19枚目
その後、ファミレスを出た二人はショッピングモールへと向かった。結は爛楽の買い物に付き合うと言ってくれたのだ。
それからの結の様子には特に不自然な点は無かった。いつものように、些細な事ではしゃぐ少女だった。
無事に買い物が終わり、日が傾き、爛楽は結と共に帰ろうとしたのだが、結は自分の用事を忘れていたとの事で、その場で別れた。自分の買い物に付き合ってくれたのだし、そちらの用事にも付き合うと言ったが、断られた。
人がごった返している繁華街の中を進み、バスターミナルを目指した。
「おや? 四島さん、だよね」
不意に、背後から声を掛けられた。そちらを振り向くと、立っていたのは背の高い少女だった。
「
「怜って呼んでよ。苗字はあまり好きじゃなくてね。言い辛いしなんか古臭い」
「分かったわ。怜さん。ところで今日はあのブ、じゃなくて篝埜さんは居ないの?」
約二ヶ月前に彼女と初めて顔を合わせて以来、何度か再び顔を合わせる事はあったのだが、その際にはいつも隣に舞葉が居た。
「まあね。そういう事もある。ところで、折角会えたんだし、少し話をしていかないかい? 丁度近くに公園がある。小さな公園だけどね」
「え? わ、分かったわ」
少しドキリとしてしまった。顔が良過ぎる。可愛い女の子が得をするのは勿論だが、こういうイケメンの女子も様々な所で美味しい思いをしているのだろう。
歩いて数分の所に、オブジェとベンチと僅かな緑で構成される小さな公園があった。そこのベンチに二人は腰掛けた。昼間は汗が止まらない程に暑かったが、日が沈んだ今の気候は快適だった。ゆっくり流れる風が涼しさを運んで来る。
【挿絵】(https://kakuyomu.jp/users/hachibiteru/news/16818093086565911464)
「〈メルメディック〉としての活動はどうだい? 嫌じゃないかい?」
爛楽の右側に座る怜が問うた。
嫌だ、とは言い辛い。だが、一考すると、そもそも自分はそこまで〈メルメディック〉の活動を嫌悪しているわけではないのではないだろうか、とも思った。
「まあ、ぼちぼちよ」
結果として、返答はそんな曖昧なものになった。
「それは良かった。戦うという事が肉体的に負担となるのは勿論だ。けれど、気を付けなければいけないのは身体より、寧ろ心の方だよ。まあ、様子を見る限りでは問題無さそうだけど、一応ね。何か悩み事とかは無いかい?」
「そうね。今の所は、特に」
「きみは本当に〈メルメディック〉に向いているかもしれないね。ぼくが〈メルメディック〉になりたての頃は戦うのが怖くて仕方が無かったよ。自分の部屋で布団に包まって震えている時もあった」
冗談だろう、と思った。いつも落ち着いた振る舞いをしている怜が怯えている様子を想像する事が出来なかった。
「凄く意外そうな表情をしているね。まあ、あの頃ぼくは一人で戦っていたからね。その後、舞葉と出会えて良かったよ。きみには既に素晴らしい相棒が居る」
そう言われて、爛楽の頭の中に先程別れた結の表情が浮かんだ。
「そう……ね。大切にするわ」
こんな事、もし結が近くに居たならば言葉にする事が出来なかっただろう。
「是非そうしてくれよ。ところで、悩み事とは別に、何か気になってる事とかは無いかい?」
「気になってる事?」
怜の質問は抽象的で主旨を理解しかねた。
「〈メルメディック〉や〈キャンサー〉というものに関して、不思議に思う事は無いかい?」
「うーん、そりゃあ、不思議な事はいっぱいあるわ。なにぶん〈メルメディック〉としての歴が短いもので。知らない事が沢山あるもの」
「それはごもっともだね」
そう言ってはにかんで見せる怜。
「逆に、怜さんはそういう事があるの?」
「ある」
怜は短く肯定した。このような話題を振って来るという事は、本人に思う所があるのだろう。爛楽はその返答にあまり驚かなかった。
「例えば?」
「〈キャンサー〉。あれはこの世界に発生した癌だって
「……違うの?」
小さく問う爛楽。糸がぴんと張っているような感覚がした。
「確証は無いよ。ただぼくが思ってるだけさ。癌っていうのはエラーによって生まれる異常な細胞で、際限無く増殖してやがて全身を蝕んでしまうものだ。
ただ、それは別にその生命を殺すという目的を持っているわけじゃない。結果として身体を蝕み、死に至らしめるだけだ。
けれど、ぼくらが戦っている〈キャンサー〉からは、明らかな敵意を感じないかい?
