第二章 強い(物理)おねえさんは好きですか?

第12話 元童貞、考察する

 もし、現代日本の人間がこちらの世界にやってきた時に一番最初に苦しむのが退屈を潰す手段がないということだろう。

 男爵家に生まれた僕は庶民に比べると裕福だったため遠出をする機会もあったが、その時に乗る馬車の時間が苦痛で仕方なかった。

 車どころか自転車よりも遅く、窓の外の景色は変わり映えせず、サスペンションもない車体の揺れに尻を打ちつけられながら過ごす時間は果てしなく長く感じられた。

 

 家で乗っていた馬車は自家用車のようなものだとすれば、乗合馬車は言うなれば路線バスみたいなもので環境はさらに劣悪だ。

 乗車区間が町から町までと距離があり、一日以上かかることもザラ。

 治安大国日本とは違うのでどっぷり眠りこけるわけにもいかず、何もすることのできない時間と向き合わなければならない。

 乗車時間5分の区間であろうと現代日本人はスマホを弄り空白の時間を有効活用しようと励む。

 僕もその感覚に慣らされきっており、今でも何もしない退屈な時間がしんどかったりする。


 ので、せめてもの時間活用として考え事をしようと思う。

 瞳を閉じて、脳内のホワイトボードを展開する。

 前世におけるコンピュータの父であり人類史上最高峰の天才であるフォン・ノイマンは脳内に1haのホワイトボードが置かれていて、それを使って計算や構想をしていたという。

 その話を聞いた時、天才との違いに感銘とあきらめを抱いたものだが、今回の人生ではあきらめず挑戦してみることにした。

 赤子の頃から僕は考え事をする時にホワイトボードをイメージしてそこに思考を書き続けていた。

 吸収力が高いとされる子供の脳に叩き込んでおけば、僕もノイマンのようになれるかもしれないと考えたからだ。

 まあ、結果はお察しだ。

 ノイマンの逸話は有名なものであり、幼少期の子供に真似させるだけでその力がつくのであれば現代社会にはノイマンが溢れかえっていることだろう。

 僕の脳内のホワイトボードはせいぜい大学の大教室で使われているホワイトボード程度の大きさで天才の足元にも及ばない。

 それでも考え事をする時なんかは役にたつ。

 物事を考える時には多角的な思考が必要だ。

 ホワイトボードを大きく使い、別の物事同士を結びつける論理を探せば真理に近づくことができる。


 さしずめ、今日のテーマは『ヤリティン』のアビリティについてだ。

 鑑定士が複数人がかりで大規模な儀式の祭壇を使って行う鑑定の儀であればアビリティについても確認できるらしいが、ミア一人の鑑定魔法ではどうにもならないと言われている。

 本人が言っているので間違いない。

 だが、アビリティ分からないとどうやって自分の才能を磨けばいいか分からない。

 攻略本片手に人生をプレイするわけではないが、攻略法を見出して人生をエンジョイすることは積極的にやっていきたい。


 まず、第一の仮定。

『僕はすでに何かしらのアビリティに目覚めている』

 天職を自覚した者の多くは先天的に持っているアビリティに目覚めるらしいし、ヒゲ面との約束もある。

 あいつは『チート級の能力を授ける』と言ってくれた。

 あの言葉を信じると僕もすでにアビリティを備えている可能性が高い。


 次にアビリティは自発的に発動させるものもあれば無自覚に発動しているものもある。

 前者はそのトリガーであるアビリティの名称がいつの間にか記憶されていて自然と浮かび上がってくるものらしいがそんな兆候は僕にはない。

 となると後者ということになるだろうが、少なくとも戦闘向きのものではないだろう。

 ケイティと一緒にいた男になすすべなくやられてしまったし、その後の逃亡だって無様なものだった。

 身体能力や感覚に作用するタイプのアビリティを持っているのならあのピンチに発動しないのはおかしい。

 だとすると、僕は戦闘に全く関係のないアビリティを持っているということだろう。


 自覚していないアビリティのことを推測するにはやはり『天職』から逆算するのがセオリーだ。

 たとえば『剣士』の天職を得たものには【剣技】や【身体能力強化】なんかのアビリティが先天アビリティとしてついてくる。

 ミアの理屈で言えば天職を実現するために必要なものがアビリティとして備わりがちであるということだ。

 ならば『ヤリティン』である僕は『ヤリティン』になるために必要なアビリティが備わっているということになり、それが発動しているということになると僕や僕の周りに何かしらの変化が生じているはずなんだが……変わったことなんてなあ……


