4枚目
夜の闇を引き破る紅蓮の炎。
それは、今でも爛楽の網膜に焼き付いて消えない光景だ。
まるで地獄の中に放り込まれたようだった。あまりにも非情で、報われない。
だが、その炎は爛楽に大切な事を教えてくれた。
この世の条理を。
□■
「えっ、ええっ!? 何でぇ!?」
目を丸くして爛楽に詰め寄る結。先程結に〈変身〉を見せられた時の爛楽より驚いている。
(さっき病院だから静かにするようにって言ってただろ)
内心で毒づきながら、爛楽は毅然とした態度で身体にしがみ付いて来る結を引き剥がした。
「人助けなんて事をする奴はカスかバカのどちらかよ」
「えっ?」
「この世は人を助けるという体を取りながら、その見返りを求めてる偽善者のカスばっかよ。例えば謝礼を欲したり、或いは人助けをしたという事によって自分の名声を上げようとしたり。
けれどまあ、カスならばまだ救いようがあるわ。本当にどうしようもないのは、一切の得も無いのに、誰かの為に自分を犠牲にする奴。
あなたは――見た所、後者みたい。残念だけれど」
鳩が豆鉄砲を食ったよう、というのはこういう顔か。結は自分がバカと言われている事にも気付かず、バカみたいな表情で固まっていた。
「ご協力は頂けないという事でしょうか」
残念そうな表情を浮かべる理桜。どうにもそれが演技めいていて、好かなかった。
「お生憎だけれど、爛楽はカスでもバカでもないから」
「そうですか。強要出来る事ではありません。ですが、もう少し話を聞いて頂けたらと思うのですが」
「お断りよ。他をあたって。爛楽はね、自分の為に生きる人生を送るって決めたの。自分の時間や安全を誰かに捧げるなんてまっぴら」
「分かりました。ここまで来て頂いた事、感謝します――」
踵を返そうとしたその時だった。
理桜の表情が不自然に硬直した。
「……出ました」
何か言っているが、もう自分には関係無い。早くここを去ってしまおうと思った爛楽だったが、空気が張り詰めたのを感じ取ってしまい、足を止めた。
「出た? 敵が出たの!?」
結が相変わらず驚いた表情で、問いを発した。
「はい。ですが幸運な事に場所は近いです。春瀬さん、すぐ向かってくれますか」
「勿論!」
「良かったです。それでは、〈
青い光が見えた。発光機器を使ったわけではない。理桜自身が光を生み出したのだ。〈メルメディック〉と同質の超常の力。だが、結のそれとは少し異なるものだと直感した。
「――
光の粒が回ったり、集まったり広がったりと忙しなく動いた。それが何の為の行為なのか爛楽には理解出来なかった。
「置換は問題無く出来ました。春瀬さん、よろしくお願いします」
そう言ってベッドの脇にある窓を開ける理桜。
「分かった! 行って来るね!」
結は窓枠に手を置き、身体を乗り出しそのまま外に飛び出そうとした。
「ちょっと待って!」
その声で結の動きが止まった。叫んだのは爛楽だった。
「あんた、一人で行くつもりなの!? 樫羽さんは一緒に行かないの?」
「あー、理桜さんは〈メルメディック〉とは少し違うんだ。それで、戦闘能力は持ってないの。だから、わたし一人で行く事になるね」
大した事でも無さそうに結は言った。しかし、爛楽は納得出来なかった。
「全然、良く分かんないんだけど、春瀬さんは敵と戦うんでしょ。その敵ってのは大した事無い奴なの? 台所に出た虫殺すみたいなノリでいけるもんなの? ――命の危険とか、無いわけ?」
「いえ、〈メルメディック〉の戦いには大きな危険が付き纏います。敵の強さは毎回一定ではなく、中には簡単に撃破出来るものも居るのですが、逆に言えば途轍もない強さの敵と相対する事もあります」
答えたのは理桜だった。爛楽は胸の中が落ち着かなかった。このまま黙ってここを去ってしまえば良いとも思ったが、そうは出来なかった。
「じゃあさ、今戦いに出てったらそのまま敵に殺されちゃう、って事も有り得るのよね。そんなに低くない確率で」
「四島さん……」
結がどんな表情をしているのか気になって視線をそちらに向ければ、彼女は少し困ったような表情を浮かべていた。それが癇に障った。もっと相応しい表情があるだろうと思った。
「それだってのに、何でそんな事すんのよ。あんたが選ばれたからって、何でそんな風に受け入れちゃうわけ。死ぬのは嫌でしょ?」
どうして感情が昂っているのか、自分でも良く分からなかった。早口で話す口を閉じている事が出来なかった。
「それは、勿論嫌だけど……でも、わたしは大丈夫! わたしは敗けないよ!」
気丈な笑みを浮かべて結は言った。
「無事で帰って来れる保証なんて無いじゃん。これでもしあんたが帰って来なかったら、滅茶苦茶気分悪いんだけど」
それを言われて結は何も返す言葉が浮かばなかったのか、また困った表情になり黙ってしまった。
「ねえ、爛楽は選ばれたって言ったわよね。それじゃあ、爛楽も〈変身〉出来るって事? それってどうやるの?」
爛楽は理桜に向かって問うた。
「四島さんには〈メルメディック〉の素養がありますが、それを〈覚醒〉させる必要があります。私が四島さんの潜在的能力に干渉し、それを励起させます」
「それはすぐ出来るものなの?」
「一分もあれば可能です」
そう告げられ、爛楽は口を噤んだ。
逡巡はあった。
だが、収まらない感情が爛楽を前へと押し出した。
「いいわ。〈メルメディック〉とやらになってやるわよ」
そう宣言すると、二人は驚いた表情で固まった。
「本当にいいの、四島さん」
申し訳なさそうな表情でこちらを覗き込んで来る結。
「言っておくけれど、爛楽は戦うわけじゃないから」
「えっ?」
「爛楽は何かあった時の為に傍で見てるだけ。それでもし春瀬さんが危なそうだって思ったら無理にでも連れて帰って来る
――勘違いしないでよね! 別に春瀬さんの事が心配とかそういうわけじゃないんだから!」
「えっ」
顔が熱くなる爛楽とは対照的に、結は呆気に取られているようだった。
「そうであっても、非常に心強い事です。どうか、春瀬さんをお願いします」
理桜がベッドの上で頭を下げた。
「早く敵を倒さなきゃいけないんでしょ? 〈覚醒〉っていうのをする為に、爛楽はどうしたらいい?」
「こちらに手を出して下さい」
言われた通りに爛楽は理桜の方に手を出した。すると、理桜の手がそれに重なる。彼女の手はまるで骨のように白く、氷のように冷たかった。
「――祝福の器/叡智の杖/螺旋を為す蛇/
爛楽は自らの内に鼓動を感じた。心臓が鳴らすものではない。未知の、巨大な力が爛楽の中で息衝いている。だがこれは外から入って来たものではない。今までもずっとそこにあった筈だ。何故今まで気付かなかったのだろうと不思議だった。
「〈覚醒〉、したんだ。〈メルメディック〉の力を使えるようになった」
小さく呟く爛楽。自らの中に力はある。だが、このままではこの力を扱う事が出来ない。自分の身体にそれが出来る能力が備わっていないからだ。大量の電気を蓄えた電池があってもそれを取り出し、仕事に変換する事の出来る機構が無ければ、電気を扱う事が出来ない。それと同じ事。
「今なら出来るのね。爛楽も、春瀬さんと同じように〈変身〉が――」
二人の瞳は爛楽の呟きを肯定していた。
力を手繰り寄せる。水のように透明で、実体は掴み辛い。
「――〈変身〉」
そう口にし、練り上げた力が包帯として具現化する。爛楽の身体はそれに包まれ、作り変えられてゆく。
爛楽を包む繭が破れる。爛楽は、翅を伸ばした。
不思議と落ち着いた気持ちだった。ふと腕を見れば、そこにあったのはブレザーの袖ではなく、華美な衣装。
視線を上げ、病室の壁に姿見が取り付けられている事に気付いた。その鏡に自らの姿を映す。
「えっろ!」
【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093085725723128)
爛楽は叫んだ。
「えっ――なんかこの服、スケベじゃない!? 少なくとも露出は春瀬さんより絶対に多いんだけど! ヘソ出てるし! どういう事!?」
モノトーンの色彩の衣装。水着や下着ほど布面積が少ないというわけではないが、変な所で肌が露出している。爛楽は理桜に対し抗議を示した。
「〈メルメディック〉の衣装には本人の深層心理が反映されます……やたらと露出が多いのは多少過激な格好をしてでも皆からの注目を集めたいという、四島さんの承認欲求の現れではないかと考えられます」
「お前、敵か……!?」
爛楽は銃を理桜の方へと向けた、腿にはベルトが巻かれており、そこに取り付けられたホルスターに収まっていた。
「落ち着いて四島さん! 理桜さんは敵じゃないよ! 早く敵の所に行こう、ね?」
身体に纏わり付いて邪魔をする結。爛楽は仕方無く銃を下ろした。
「敵は南に約三キロ半、東に約一キロの位置に居ます。よろしくお願いします」
理桜が言い、爛楽は考える。それだけの距離を移動するのに走ってどれ位掛かるか。タクシーを使った方が良いのではないか――。
「大丈夫だよ。今のわたしたちならすぐ行ける! さ、行こ!」
爛楽の考えを見通したように結は言った。そして、爛楽の腕を引っ張る。
「わっ」
想像の何倍よりも結の力は強く、爛楽の身体は浮かび上がった。開け放たれた窓から、爛楽と結の身体は宙に飛び出る。太陽は地平の彼方に隠れており、薄闇が辺りを包んでいた。
「行こう――オペレーション・スタートだよ!」
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