この世界を壊してやるという意思。邪魔するものは排除するという闘志」
「それは」
怜の言葉には納得を覚えた。確かに、思い返してみれば今までに対峙した〈キャンサー〉は敵意を有していたような気がする。
その納得の後に襲って来たのは、突風のような困惑だった。
「どういう、事? 〈キャンサー〉がこの世界に発生した癌でないっていうなら、〈キャンサー〉の正体は何なの?」
「残念ながら憶測を次のステップに進められるものは、現時点で何も手に入れられていない。ただ、もう一つ気になる事があるんだ。〈ライフシリンジ〉の事だよ」
「〈ライフシリンジ〉……?」
すぐには何の事を言っているのか分からなかったが、思い出した。腰に取り付けられている三本の注射器の事だ。
「きみは〈ライフシリンジ〉を使った事があるかい?」
「まだ無いわ」
「そうかい。あの注射器は、凄まじい力を秘めたアイテムだ。例えば、お腹にボウリングの球くらいの大きな穴が開いたとする。それでも、〈ライフシリンジ〉を使えば、次の瞬間にはその傷は完全に塞がってる。使った時点で死んでいなければ、どんな状態からでも完全回復だよ」
「そんなに凄い治癒力があるの。攻撃にも使えるんでしょ? 殆ど即死だって」
「その通りだよ。〈ライフシリンジ〉は最強の回復であり、最強の攻撃だ。幾ら何でも、強過ぎるとは思わないかい? 〈ライフシリンジ〉の能力は不自然に突出している」
またも怜の言葉には納得を覚えた。頭の中で様々な考えが入り乱れるが、根拠という足場を得る事が出来ないそれらは上って来ては思考の深くへとまた沈んで行く。
「それを理桜さんに質問した事はあるの?」
怜は首を横に振った。
「理桜さんは、〈ライフシリンジ〉を作るのは凄く大変な事だと言っていた。けれど、具体的にどういう工程があるのかについては話そうとしないんだ」
遠回しな返答。怪訝に思ったが、爛楽は思い至る。
「理桜さんが、爛楽たちに何かを隠してる、って事――?」
吹き付ける風が、一際冷たくなったように感じた。
「まだ疑惑の域を出ないよ。それに、ぼくは別に理桜さんが敵とまでは考えていない。彼女は〈ヘルパーセル〉として精一杯自分の為すべき事をしている。この漆浜市が平和を保っているのは、彼女の尽力のお蔭さ。彼女はこの街を、世界を守っている。それは事実だ。
ただ、何から何まで理桜さんの事を信用しない方が良いと思う。これが、ぼくがきみに対して言える事だ」
「爛楽も、何かあの女胡散臭いなとは思ってた、けど……」
言葉が途切れる。胸の中がごちゃごちゃして、自分は理桜の事をどう思っているのか、良く分からなかった。
「この件については、何か分かったらまたきみに伝えるよ。そうだ。連絡先聞いてもいいかな」
爛楽はトークアプリのアカウント情報を怜に伝えた。友だちの一覧に怜の名前が新たに表示される。
「……爛楽も、何か分かったら連絡するわ」
「そうしてくれると有難いよ。さて、そろそろぼくは帰るとするよ。遅い時間帯に呼び止めて悪かったね」
「ううん、それは気にしないで」
怜はベンチから立ち上がり、こちらを見下ろした。
「それじゃあまた今度。きみのこれからの日々に幸運が訪れる事を願ってるよ」
「ええ。また今度」
夜の風景の中に姿を消す怜。
夜風は更に冷たくなり、爛楽は急いでバスターミナルへと向かった。
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