第14話 元童貞、覚悟を決める

 僕らを襲ったゾンビたちは護衛の冒険者たちと衝突した。

 ゾンビ映画に出てくる警察や軍人のようにあっさりと噛みつかれゾンビになる者もいれば、一人逃げ出そうと街道の先に進んだ結果、他のゾンビを引き連れて戻ってきた者もいる。

 あっという間に僕たちの集団はゾンビの群れに埋め尽くされることとなった。


「壮観だなあ。

 全部で30匹はいるんじゃないか」


 ふとっちょはタバコを片手にゾンビたちを数えながら言った。

 僕たちはできるだけ高い木に登り、太い枝の上に立つようにして状況を見下ろしていた。

 馬車は動きを止めており、歩き回っているのはゾンビのみ。

 幌のついた馬車の中にはまだ息を潜めて生き残っている者もいるかもしれない。

 どうやら連中は目が見えないらしく、音を頼りに襲いかかってくるようだ。

 そんなところまでお約束通りだとは。

 

「余裕がありますね。

 ってことはこの状況を解決できる策があると」

「俺と積荷には保険金をたんまりかけているから家族は食っていける」

「潔くなるなよ!

 商人らしく強欲に生きよう!

 僕に娼館おごってよ!」

「この木に爪立ててるあの女、結構イイ感じだぞ」

「あ、ホントだ。

 細いのにおっぱいが大きくて色白で……ってゾンビなんかとできるか!」

「お前13歳の割に肝太いよなあ。

 たしかにお前ならこの状況でも生き残れるかもしれんな」


 ふとっちょは笑いながら指を指す。

 その先には馬車に繋がれた馬が残っていた。


「あれは随分おとなしい馬みたいだ。

 鳴き声どころか足音一つ立てていない。

 おかげでゾンビどもに目をつけられずに済んでいる。

 とはいえ、所詮馬畜生。

 腹が空いたり驚いたら鳴き声を上げる。

 ゾンビどもに馬肉なんて高級料理味合わせてやる必要はない

 アレに乗って逃げろ」


 ふとっちょの提案を聞いた時、パッと明るい未来が見えた。

 時速60キロで走る馬ならばゾンビのダッシュ力でも追いつけない。

 実際、何人かは馬を使って逃げようと試みていた。

 上手くいけば窮地を脱することはできるだろう。

 悪くない賭けだ。

 しかし、


「……あんたはどうするんだ?」

「俺は運動神経悪いからな。

 馬にたどり着く前にアイツらの食卓に並ぶ。

 その点、お前はかなり動けるみたいだからな。

 なにせ、ゾンビの襲撃と同時に俺を担いで木の上によじ登ってくれるくらいには」

「火事場の馬鹿力というやつだろう。

 あんたの仕事を手伝って肉体労働をしていたから多少体は鍛えられたかもしれないけど」

「そういうのじゃないと……まあいいや。

 とにかくお前だけなら逃げられる。

 どこかで助けを呼んできてくれ。

 俺はここでせいぜい息を潜めているさ」


 ニッ、と笑いかけるふとっちょ。

 たしかにここならばゾンビの手は届かない。

 もし、僕が救援を呼んでくればこの状況をなんとかできるかも…………無理だ。

 たとえ逃げおおせてもこれだけの数のゾンビを駆除できる冒険者や軍なんてそう簡単に動かせるものか。

 万が一、連れて来れてもそれまでここに残っている人間はもたないだろう。

 飢えや渇きにやられるか、恐怖に耐えかねて声を上げゾンビを晩餐に招待するだろう。


「みんなを見捨てて生き延びろっていうのか?」

「そりゃあな。

 お前みたいな子どもが死ぬなんて誰も望んじゃいない。

 お前だって童貞のまま死ぬのは嫌だろ?」

「……童貞じゃない。

 すでに経験済みだ」

「へえ、それはそれは…………すげえニヤけてるけど大丈夫か?」


 だって誰かに言いたかったんだもん。

 前世では本当に童貞のまま死んでしまった。

 平均寿命80歳。

 世界屈指の治安を誇る日本国内で。

 そんな僕が第二の人生で雪辱を果たすことができたんだ。

 一回目の人生ならもう思い残すことはないくらい大きな出来事だった。


「分かった。

 あんたの言うとおり馬を奪って逃げる。

 よかったら大声で歌でも歌って連中の注意を引いてくれ」

「おうよ。

 運が良かったらまた会おうぜ」


 ふとっちょは歌い出す。

 すると、ゾンビたちは唸り声を上げながら木の下に集まってきた。

 ふとっちょが「行け」とアイコンタクトで告げてくる。

 僕はうなづき枝を踏む足に力を入れる。

  

「……ああ、娼館の奢りの話は生きてますからね。

 忘れないでくださいよ」


 僕の呟きに応えてふとっちょは親指を立てた。

 次の瞬間、僕は木の枝から飛び降り、低いところにある木の枝へと飛び移った。

 我ながら身軽な動きだ。

 肉体労働ってここまで身体を鍛えてくれるものなんだな。


 自分の成長に感動しつつ音を立てず地面にたどり着くとそのまま足音を立てずに無事な馬に近づき馬車と繋ぐ縄を外して解放した。

 ゾンビたちは気づいていない。

 このまま来た道を戻るように走ればかなりの確率で助かるだろう。


「……よしっ」


 僕は馬に乗らずふとっちょの馬車の荷台に乗り込んだ。

 目当てのものは前の街で買い集めた金物だ。

 音を立てないように気をつけながらそれらを紐で結びつけひと塊りにして馬の腰に巻きつけた。


 ふとっちょが怪訝な感じで視線を送っているのが分かる。

 火事場泥棒と思われてはたまらないから、一声かけておこう。


「コイツらの相手は俺がしてやるーーーーーー!!

 上手くいったら元来た道戻れよーーーー!!」


 僕の声に真っ先にリアクションしたのはゾンビたちだ。

 他の場所に集っていたゾンビたちが一斉に僕めがけて駆け寄ってきた。

 狙い通りだ、とほくそ笑んで馬に飛び乗り走らせる。

 がらんがらん、と腰に巻きつけた金物を鳴らしながら馬は大きく上下に揺れて駆ける。

 ここでさらにトドメの一撃。


「オラァ!! ゾンビども!!

 全員まとめてお相手してやる!!

 女は全員僕にしゃぶりつけ!

 男も特別にケツを貸してやるぞ!」


 僕が仮定したヤリティンのアビリティ『|乗り放題(フリーライダー)※』は好きな相手と思うままにヤレる能力。

 言ってみればサキュバスの誘惑みたいなものだ。

 それを上手く使えば攻撃対象を僕に集中させられるはず!


 僕の狙いは的中した。


 ゾンビたちは一段ギアが変わったかのように勢いを上げて僕に迫ってきた。

 馬車周りのゾンビを全員惹きつけることに成功したみたいだ。

 ふとっちょあたりが生き残りをまとめて引き返してくれるだろう。


 あとは僕が生き残るだけだ。

 自己犠牲なんかでチンケな英雄になるつもりなんてないんだからな。

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