第一章エピローグ ミア・クリーク(後編)
引き続きミア視点です。
「あの者どもはどうするのです?」
「二人とも揃って鉱山送りだ。
虫ケラのように粗末に扱って死ぬまで酷使してやる。
それよりもテリーだ。
直ちに探し出さねば……聡い子だからそう簡単にはくたばらないと思うが、何しろ世間知らずだ。
うっかり奴隷商人などに捕まっていなければいいのだが」
早口で喋りながら早足で歩く男爵様。
冷徹で厳格な為政者ではあるが、情に脆く、親としての責任感も強い。
追い出した息子が早々にトラブルに巻き込まれて生きるか死ぬかの状況に陥っているとあれば心は千々に乱れていることでしょう。
その様子を黙って見物するほど私は意地悪ではありませんので、テリー様の安否と行方について教えて差し上げました。
「そうか……では、当初の予定通り王都に向かっているのだな」
「はい。些少ですが路銀はお渡ししました。
無駄遣いをしなければ王都に辿り着くまでは足りるでしょう」
「何から何まで助かる……まあ、元はと言えばそなたがテリーを追い出せと言わなければこんな気苦労せずに済んだのだが」
恨めしい気持ちを少し匂わせながら男爵様は私を見つめてきます。
彫りの深い、威圧感のある顔立ち。
テリー様は母親似なのかもしれない、なんて抜けたことを思ってしまいます。
「私はそなたのように敬虔な神の信徒というわけではない。
だが、領主という高い場所から世の中を俯瞰できる立場にあるが故に見えることもある。
世に瘴気が漂い始めておることは明らかだ。
モンスターの大量発生、山岳地帯や森林地帯のダンジョン化、そして、異国からの流民の増大。
私の子供の頃は人間がモンスターに襲われて死ぬなんて滅多に聞かなかったのに、今年はすでに2つの村がモンスターに滅ぼされ、4つの商隊が襲撃を受け全滅した。
我が領内だけでだ。
他の領地でも似たような現象が起こっている。
貴族たるもの『天職』に恵まれたのであればその力を万民のために使うべき。
だから身を切る思いでテリーを手放したのだ」
「承知しております。
テリー様はきっとこの世を救い、そのご英断は後世まで語り継がれることでしょう」
私はテリー様の鑑定を行う前に男爵様と約束をしていました。
高位の戦闘系の『天職』を授かった場合、家を継がせるのをやめ、外の世界に修行に出し、来る『大いなる災厄』に立ち向かう戦士とすることを。
「……だが、テリーの天職は『ヤリティン』だろう。
我が家の蔵書を片っ端から調べその記述を読んだが、英雄というよりも好色家の放蕩息子といった様子。
その名を冠する『天職』が本当に戦いの役に立つのか?」
「たしかに『ヤリティン』は華々しい英雄譚の主役というわけではありません。
それに過激な描写も多く、国や宗派によっては禁書として扱われることも少なくありませんので戦う者としてのイメージはあまり持たれていませんね」
「ああそうだ。
事実、テリーはあの男になすすべなくやられたというではないか。
高位の『天職』であれば子供といえどあの程度のチンピラなどどうにもできるはずではないか」
男爵の言うことは一理あります。
事実、大人顔負けの強さを誇る神童の類はたいてい戦闘職の『天職持ち』で、『聖騎士』『剣聖』のような高位の『天職』があった場合には鑑定で判明する前に武勇伝のひとつやふたつ持っているものですから。
「たしかに『ヤリティン』は戦闘系の『天職』とは異なります。
かの英雄の逸話からしても戦闘の才能に恵まれるというものではありません」
事実、テリー様は弱かったです。
ベッドの上で私を組み伏そうとする力は年相応。
腰を振っていてもすぐに息切れを起こす。
か細い私の身体を弁当売りのように抱き上げながら愛することもできない。
しかし…………
「ですが、今ならばあの男くらいは一捻りにできることでしょう」
私の言葉に男爵は目を細め、座ったまま身を乗り出す。
「どういうことだ」
「『ヤリティン』は非常に珍しい『天職』ですが、過去に同じ『天職』を授かった者がいないわけではありません。
かの『天職』の持つ特性……つまり『アビリティ』は伝わっております」
「なんだと?
だったらどうして教えなかった!?
