26枚目
爛楽と結は〈変身〉した状態で跳躍を繰り返し、〈キャンサー〉の出現位置、漆浜市の北部へと向かっていた。
現在は二人を包み隠すようにして極小の〈
「こんな事が出来るなら前からやりなさいよ」
爛楽はスマホのスピーカーに不満を呟いた。理桜の声が返って来る。
『パソコンで喩えるなら、画面内で移動する小さなアイコンにずっとマウスカーソルを合わせていないといけないような状態です。上手くやらないと二人が〈類元空間〉の範囲から出てしまい、人目に触れてしまいます』
「そうですか!」
爛楽と結は手を繋いだまま移動していた。なるべく〈類元空間〉の範囲からはみ出さないようにする為だ。
やがて無人の空間へと足を踏み入れる。これ以降は極小の〈類元空間〉の展開は必要無い。
「〈キャンサー〉は? それと、あの二人は」
爛楽は前へと進みながら、視線を彷徨わせた。
やがて、〈キャンサー〉と思しき複数の黒い巨大な怪物と、傍に居る二人の〈メルメディック〉を発見した。
「とろいわ!」
いきなり罵声が飛んで来た。今の爛楽は非常に理性的だったので、舞葉のその発言を無視した。
「怜さん、今の状況は」
「〈ライフシリンジ〉を一本使った」
衝撃的な言葉だった。爛楽は言葉を失った。
「敵に刺せれば良かったんだけど、生憎どれに刺せば倒せるのか分からなくてね。気を付けてよ。分裂するだけなら、その片割れを倒していけば着実に弱体化していくんだけど、あいつらは再生するんだ」
爛楽と結は愕然とした。理桜から連絡を受けた際には再生については言及していなかった。
「勿論、無条件に再生出来るなら自分から沢山分裂して、胴節それぞれが再生、という事を繰り返していけば、それだけでぼくたちの勝ち目は無くなる。そうしないという事は、再生をする為にはインターバルが必要か、或いは何らかのデメリットがある、と考えるのが自然だ」
怜の説明に頷く爛楽。結も神妙な顔で頷く。
地面を這い回る幾つもの胴節は初め二人の新手に警戒を示し、こちらに近寄って来なかった。だが、そのうちの一つが果敢にも獲物へと向かって行くと、他の胴節もそれに続いた。
幾つもに分かれ、更にそこから再生した『百足』の群れが、こちらへと迫る。
「結、一番嫌いな虫って何?」
「一番嫌いな虫?」
唐突に爛楽から質問を受けた結は質問の意図が理解出来なかったのか、困惑していた。
「爛楽の一番嫌いな虫は蜘蛛。勿論見た目は気持ち悪い。まあそれだけなら我慢出来るけど、糸を吐くのが最悪。蜘蛛の巣が張ってある所を気付かず通っちゃって、それが顔に引っ付いた時には、もうゴミクソって感じよ」
尚も結は爛楽の言葉を理解しかねているようだった。
四つ胴節が連結したもの。計八本の脚を有するそれが爛楽へと迫る。爛楽は引き抜いた銃を構えた。
「こんな状況、一番嫌いな虫じゃなくて良かったって思わないと、正気を保ってらんないって事よ!」
破裂音が続けて響いた。撃ち出された銃弾が『百足』の体躯を穿つ。
「初めてええ事言うたやんか! メンヘラ! そのその考え方は気に入ったどす!」
上方から声が聞こえ、そちらを見れば、炎の翼を生やした舞葉がこちらを見下ろしていた。
「あんたはんの事、ちびっとだけ見直したってもええで!」
「うるせえブス! 降りて来い!」
もう少し余裕があれば舞葉に向けて銃撃していたのだが、先程爛楽の攻撃を受けた胴節が再びこちらに向かって来る。そちらの迎撃を優先した。
「あいつの胴の装甲はかなり硬いよ。きみの場合は脚を狙った方が良いかもしれない」
怜の助言があった。爛楽はその通りに『百足』の細い脚を狙った。すると、命中した脚が途中からもぎ取られる。その際に『百足』は身体の平衡を失い、動きが硬直した。その際に別の脚を撃ち抜く。そうすると『百足』の動きは更に固まり付く。
そうして全ての脚を失った『百足』は動けなくなった。爛楽はその周囲に別の『百足』の胴節が無い事を確認すると、素早く近寄り、その装甲を爪で引っ掻いた。
