第一章エピローグ ミア・クリーク(前編)
※ミア視点です
『大いなる厄災が間も無く訪れる』
私が8つの頃に当時の法皇さまが授かった神託は信心深いヘレネス教徒を怯えさせました。
中には不安のあまり破滅的な生き方に舵を切り、人生を台無しにしてしまう者もいて、私の両親もそうでした。
『厄災が訪れるならば働いて金を貯めても無駄だ』
と、父は働くことをやめて昼間から酒を飲み博打を打つ。
『厄災が訪れる日は近い……なのに、国王は何も対策を打たない! 王政を打倒せねば!』
と、母は過激な反体制勢力に与し、暴力によって世の中を変えようとし始める。
二人の目に私は写らなくなりました。
すると私も二人に親愛の感情を抱かなくなりました。
ああはなるまい、と自分を戒める反面教師ってくらいにしか価値を見出せない、そんな人たちになってしまいましたので。
両親を生きながら失った私が神に仕える仕事に就こうと思ったのは、飯を乞いに通っていた教会で司祭様が読み聞かせてくれた神話の物語に心を奪われたです。
ヘレネス教は最高神ヘレンを主と仰ぎながらも複数の神の存在を認める多神教であり、経典として使われている『神聞文書』の中には128柱の神にまつわる神話が描かれています。
今よりはるか昔の神代においては人間と神は同じ大地で生き、現代とは比べ物にならないスケールで営みが繰り広げられているのです。
中でも私の心を奪ったのは人間でありながら神の思惑を超え、世界を救済する英雄たちの物語。
その大活躍が、大団円が私に天啓を授けてくれました。
「世界には英雄が、希望が必要なのですね!」
それから間も無く、私は『鑑定士』の天職を授かり『鑑定』のスキルを身につけました。
ヘレネス教においては古くから才能の発掘のために活躍していた由緒ある『天職』であったため、私は重用され、20歳を迎える頃にはそれなりの力を持つことができました。
おかげで大司教様の推薦状を持って英雄捜索のための旅を行うことが許されたのです。
旅は過酷なものでした。
多少有用なスキルを持っていると言っても私は女でそれを分からされるようなことも散々あったし、国によっては異民族というだけで迫害を受けることもありました。
それでも旅をやめたいと思ったことがなかったのは、私自身がこの旅に希望を見出していたからでしょう。
誤解してほしくないのですが、私はあくまで英雄を、世界の希望を探すために旅をしていたのです。
自分自身の功名や褒賞を望んでの旅ではありませんでした。
それなのに……私自身が英雄譚の一部となってしまうだなんて思いもよりませんでした。
バージニア男爵に頼まれた鑑定の儀は滞りなく終えました。
成果は上々といったところで戦闘向きの『天職持ち』がかなり見つかりました。
年々、戦闘向きの『天職』が発現する確率が上がっているように感じます。
『大いなる厄災』に対抗する力を天が送り出しているかのように。
20年以上も前の神託だがいと高きお方にとってはそのくらいの時間は『まもなく』の内なのかもしれません。
これから生まれくる子どもたちの中に、テリー様のような英雄の天職を授かる者が現れるのなら。
いま、私が今やるべきことは……
「鑑定士様。お疲れのところ申し訳ありません。
主人がお呼びです」
宿に戻ろうと支度をしていた私をバージニア家の使用人が呼び止めました。
都合が良いのですが、少しハラハラした気分で私は男爵様の元に向かいます。
犯罪者を拘留する地下牢にバージニア男爵はいました。
そこで彼は自ら牢に入り罪人と向かい合っていたのです。
「来たか。ミア」
「男爵様、これは?」
牢には怯え切った様子の大柄な男と胸の大きい女がいました。
わざわざ鑑定のスキルを使わなくともよくない輩だとわかる程人相も悪い。
だが、今の男爵様はそれ以上に凄絶な憤怒の表情をしていらっしゃいました。
「こやつら……武具屋に剣を売りにやってきたのだ。
我が家の家紋が入った剣をな。
なぜ息子にやった剣がこんなところにあるのか」
瞬間、私の中でテリー様から聞いた話が繋がります。
この二人がテリー様から身ぐるみを剥いだ二人か。
「誤解でございます!
おれ……わたくしめはたまたま剣を拾っただけで、盗んだわけでもましてやおぼっちゃまになにかしたなどありえません!」
大男はできる限りのヘリくだった態度で無実を訴え、女はというとシクシクと泣いて悲劇のヒロインを演じています。
案外、演技派のふたりですが、私が来たのが運の尽きでしたね。
「男爵様、その剣はありますか」
「ああ、これだ。やってくれ」
男爵様から剣を受け取ると、まず目にその形を焼き付け、撫でるようにして形を感じとります。
そして脳裏にこの剣を模写するように思い浮かべた上で、鑑定魔法を唱えました。
「【ソウル・アナライズ】」
普通の『鑑定』で物を見ても、せいぜい材質やいつ作られたものかが分かる程度でしょう。
ですが私の『鑑定』は一味違うのです。
物であればその物が持つ記憶についても読み取ることができます。
特に人の念がこもった記憶は読み取りやすい。
テリー様からこの剣を奪った時の男と女の喜ぶ様子が鮮明に頭に浮かんできました。
「間違いありません。
この二人がテリー様からこの剣を奪いました。
女が世間知らずのテリー様を誑かし、男が暴力を振るって身ぐるみ剥がしたのです」
私は『鑑定』によって見た光景にテリー様から聞かされた話を付け加えて話すと、まるで見てきたかのように言い当てられた二人は真っ青な顔色になり、口をパクパクさせています。
「そうか……やはり貴様らが」
「領主様! この女の言うことはでまかせです!」
「そうです! 騙されてはなりません!」
悪あがきを続ける二人。
私は胸に手を当てて、男爵様に宣言します。
「主に誓って私は一切の嘘を申しておりません。
おそらく質屋あたりにテリー様の服が流されているのではありませんか?」
「なるほど。直ちに調べさせ、店主を呼ぼう。
拾ったのは剣だけで服も、とは言ってなかったな?」
男爵様はギロリと二人を睨みつけました。
すると、もう逃げられないと分かった大男は思い切った行動に出たのです。
「ちくしょうっ! このクソ領主が!
いいかげんにしやがれぇ!」
大男は男爵様に向かって襲いかかります。
体格もいい上に襲う動きに慣れている。
おそらくは冒険者崩れでしょうからろくな戦闘訓練を受けていない子どもや一般人では太刀打ちできません。
でも————
「へっ?」
「所詮なりそこないです」
男爵様と大男の間に入った私は、石張りの床を蹴り付け全体重を載せた掌底を放ちます。
大男の鳩尾に私の手は突き刺さり、その意識を刈り取りました。
「驚いた……武芸も心得ているのか?」
「女一人での旅は物騒ですからね。
護身程度のものですよ」
頼りの男がやられてしまった女の方は半狂乱になって自分の無実を訴え始めました。
男に脅されていたとか、殺されそうだったテリー様を助けてあげたとか。
聞くに耐えません。
男爵様も同じ感想だったようで、目を合わせることもなく牢から出られました。
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