会ったのだろうと記憶を掘り返してると、すぐに答えに辿り着いた。


 この前定期券を拾ってあげた少女だ。


春瀬はるせゆうさん、だっけ」

「えっ、わたしの名前何で」

「定期券に名前書いてあったから、それで」


 少女――結は名前を覚えられていた事が奇蹟であるかのような笑顔を浮かべた。


「あ、ありがとねえ。あの時定期券拾ってくれた事もほんとにありがと! それでなんだけど……四島さん、この後って時間ある?」


 こちらを覗き込み、問い掛ける結。


(ん? これって――友達ゲットのチャンス?)


 思わず口元が緩んだ。やはり自分は間違っていなかった。可愛いからこうして近付こうとする子がいるのだ。


「うん。丁度今日は暇よ」

「良かった! じゃあ、一緒に来てくれる?」

「うん。いいわよ」

「やった! それじゃあ行こう!」


 結は爛楽の手を掴み、走り出した。彼女に歩調を合わせる爛楽。まるで犬に振り回されているようだった。


「ところでどこ行くの? カフェ? それともカラオケとか?」


「病院!」


「病院……?」


 元気良く告げた結だったが、彼女のチョイスに爛楽は困惑するしかなかった。


「あ、大丈夫だよ。初めは話を聞くだけでも全然いいから! 別に無理強いとかするわけじゃないからさ!」


(ん……? これ、付いて行ったら駄目なやつ?)


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