第15話 元童貞、初めての戦い
「ちっくしょおおおおお!
これでもくらえっ!」
カァーーーン!
カァーーーン!
僕の握ったフライパンがゾンビ達の側頭部を打ち抜く。
集団の先頭を走っていたヤツらは同胞達に踏みつけられ集団の最後尾に下がるも無尽のスタミナによって立ち上がり喰らい付いていく。
ヤツらの集団を導く先導車のように馬は一定のペースで走り続けており、僕は体を後ろに向けながら僕に追いつきかけたゾンビ達を叩いていく。
「よいしょっ!
どやさっ!」
噛みつこうとするゾンビを鍋の蓋で受け止め、大鍋を地面に投げる。
すると鍋に足を突っ込んでしまったヤツが派手に転げてしまい、皇族のゾンビ達もそれに躓くようにして足を取られ将棋倒しの様相になる。
馬車が停まっているところから十分に距離は取れた。
きっとふとっちょが上手くやってくれているはず。
僕の役目は終わったから、あとは死ぬ気で生き延びるだけ!
「ここからは全力で逃げるぞおおおお!
内臓吐き出すくらい走れっ!
ハイヨーーー! シルバーーーー!!」
馬の尻を叩き、加速させる。
走るために生まれてきたかのような美しいフォルム。
四本の脚で地面を割る獰猛なる躍動。
ゾンビ化した人間が追いつけるわけがない。
本来、冒険者連中がリミッターを外した全力で僕を殺しにきていたならひとたまりもなかったはずだ。
だが、ゾンビ化した冒険者達の速度や力は元商人や旅人のゾンビとさほど変わらなかった。
これは推測だが、ゾンビになってしまった者は天職やレベルといった特別な力が失われてしまっているのではないだろうか。
そもそも、あのゾンビはどこから湧いてきた?
ゾンビ映画ならおそらくウイルス兵器の流出といったところだろうけど、この世界にその手の科学要素は見当たらない。
だとするとやはり————ん? いぃっっっ!?
突然、走る馬の目の前にマントを被った小柄な人間が現れた。
とっさに僕は馬の立て髪を引っ張り無理矢理軌道を変える。
さすがに乱暴すぎたのか馬は大きく嘶きながらのけ反り、僕を振り落とした。
「いててて……だ、大丈夫か?
ぶつかってないか?」
マントですっぽりと全身を覆っており、男か女かも分からない。
ただ小柄で弱々しく見えたので思わず手を差し伸べてしまった。
すると、それは体を震わせながら、
「……ナ……ゼ……」
呻くように嗄れた声を発した。
僕は耳を傾けたが、
「ナゼェッ! イキテイルウウウウウウ!!」
「いっ!? ぐあっ!」
それはマントの中から腕を伸ばし僕に襲いかかってきた。
小枝の方に細く石灰のように青白い肌をした貧弱な腕なのに万力で締め付けるように僕の首を締めつけている。
「な……なに……!?
ひっ……ヒイイイイイイイイッ!!」
マントの中に隠れていたのは全身蒼白で白眼を向いた老婆だった。
その形相、その異様、到底まともな人間ではない。
かといってゾンビのように本能に突き動かされているような単純な生き物でもない。
確かな悪意と殺意を持って僕を殺そうと迫っていた。
「シネッ! シネエエエエエエエッ!!」
初対面の相手に向けるにしては随分物騒な言葉だ……なまじ言葉が通じる分、無性に腹が立ってきた。
「こっ……のおおおっ!
死んでたまるかあああああっ!!」
僕は全力で老婆の顎を蹴り上げた。
するとヤツの腕の力が緩んだので地面を転がるようにして距離を取り呼吸を整える。
「イキイキイキ、イキガイイ……ハハサマモキットオヨロコビニナル……」
老婆は白眼を剥いたままニタニタと笑う。
その口元には滝のようによだれが滴っており歯がカタカタとなっている。
うん、ビジュアルだけでも怖すぎて泣きそう。
ていうかさあ!
マンガとかのキャラってなんで異形と普通に戦えるの?
相手が強いとかそれ以前の問題で怖すぎて無理くない!?
「オクレ……イノチオクレ!
ハハサマニササゲルオマエのイノチ!
カラダハワタシガクッテヤル!!」
「……い、命もカラダも……オマエなんかにやるもんかよおおおお!!」
恐怖にすくみ上がる身体を叩くように大声を上げた。
そうだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。
馬は少し離れたところから僕を睨んでいる。
痛いことをしてきた僕に恨む気持ちはあるんだろうけど見捨ててもいないらしい。
この青白ババアをどうにかして切り抜ければ生還ルートに入れる。
そうすれば恩を売ったふとっちょに一晩貸切で娼館を奢ってもらえる……
一晩だぞ。
貸切だぞ。
豊満で色香たっぷりの美女達が僕の四肢に絡みつき、貪るように求めてくるんだ。
若いこの体の精力は凄まじい。
ミアも「もうお許しを……」ってくらいに責め立ててもまだ有り余っていた。
そんな精力を発散するには
「僕は生きて……娼館に行くんだ!」
目標は口に出すことで心の支えに変わる。
目の前の敵がどれだけ恐ろしくとも心折れたりしない!
ホルダーに入れた護身用のナイフを取り出し構える。
それと同時に青白ババアが動き出した。
「ケキャアアーーーーーーッ!!」
気味の悪い叫び声を上げながら僕に殴りかかってくる。
しかもその青白い腕はゴムのように伸びて鞭のごとくしなり猛烈な速さと威力を持っていた。
だけど、不思議なことにその動きがなんとなく見えた。
突きの攻撃は横に、横薙の攻撃は上下に身体を動かすことで回避することができる。
ごく当たり前のことだ。
だが、そのごく当たり前のことを完璧に行うことができた。
自分の集中力の高まりを感じながら相手との距離を詰めていき、ナイフの間合いに入った。
「くらええええっ!!」
青白ババアの攻撃と交差するようにナイフを突き出した。
ナイフは鎖骨のそばを貫き、緑色の血が流れ始める。
「クヒョオオオオオオオッ!!」
悍ましい悲鳴をあげながら両腕を僕の顔に向かって伸ばすが、それをかわしナイフを握る腕に力を込めて、振り切った。
肉と骨を断つなんとも言えない感触がしばし続き、刃が突き抜けた直後、ゴロリと青白ババアの首が地面に落ちた。
「やった……」
緑色の返り血を浴びながら僕は拳を握りしめた。
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