〈キャンサー〉の体組織を手に入れた。それを身体に取り込み分析する。何か特殊な要素は無く、容易に『百足』に対しての特効薬を生成する事が出来た。
「マガジン:リリース! ロード:【アンチバイオティック】!」
通常の弾丸が収まった弾倉を捨てる。代わりに特効薬の詰まった弾倉を装填した。
「倒れろっ!」
光が迸る。放たれた銃弾は『百足』の体躯に穴を開けた。爛楽は尚も攻撃の手を緩めず、『百足』の身体を穿ってゆく。
やがて、目の前の『百足』は消滅した。
「これで、一つ倒したって事で良いのよね」
爛楽の視線は次の標的を探した。分裂と再生を繰り返し、増えた『百足』。他の三人も果敢に『百足』へと挑んでいた。
「やああああああっ!」
結が大きな鋏で『百足』の胴節を挟んだ。そのまま逃げる暇も、分裂する暇も与えず、堅固な装甲を引き裂く。
この前のように自分の安全を省みない戦術を取っているわけではなさそうなので、爛楽は安堵を覚えた。
「【
炎を散らしながら、動き回る『百足』に急接近する舞葉。そこから『百足』の装甲に掌底を喰らわせる。紋様が刻まれた。紋様は残像を作りながら移動するように、黒い装甲の上を滑りながら増殖する。
「燃え尽きぃや!」
炎が上がった。一つの紋様だけが火柱を生んだのではない。『百足』の表面で増殖した紋様、その全てが時間差で火柱を上げてゆく。
分裂はさせない。繋がっている全ての胴節が灰燼と帰す。その様子を見て舞葉は高笑いを上げた。
「きみの自由を貰うよ」
怜が鍼を放つ。細く頼りない見た目の鍼だったが、それを打たれた『百足』はまるで催眠術にでも掛かったかのように、ぴたりと動きを止めた。それだけではない。鍼に刺された『百足』は壊れかけのロボットのような奇妙な動作をし、自傷行動に走った。
分裂した『百足』は着実にその数を減らしていた。
「押している……!」
爛楽は小さく笑みを浮かべる。先程は苦戦を強いられていたようだが、今は戦局はこちらの優位にある。理由は単純だ。大雑把な計算で先程と比べて戦力は二倍となっている。
更に分裂した『百足』を屠る爛楽。先程後方に構えていた『百足』が胴節を増殖させるのを見たが、そのペースよりも消滅するペースの方が遥かに速い。
勝てる。爛楽は確信した。恐らく、他の三人も勝利を疑わなかっただろう。
勿論、勝利が完全に手の内に収まるまでは油断は禁物だ。その事は重々承知していた。
不意に。
「何やぁ? 『百足』どもが逃げて行きよるわ」
舞葉が呟いた通りだった。今まで果敢にこちらに向かって来た『百足』たちが一斉に退却してゆく。
「勝ち目が無いって思ったのかな」
自らの所見を口にする結。爛楽もそう考えるのが妥当だと思った。
「いや待て、逃げるというより、一ヶ所に集まって行っているような……」
怜が怪訝な様子で呟く。舞葉もそれに同調した。
「妙やなぁ。逃げるっちゅーんなら、固まるより散開する方が効果的どす」
「逃げてるんじゃない……それなら一体――まさか! まずい! 皆、あいつを早く倒すんだ! 早くだ!」
顔色を変えて叫ぶ怜。彼の声音、振る舞い。その全てが危機を切実に訴えていた。
怜の言った事は理解出来ていなかった。だが、焦燥に駆られ、爛楽は『百足』に向かい弾丸を放った。その幾つかは『百足』に命中し足を止めるが、他にもまだ多くの『百足』が居る。
『百足』は一ヶ所に集まり、折り重なる。切断面を接続する事による連結ではない。ただ山を為すように集まって行く。幾つもの『百足』の身体が固まり、そしてその境界を失くしてゆく。硬い装甲が融けて混ざり合い、一つになる。
ただ融合するだけではない。そこから変貌を遂げようとしている。
俊敏な舞葉。そして結が突撃する。
だが、二人の攻撃が敵に届くより先に、大きな衝撃があった。
爆発――ビッグバンを連想させるほどの。つまりそれは、何かが誕生する際の膨大なエネルギーだ。
「かっ――」
その奔流は離れた位置に居た爛楽にも襲い掛かって来た。そして、爛楽の視界を奪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます