第13話 元童貞、旅を楽しむ

 旅は順調だった。

 馬車の旅、といってもロールプレイングゲームのように一台の馬車で人気のない荒野を突き進むような無謀なものではなく、旅客、貨物、護衛の馬車が何十台と集まって商隊キャラバンを作り目的地に向かうものだ。

 安全性と効率性を考えるとこのように集団で向かう方が合理的らしく、100人近い人間が旅を共にしている。

 故に数日も経てば顔馴染みも増える。


「荷物積み終わったよ」

「おお、早いな。

 案外力あるよなあ」


 僕は馬車の積荷の積み下ろしを手伝っている。


 道中があまりに退屈だったので20歳くらいと比較的若いふとっちょの男に声をかけたら、なかなかに話上手で気のいいヤツであり、彼の旅の話なんかを聞かせてもらうのが日課となった。

 その流れで彼の仕事を軽く手伝うようになった。


「口が上手いな。

 僕は決して力がある方じゃないよ」

「冒険者崩れのチンピラにボコられた話か?

 それは相手が悪かったって話だよ。

 戦闘職の『天職持ち』なんてモンスターが服着て歩いているようなもんだから」

「モンスターねえ……護衛の人たちはそんな怖そうに見えなかったけど」

「連中は上澄み。

 護衛任務を受けられる冒険者は腕だけじゃなくて人格も見られるからな。

 粗暴だったり、素行が悪い奴には任せられんよ。

 モンスターが襲撃してきた時に逃げられたり火事場泥棒されちゃ目も当てられない」

「ああ……さっき、この街の商人と話してる時にも耳に挟んだよ。

 今年に入って旅の馬車がモンスターに襲われる事件が増えているとか」

「とはいえ、モノが流れなきゃ街は干上がるもんだから俺たちや冒険者連中の実入りは増えるわけで悪い話ばっかじゃない。

 どうだ? お前さんも俺と一緒に一旗上げてみないか?」


 ふとっちょの誘いを僕は曖昧に笑っていなす。

 彼は僕が騎士団に入ろうとしていることは知らないし、増して男爵家の息子とはつゆとも思っていないだろう。

 その事が自由に感じられるので僕は彼と雑談する時間が好きだ。


「若いくせにのらりくらりとかわしやがって。

 まあいいや。

 それよりも次の街にはいい娼館があるんだ。

 しっかり働いてくれたらお前も奢ってやるよ」

「何すればいい?

 荷運び? 荷造り? 伝票計算?

 自分やれます!

 やらせてください!」


 こういう気前の良さも好きだ。



 そんなこんなで旅も半ばを過ぎた。

 人で混雑した乗合馬車よりぶとっちょの馬車の荷台の方が居心地が良いので、もっぱらこちらに乗せてもらっている。

 明日の朝には次の街『ランベル』にたどり着くらしい。

 大きな娼館がある栄えた街らしい。

 人口はデラーべの倍くらいあり、ナントカ伯爵領の重要拠点だとか。

 その娼館には大人数の娼婦が在籍しており、貴族くずれのご令嬢なんかもいるとか。

 隣国の国境線も近く、異国からの物資が流れてくるおかげで商人としても魅力的な街だとふとっちょが言っていた。

 異人種の娼婦が流れてくるらしく、男としても魅惑的な店だとふとっちょが————


「テリー、目がギラギラしてるぞ。

 そんなに娼館が楽しみなのか?」

「そ、そ、そ、そんなことないし!」


 御者台にいるふとっちょに話しかけられてハッとした。

 娼館で頭がいっぱいになって思考にノイズが混じりまくっている。

 童貞を卒業できれば性欲から解放されるように思っていたけど、なまじ女のカラダを知ってしまったが故に飢えが余計にキツくなった気がする。

 貧しい国の子供にチョコレートをあげようとしたら『この子の両親が一年働いたって変えないモノの味を教えてはならないよ』と怒られたという日本人ボランティアの話をふと思い出す。

 貧富の差を考えさせる話をこんな時に思い出してごめんなさい。


 はあ……と、ため息を吐くと馬車が停まっていることに気づいた。

 まだ、休憩には早いはずだ。


「おい、テリー。

 前の方の馬車が停まった。

 情報収集してきてくれ」

「わかった」


 僕は荷台から降りて、商隊の前方に向かう。

 そこでは護衛の冒険者たちが集まっており、そのリーダーらしき人と商人のボスとが何やら口論していた。


「何かあったんですか?」


 僕は護衛の一人に尋ねる。


「……斥候が帰ってこない。

 もしかするとモンスターとやり合っているのかもしれない」


 そう言われてあたりを見渡すと雑木林の中を街道が走っていることに気づく。

 たしかに両隣の林になにか棲息していても不思議ではない。

 そこで先行して様子を窺わせているんだけど、その人が戻ってこないというわけか。


「引き返して迂回するってこと?」

「そうしたいけど、依頼人が首を縦に振らないから困っている。

 金を払っているのは向こうだから強く出られると何も言えん」


 こっちの世界の下請けイジメはハードそうだからなあ。

 でも、こう言うのって大抵、専門家の言うことを聞かない傲慢な金持ちが命乞いしながら無惨に殺されたりするんだよなあ……


 なんて、物騒なことを呑気に考えていたら。


「おっ、見ろ! 戻ってきたではないか!」


 商人のボスが指差した方角に鎧を着た冒険者たちが5人、戻ってきているのが見えた。

 僕も商人たちも安堵のため息を漏らした。

 しかし、冒険者たちの表情は強張り、各々の武器に手をやり始めた。

 そして次の瞬間————


「ゾンビだぁぁぁぁーーーーーーっ!!

 非戦闘員は馬車の中に隠れろぉぉぉっ!!」


 護衛のリーダーが叫んだのが号砲代わりと言わんばかりに5人の冒険者たちがこちらに向かって猛烈な勢いで駆けてきた。

 走り方を忘れてしまったかのように両手はだらんと下げたまま脚だけを猛烈な勢いで回転させている。

 にもかかわらず速い。

 あっという間に彼らの顔が分かるくらいの距離に迫ってきて、その時初めて僕は彼らの変容ぶりを知り恐怖した。

 肌の色は青あざのように青黒く、白目は黄色く濁り、黒目は色を失い青白く光っている。


「ゾンビだアアアアアアアッ!!

 しかも韓国系のメチャクチャ足が速いゾンビだアアアアアアアッ!!」


 僕は警告するように叫んで逃げ出した。

 この後の展開が見てきたかのように分かったからだ。

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