それさえ知っておればこんなことには」
「知られれば逆にテリー様の身を崩す恐れがあったのですよ。
あの方自身はもちろん、あなた様が知っても目先の欲に眩んでしまう可能性が高かった」
「……テリーが手元から離れた今であれば教えてもらえるということか?」
私はコクリと頷き、用意しておいた説明を行おうと姿勢を正します。
……ただ、大真面目に伝えるにはあまりにも滑稽な内容なのです。
あのアビリティは。
「『ヤリティン』のアビリティ……それは【
「……ふざけておるのか?」
「大真面目ですので最後まで話をお聞きください」
今にも腰の剣を抜きそうになっていた男爵様を宥めますがお気持ちは分かります。
私だってこのアビリティについては自分の手で鑑定するまで信じられませんでした。
テリー様の天職を鑑定した際にそのステータスについても鑑定していました。
その時の数字がこちら。
名前【テリウス】
天職【ヤリティン】
職業【貴族の子】
レベル【1】
HP:15
MP:0
身体能力:10
魔法能力:0
アビリティ
【
肉体労働をほとんどしていない13歳の少年としてはマシな方。
そのくらいの能力値でした
だが私を抱いた後、眠るテリー様に検証のため鑑定を行ったその時のステータスは————
名前【テリウス】
天職【ヤリティン】
職業【無職】
レベル【3】
HP:50
MP:0
身体能力:30
魔法能力:0
アビリティ
【
と2つもレベルを上げていました。
しかも能力値の上昇幅が桁外れです。
ちなみに先ほど私がのした男のステータスは
名前【ドルフ】
天職【拳闘士】
職業【チンピラ】
レベル【7】
HP: 62
MP:0
身体能力:23
魔法能力:0
アビリティ
【筋力強化】
【打撃強化】
ごく一般的な冒険者のステータスですね。
見比べてみればテリー様がレベルの割りに値が高く、身体能力では圧倒しています。
常人が何年もかけて獲得する経験値をたった一夜のセックスで手に入れてしまう馬鹿げたアビリティ……
ちなみにレベルが上がったのは最初の時だけで、それ以降はどれだけ激しく求め合ってもステータスが変動することはありませんでした。
あっちの方はどんどん上手になられましたけど……
「かの英雄ヤリティンはその生涯に12600人の女性と関係を持ち、その女性たちからそれぞれ贈り物をもらったとされています。
そして『天職』における特性、すなわちアビリティとは運命を実現するための装置なのです。
ヤリティンがそうであったように『天職』として『ヤリティン』を授かった者は関係を持った女性に応じて力を得ることができます。
普通の戦闘職であれば戦い、敵を倒すことで得られる経験値や熟練度をセックスによって得られる、といえばイメージしやすいでしょうか」
「……原理は分からんが、状況は分かった。
人間の成長速度に関わるアビリティがないわけではないからな。
だが、そんな重要な情報は隠すべきではなかろう。
もしそれを知っていれば」
「娼婦、罪人、奴隷、貧者、屋敷の使用人、そして領民とあなたの力でどうとでもできる女を贄としましたか」
男爵様はハッとして口をつぐみました。
私がテリー様のアビリティを告げなかった理由を理解したのでしょう。
セックスをするのは簡単です。
地道に修行したり、モンスターを倒すことに比べれば命を失う可能性もほとんどありません。
悍ましい話ですが『ヤリティン』の天職を持っている者が一つの街の女をすべて犯し尽くせば、それだけで稀代の英雄になれるだけのレベルを得ることができるでしょう。
モンスターが街を襲撃して出る被害を考えれば、貞操なんて安いもの。
英雄を育てるため、という大義名分を掲げたヤリティンは万民にセックスすることを許され、望まれることでしょう。
だが、義務感と性欲というのは食い合わせが悪いものです。
最初のうちは未知の快感と成長の実感に夢中になるでしょうがその熱は次第に冷め、次に訪れるのは虚しさだけ。
英雄に力を捧げるという大義のもと、本意であろうと不本意であろうと女はヤリティンに股を開き、ヤリティンもまた望まぬセックスを大義のために毎日何人もと行い、情緒ある人間との繋がりを求めることもできなくなる。
それが自分の意思であるならばともかく、周囲に求められて行うには厳しすぎる苦行でしょう。
やりたくないことをやるために人間が行き着くのは鈍感化。
女たちをモノとして扱い、セックスを食事のような生命維持的な活動と割り切る。
それは倫理観の喪失とも呼ぶものです。
