25枚目

「出撃だそうだよ、舞葉まいは


 机の向かい側、スマホを置いたれいからそう伝えられた時、舞葉は机の脚を蹴り飛ばしそうになった。何故なら、今は放課後の優雅なティータイムの最中だったからだ。


 舞葉は風情のあるものが好きだった。落ち着いた雰囲気の喫茶店。店内には和のテイストが散りばめられており、風情がある。机の上に置かれているのはほうじ茶とかき氷。夏に食べるかき氷は格別だ。しかも抹茶のシロップが掛かっている。何と風情のある事か。


 一方で、このティータイムを邪魔する〈キャンサー〉。風情が無い。


「早く会計を済ませて行こう」


 淡々とした調子で怜は言った。まだかき氷は三口しか食べていない。


「いけずやなあ。〈キャンサー〉は」


 渋々立ち上がり、怜の後を追い掛ける。会計を担当する店員の女性は殆ど手を付けずに店を出ようとする客にも完璧な笑顔で応対していた。

 店を後にする際、店先に吊るされている風鈴の音が聞こえ、名残惜しさを増大させた。


「この鬱憤……晴らさないわけにはいかんどす」


 誰にも聞こえないように小さく呟き、舞葉は嗜虐的な笑みを浮かべた。


【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093088150939806


   □■


 敵との邂逅は、出現位置が遠かった為時間を要した。


 着物のような衣装に身を包んだ舞葉は跳躍しながら前へと進んで行く。一方の怜は中世の貴族を思わせるような衣装を纏っていた。


 索敵する間、苛立ちを抑え切れない舞葉は風情の無いものについて考えていた。


 まず〈キャンサー〉。これは言うまでもない。彼らはそもそも風情を理解するだけの知性を持たず、放っておけばこの世にある様々な風情あるものを破壊し尽くしてしまうだろう。だからこそ、それを自分たちが食い止めなくてはいけない。


 それともう一つ。四島爛楽とかいう新しい〈メルメディック〉の女だ。彼女の何が駄目かというと、まず下品な髪。感性が壊滅的だ。加えて私服のセンス。更には普段の立ち振る舞い。その全てが大和撫子という概念を冒涜していた。


