9枚目
ここ最近は暑い日が続いていたが、本日は太陽が主張を控えていた。過ごしやすい気候が屋上に出た二人を迎える。
爛楽と結は屋上を囲う網に背を預けるようにして腰を下ろした。そして、持参した昼食を取り出す。爛楽が弁当箱の蓋を開けると、今日も彩り豊かな弁当があった。
「四島さんはお弁当なんだ。いつもそうなの?」
こちらの手元を見遣り、結が言った。
「うん。お母さんが作ってくれるの。春瀬さんは」
爛楽が結の手元を見ると、そこには袋に入ったパンがあった。
「わたしはいつもコンビニとか購買で買ったパンだよ。お弁当凄く美味しそうだね。いいなあ」
「ふーん」
「あでもこの苺ジャムのパンは凄く美味しい。大好きで良く買うんだ」
袋を破り、中から大きなパンを取り出す結。確かに魅惑的な甘い香りがした。
「ところで、今日はありがとね。四島さん、沢山お友達居るのに」
申し訳なさそうに言う結。
(ぼっちだが?)
「他にも一緒にお昼食べる友達が沢山居るだろうに、わたしなんかと一緒に食べる事になって」
(便所飯だが?)
「わたし実は、少し前から四島さんの事気になってたんだよね。隣のクラスに凄く可愛い子が居るなって」
「お前……分かっとるやんけ!」
爛楽は天狗になった。久し振りに他人の口から可愛いと言われた為だ。自分の名前が曖昧だった事はこの際どうでも良い。
「でも切っ掛けが無くて中々話しかけられずに居たんだ。だから、定期券拾ってくれた時は凄くびっくりしちゃった。それに、四島さんが選ばれたって理桜さんに言われた時も」
「成程……成程ね」
鼻歌を歌うように相槌を打つ。爛楽は非常に機嫌が良かった。
「わたし、全然友達居ないんだ。だから、こうして誰かとお昼食べるのも久し振りで、凄く嬉しいんだ。しかもその相手が四島さんなんて!」
結はそう言って、屈託の無い笑みを浮かべた。
「えっ、友達、居ないの?」
思わず疑問を口にする爛楽。失礼だとは思ったが、あまりにも意外で確かめざるを得なかった。結のような明るい女の子は見るからに友達が多そうだ。
「うーん、高校始まってすぐの頃は一緒にお昼食べたり、遊びに行ったりする子も居たんだけどね。けれど、いつの間にか離れてっちゃって……」
過去を見る結の瞳は寂寥をたたえていた。
爛楽は初めから友達居なかったわよ、と言って励まそうとしたが直前に冷静になってやめた。
「上手くいかないものね、色々と」
小さく呟く爛楽。それから、弁当箱の中に収まる沢山のおかずが目に留まった。
「はい、食べる?」
爛楽はタコさんウィンナーを箸で取り、結に差し出した。
「えっ、わたしに!?」
「うん。食べたそうにしてたでしょ。まあ、いらないならいいけど」
「食べる!」
元気良く意思表明し、タコさんウィンナーを頬張った結。顔のパーツが溶けて落ちそうな程の幸せな表情を浮かべる。
「美味しい! すっごく美味しい! ありがとう四島さん! あ、そうだ。四島さんもパン食べる? こっちも美味しいよ!」
笑顔で苺ジャムのパンを差し出す結。甘い香りが鼻腔を刺激する。爛楽は顔を前に出し、一口パンを食べた。
「……美味しい」
【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093085817280126)
「だよね! 良かった!」
結は隣でずっと眩しい笑顔を浮かべていて、照明器具のようだった。爛楽はふと浮かんだ疑問を口にする。
「春瀬さんはさあ、何であんな事してんの?」
「あんな事?」
「戦ってんじゃん。あんな化け物と。いつからなの?」
「えっと、中三の時からだから、だいたい半年くらい前かな」
「半年も……辞めたいって思わないの? あんな事」
「え? 思わないけど、何で?」
きょとんとした表情を浮かべる結。溜息が出そうだった。
「シンプルに危ないでしょ。実際に戦ってみて分かったけど、喰らったら余裕で死ぬレベルの攻撃バカスカ撃って来るじゃない。今までは運が良かったから生き残れてたけど、次の戦いでは死ぬかもしれない。そうでしょ?」
「うん……それは、そうだね」
歯切れ悪そうに結は肯定を示した。
「だったら嫌でしょ普通。ていうか、たとえ死なないとしても攻撃喰らったら痛いし、それも嫌じゃない? 昨日のだってかなり痛かったでしょ」
「まあ痛かったよ、かなり」
「それで何か見返りがあるわけでもない。別に、敵倒したらあの女が報酬をくれるわけでもないんでしょ」
「
「それなのに死ぬリスクとか、痛い思いとか、そんなのをする理由無いじゃん。爛楽は絶対に嫌」
爛楽は自らの考えを率直に言葉にした。
「それでも……わたしは素敵な事だって思うから。わたしが戦う事で助かる人が居るのなら、怖いのとか、痛いのとか耐えられるんだ」
落ち着いた様子で、真っ直ぐに告げる結。今の所、結に対して好感を抱いている爛楽であったが、この態度だけは無性に気に入らなかった。
「情けは人の為ならず、なんて言った奴はクソみたいなパチこき野郎よ。
人助けをしてそのお礼に何かをして貰える事は無くは無いにしても、そんな事するより初めっから自分の為に何かをした方がよっぽど効率が良いわ。
何も返って来ないならまだ良い。理不尽な仕打ちが返って来る事だってあるわ。
それなのに、人助けをするなんて馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように爛楽は言った。
網膜に焼き付いているあの時の炎の熱が、胸を苛む。
「馬鹿馬鹿しくはないよ。わたしの行いで、誰かを助ける事が出来る。それだけでわたしは本当に嬉しいから。わたし自身が報われなくても、それは別に構わないよ」
そう言われても、やはり納得出来なかった。このまま話を続けても、議論は平行線を辿るだけだろうと思い、爛楽は口を閉じた。
(何と言われようと、爛楽は戦うなんて嫌……)
爛楽の意志は変わらない。しかし、このままでは〈メルメディック〉として戦わせる為に何度も説得をして来る事だろう。
そこで、ふと思い至った。
「春瀬さん、爛楽の〈メルメディック〉の力、あの女に返す事って出来る?」
「え? 何でそんな事」
結は唐突な質問に困惑しているようだった。
「クーリングオフよ。こういう契約は、一週間以内とかだったら無条件で解除出来るでしょ? この力を返して、爛楽は〈メルメディック〉になんかならないってしっかり意志表明するの」
「うーん、出来ないと思うけど、多分……」
「放課後、あの女のとこに行くわよ! 爛楽は決めたから!」
爛楽は立ち上がり、吼えるように言った。
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