事実、ヤリティンの『天職』を得た者で周囲のバックアップ、つまり関係を持つ相手を次々と供給された者は悉く心のバランスを崩し、味わうことのできなくなったセックスの醍醐味や快感を補うためのスパイスとして他人の苦しみや悲しみを求める怪物となった例もあります。
「『ヤリティン』を人類守護の英雄とするためには、あくまで人間としての感情を維持したまま関係を持つ必要があります。
テリー様には自身のアビリティについてできる限り無自覚な方が良いのです」
「たしかにな……廃嫡はやり過ぎかと思ったが、領主と『ヤリティン』の組み合わせなど最悪だ。
タガが外れれば暴力を持って他の領地とそこに住まう女人を犯す侵略者と化する。
騎士団に入り、息抜きに女人と付き合う程度であればそのアビリティによるレベルアップも日々の鍛錬の成果と取り違えてくれるか」
「そういうことです。
まあ、真の英雄の器であれば私どものような凡人の思惑を飛び越えてしまうものでしょうが、それがあの方自身の選択であれば望むところです」
「ハハハ、それは望み薄ではないかな。
あの子は根が真面目で慎重だ。
わがままを赦してくれそうな使用人を夜這おうとしたのはともかく、その辺で女を引っ掛けられるような要領の良さは…………あ……」
話しながら男爵様は先ほどの私の言葉を思い出したようです。
ちょうどいいので、こちらの話を切り出すことにしましょう。
「男爵様。実は、折り入ってご相談がございます」
「な、なんだ?」
「念願の英雄たりうる『天職持ち』に出会い、お導きさせていただいた今、旅をする理由はなくなりました。
できればこの地に腰を落ち着けたいのですが、雇っていただけませんか?」
「私は構わんが……良いのか?
腕の良い鑑定士は引くてあまただ。
我が家よりも良い待遇の家や直接宮廷に仕えることも叶うだろうが」
男爵様の言うことはごもっともだが、危険を押して旅をしたり人間関係のストレスが多いところで働くのはごめん被ります。
もしもの場合、大事を取る必要があるのだから。
「この地で男爵様と共にテリー様の帰りをお待ちしたいのです」
私の望みは聞き入れられました。
それどころか男爵の屋敷に住むことを認められ、客賓のような待遇を受けています。
そのせいで使用人たちの中には私を男爵の愛人と思っている者もいますね。
たしかにまだ子どものテリー様よりは男爵様の方がいくらか釣り合いが取れるでしょうが。
もっとも、男爵様当人は気づいています。
テリー様が私と関係を持ち、そのおかげでレベルアップしたことを。
息子の不始末の詫びのつもりで私をもてなしてくれているのでしょう。
それから季節が変わる程度の時が経ちました。
風が秋の香りを帯び始めたある昼下がりのこと。
テリー様は今頃どうしているだろうかと気になって、水晶板をテーブルに置き、彼のことを再鑑定しました。
これはあまりに便利すぎて他者に教えることができない私のスキル『遠隔鑑定』。
どれだけ遠く離れていても、対象が生きている限り、そのステータスを確認することができる、つまり、テリー様の安否を知ることができるというものです。
さあ、今日のテリー様は………………あっ!
名前【テリウス】
天職【ヤリティン】
職業【剣士】
レベル【8】
HP:120
MP:0
身体能力:65
魔法能力:0
アビリティ
【
【剣術】
【体術】
……レベルが上がってますね。
たった1日の間に5も。
ということは…………まったく。
私は思わず笑ってしまいました。
元気にしてるもなにも、元気すぎるというものです。
初めての女としては少々寂しいものだけれど、咎める権利も理由もありません。
私は英雄を見つけるために生きてきました。
そして、今はその英雄が紡ぐ物語の一部となっているのですから。
テリウス・バージニアが英雄となった暁には彼の英雄譚の中で私の名は生き続けることでしょう。
彼を見つけ、導いた鑑定士として。
その才を目覚めさせる手解きを行った最初の女として。
そして…………いや、これはまだ気が早いですね。
私は行きすぎた妄想を押し込めるように苦笑して————お腹を一撫でしました。
————————————————————
第一章完!
お付き合いいただきありがとうございます。
どんどんテリーも強くなり物語も広がっていきますのでお楽しみに!
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よろしくお願いします🙇
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