 脳内のホワイトボードに片っ端から事柄を書き出す。


 追放、抗議、夜這い未遂、不信、廃嫡、旅、食事、おっぱい、デート、おっぱい、家に連れ込まれる、大きなおっぱい、美人局、さわれなかったおっぱい、入れなかったダンジョン、路上、無視、ケツを狙われる、逃亡、行き倒れ、介抱、鎖骨、生足、うなじ、唇、すいつくような肌、ちいさいけど形のいいおっぱい、またがられる、はじめてのキス、からの大人のキス、口の中を弄られる快感、自分で触るのとは全然違う僕の体、まるで波の前の砂山のような僕の忍耐、拭われる汚れ、ダンジョンの扉が開く、ついに攻略開始、夢中で駆け抜けたあの日々、灼ける身体、光る世界、脳を切り裂く稲妻、可愛らしく獣のように声を上げるミア、それまで知らなかった快楽の極地————————


 って! また初体験の夜のこと思い出してるじゃないか!

 僕のバカ! 変態! 果報者! 元童貞!



 ……ああーーーっ。ダメだ。


 目を瞑って考え事してもミアのことしか思い浮かばない。

 記憶だけでオカズにできるレベルだけど乗合馬車じゃ致すところもないし、宿に泊まるまでの我慢だ。

 

 ……冷静に考えるとあんな話の展開、できすぎているよな。

 マスクを外し、髪を下ろしたミアは二度の人生を思い返してもダントツで一番美しい女だった。

 グラマラスとは言いがたい華奢な少女のような体型であったが、コンパクトながらも均整が取れていて美しく、その手練手管の巧みさは熟女のそれで、行きずりの関係であるにも関わらず最愛の恋人にするような献身を感じさせてくれた。

 その上、良くも悪くも彼女は僕に執着することなく、旅に送り出してくれた。

 男女関係の美味しいところだけをつまみ食いするようで都合が良すぎるように感じる。


 でも、あれが『ヤリティン』の先天的なアビリティの効果だとすれば?


 僕の見た目は鏡を見るたびに自分でドキッとするほど綺麗であるが、屋敷のメイドたちにイタズラされるようなことはなかったし危ない目線を感じることはなかった。

 にも関わらず、ミアは僕の誘いにすんなりと乗ってきた。

 もしかすると、それは『ヤリたいと思った女とヤレる』みたいな効果のアビリティが発動したからではないだろうか?

 だから効果は一時的なもので、冷静に返ったミアは僕をあっさり見送った…………


 なんか、答えが出てしまったような気がする。


『ヤリティン』は空前絶後、超絶怒涛の好色男プレイボーイ

 人間から女神までなんでも喰っちまう性欲の権化のような英雄だ。

 その好色を再現するためのアビリティとしてはおあつらえ向きすぎる。


 …………まあ、確かにチートだ。

 現代日本社会でこの能力を手に入れたのなら寿命が半分に縮まってもいいとさえ思える。


 だが……この剣と魔法のファンタジー世界においては性欲を満たすより、自分を守れる力が必要なんだよぉっ!

 性的な百人斬りよりゴブリン百匹狩れる力が欲しいんだよ!

 こんなアビリティでこれからどうやって世の中渡っていくんだよ!

 ちくしょーーーーっ!!


 ハァハァ……よし! 愚痴はここで打ち止め!

 前向きに考えるんだ。

 先天的アビリティが戦闘向きでなくても、後天的に戦闘向きのアビリティを得る方法はある。

 騎士団で修行するなんかもその一つだ。


『ヤリティン』は極上の武器や魔法を使わせてもらえたのもあるが、普通に強大な敵を倒した大英雄でもあるんだ。

 もしかすると後天的に戦闘向きのアビリティを習得できる可能性もあるし、絶望するにはまだ早い。

 それに『ヤリたい女とヤレる能力』なんて最高じゃないか。

 騎士団でそこそこ強くなったら引退して、良い女を探すためだけでに世界中を旅しても良いかもしれない。


 とりあえずは……ミアとのことを思い出しながらうたた寝してしまおう。


————————————————

※賢明なる読者諸兄は気づいているかもしれないが、テリーの考察は大ハズレである。

メイドがイタズラして来なかったのは厳格な当主が息子に悪影響を及ぼさない人間を選んでいたため。

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