 この世の風情を守る為にはまず〈キャンサー〉を倒し尽くした後、あの女を消し去らなくてはならない。溜息を零さずにはいられなかった。

 苛々している時にあの女の事を考えるべきではなかった。尚更苛々してしまう。爛楽が煎餅に変えられて鹿に食べられる想像をしてから、思考をシャットアウトした。


「なあ怜はん」

「何だい?」


 後ろを進む怜から返事があった。


「さいぜん、かき氷いっこも食べれへんかったやろ。その埋め合わせ、してくれへん?」

「構わないよ。今度は何を食べに行こうか? またかき氷かい?」

「当然どす」


 目を凝らす。無人の街。建物の少ない丘陵地帯だ。その中に、異質な黒色がある。

 細長い身体が、まるで曲がりくねった道のように小さな丘に張り付いている。そしてその身体からは数える事が難しい程の脚が生えていた。


百足むかで、ね」


 怜がぽつりと呟いた。


「せやなぁ。そこの〈キャンサー〉はん。ぶぶ漬けでもいかがどす?」


 そう呼び掛けるものの、返答も無ければ動きも無かった。


「悪い悪ぅい世界の敵には、お灸を据えてやらんとなあ」


 舞葉は、まだこちらに反応を示さない『百足』を見遣り、笑みを浮かべた。


「――【焔孔雀ほむらくじゃく】」


 舞葉の背から紅蓮が吹き出した。

 その炎は翼を為す。赤一色の翼ではない。各部の温度の分布は均一ではなく、それによって光の屈折率が異なっている為、赤色に被さって虹色が見える。


「風情を知れへんバケモンどもは、殲滅どす」


 舞葉はその輝く翼で以て飛翔した。そして、『百足』へと急速に接近する。

 流石にこちらに気付いたようで、『百足』は激しく身を捩って動く。


「とろいんよ!」


 舞葉の拳は赤く光っていた。それを、『百足』の黒い外殻へと押し当てる。その部分には赤い紋様が刻まれた。

 それを確認した舞葉はすぐに『百足』から距離を取る。自らの能力の性質上、ヒットアンドアウェイが有効な戦術である事を理解していた。

 安全地帯へと逃れた後に、舞葉は小さく呟く。


「イグニッションどすえ」


 火柱。


 先程舞葉が付けた赤い紋様を起点として、炎が上空へと伸びる。その熱さに、『百足』は陸に挙げられた魚のようにのた打ち回った。


 炎は勢いを失わない。絶えず一定の熱を『百足』へと与え続ける。


「どや? えらい効くやろ? そのまま昇天しなはれ」


 嗜虐の快感に舞葉は嗤った。〈キャンサー〉は風情が無いが、それが灼熱によって苦しんでいる様は実に趣がある。

『百足』の動きに変化があった。先程まで暴れるように動いていたのだが、妙に大人しい。もしかすると、もう限界なのだろうか。

 本当に呆気無かった。そう思い、踵を返そうとした。


『百足』の胴体が分裂した。


「え?」


 舞葉は目を見張った。『百足』の身体は多数の胴節によって構成されている。それが、節の部分で切り離されたのだ。頭部を含む、前方複数の胴節。後方複数の胴節。そして、中間単体の胴節――尚も激しい火柱を上げている部位。その三つに分裂した。


「こいつ、【焔孔雀ほむらくじゃく】に侵された部位を切り捨てはった――!?」


 前方の胴節群と後方の胴節群は、その中間を無視し、再び結合した。先程よりほんの僅か短くなった、無傷の『百足』が地を這う。火柱を上げる胴節は草原の上で灰となった。


 電車と同じだ。中間の車両を抜き取ったとしても、電車は問題無く走行する事が出来る。舞葉の中に最早慢心は無かった。厄介な敵に対し、最大限の警戒を払う。


「ぼくが拘束する――【ルーラーアキュパンクチャ】」


 怜が両手に生み出したのは大きな鍼だ。それを『百足』へと向けて飛ばす。不規則に素早く動き回っている『百足』の脚の幾つかに命中する。そして、その動きを封じ込めた。身体全体が瞬間的に石になってしまったようだった。


 安堵の小さな息を零したのは間違いだった。


『百足』は一瞬では数え切れない程の数に分裂した。鍼が刺さっている脚の胴節は固まり付いたままだったが、鍼の影響を受けていない胴節はそれぞれが個体であるかのように、激しく動き回った。


 その光景には強い嫌悪感を抱かずにはいられなかった。今まで幾度と無く異形の敵と戦って来た舞葉であったが、今回の敵は格別に強い忌避感を誘発する。


「何や何やあ恐ろしいわぁ!」


 そのうちの幾つかが、舞葉の方へと迫る。翼で遥か上空へと飛び去ってしまいたい気持ちは強かったが、矜持が舞葉を踏み止まらせる。


「【焔孔雀ほむらくじゃく】っ!」


 炎の翼によって機動力を上げ、『百足』の短い胴節に掌底を押し当てる。どこに目が付いているわけでもないのに細い脚が舞葉を捉えようとする。薄い虹を描きながら、その場を離れた。


 一拍置いて立ち上る火柱。灼熱に晒された胴節は苦しみ藻掻くように地面を転がり、炎を撒き散らした。


「分裂するっちゅーならっ、ほんならっ、全部燃やせばええんやろ!」


 舞葉が吼えた。彼女の中では矜持が燃え上がっていた。


「舞葉! 突っ込むな! 今理桜さんに連絡する。二人に応援に来て貰う。それまでは慎重に立ち回ろう」


 怜の声に振り向くも、舞葉は納得出来なかった。


「あのメンヘラの世話になるっちゅーんか!? ごめんどす!」


「そんな事を言っている場合じゃないだろう。大人になるんだ! こいつは厄介だ。その事が分からないほどきみは未熟じゃない筈だ」


 渋々舞葉は頷いた。怜は敵の群れから大きく距離を取りながら、スマホで理桜に連絡をする。


 歯噛みする舞葉。分裂したままこちらへと迫り来る敵を睥睨する。


「そやけども、案外二人が来る頃には片付いてるかもしれへんで!」


 舞葉は拳に炎を灯し、敵を迎え撃った。

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