第32話 非童貞に最後のレッスンを

 修行中よりも身体を酷使していたかもしれない。


 念願叶ってレクシーと結ばれたわけだが、どうやら彼女の方がハマりきってしまったらしく四六時中求めてきて二日間ぶっ通しでサカりつづけた。

 気がついたら彼女は書置きを残して外出しており、僕一人部屋に残されていた。

 ゆっくりしようにもお互いの愛欲の残滓が凄まじく、宿の亭主に頼んで掃除してもらうことにした。

 亭主は今にも、


「ゆうべはおたのしみでしたね」


 と言いそうな顔で快く頼みを聞いてくれた。


 

 さて、手持ち無沙汰の僕は散歩がてら街に繰り出した。

 全身がバラバラになるほど疲れているはずなのだが妙に身体が軽い。

 体重が半分になったんじゃないかってくらい足取りは軽く、一方で握り込んだ拳に今までにない力を感じた。


 レベルアップしたのだろうか?

 まあ、レクシーとの修行の後に武闘大会という実践の場を経たんだからな。

 特にミーナとニーナには死力を尽くして戦い抜いたわけでレベルが上がるだけの戦闘経験に値するだろう。


 ……さらにレクシーとの夜のお稽古は修行中よりハードだったからな。

 あの人、全力で襲いかかってくるし……ふふっ、まあそういうところもかわいいんだけどな。


 惚気気分で歩いていると、息を切らして走ってきた誰かが僕の背中を叩いた。

 振り返ると、そこに立っていたのはピンク髪の美少女、ニーナだ。

 だが、いつもゆるふわとした雰囲気の彼女と分からないくらいその表情は悲壮感あるものだった。


「テリーくん、会えて良かった……」


 僕も別に自惚れてはいないからこれが愛の告白なんてシチュエーションだと思っていない。

 そもそもレクシーがいるし。

 なので、ただただ面倒そうな話だなあ、という薄情な感想が浮かんできた。


「僕は、別に会いたくなかったけど」

「あはは……だよねえ。

 結果的に優勝できたけどあたしの反則に苦しめられたものね。

 そのことのお詫びだったら、なんだってする。

 だからお願い。

 今は力を貸して!」


 そう言って彼女は僕の手を握って走り出した。


「いったい、なんだっていうんだ?」

「ミーナが悪い奴らにさらわれてピンチなの!」

「はあ!?」

「今まで先生の弟子だったから警戒されてたんだけど、破門された上に先生の権威もなくなっちゃったから良からぬことを考えるヤツが出てきたみたい!」

「マジか……

 じゃあうちの師匠も捜して呼ぼう!

 ミーナがさらわれるくらいだからかなり手強い————」

「それじゃ遅すぎるの!

 あたしとテリー君だけでなんとかするの!」


 ニーナの勢いに押されて僕は従い、身体を走らせた。

 モテ男の権威の失墜は少なからず僕も関係していることだし、女の子のピンチに何もできないようじゃ強くなっても意味がないというものだ。



 ニーナに連れて行かれたのは廃墟となっている酒場だ。

 ファンタジー世界も日本も悪い連中ってのは廃墟に集まるものなんだな。


「あそこか。よし、じゃあ僕が突入するからその隙にミーナをお願い」

「えっ?」

「女の子を盾にするわけには行かないだろう。

 それに君の方が要領良さそうだしそういうの得意だろ」


 そう言って僕はその辺に落ちていた木の棒を拾う。

 武器としては心許ないけどないよりマシだろう。


「…………そんなんじゃダメだよ。

 つけて!」


 ニーナは自身の腰につけた帯剣ベルトを僕のズボンに巻き始めた。


「な、なんだよ?

 これは君の」 

「こうでもしないとさすがにフェアじゃない!

 ヤバいと思ったら逃げていいんだからね!」


 様子がおかしかったが、武器があるのはありがたいし、逃げられるなら逃げたいのも事実なのでありがたく受け取ろう。


「ありがとう。

 じゃあ、先に行くから」



 静まり返った酒場の前に立った僕は意を決して扉を開けて中に入った。

 店を閉めた後、中の家具や調度品は売るか流用したのだろう。

 所狭しと並んでいたはずのテーブルや椅子がなければエントランスと直結したホールは小さめの体育館のような広い空間になっていた。

 家具がないのはわかる。

 だが人の気配がまったくないのはどういうことだろう。

 ニーナの話どおりならここは溜まり場のはずなのに。


 奥の部屋に行けば何かわかるかと足を進める。

 

 一歩。また一歩と。


 そして、ホールの中央あたりに進んだところで、ゾワッ! と背筋を駆け上がるような寒気がした。


「気配感知は三流だな。

 レクシーのやつ、小賢しくも大会を想定して教えることを絞ったか」

「!? あんたはっ!?」


 僕が入ってきたはずの扉のそばにあのモテ男が立っていた。

 驚いたが、同時に安堵した。

 レクシーほどでないにしても彼も相当な腕利きということらしいし、頼りになる。

 

「あんたもミーナを助けに来たのか。

 よかった……そうだよな。

 破門したとはいえ元弟子で抱いた女なわけだし」

「なにハメられてんのに嬉しそうにお喋りしてんだよ」

「え?」


 モテ男は手に持っていた剣を抜いて鞘を扉のかんぬきに差し込んで開けられないようにした。


「おっ。ニーナに買ってやった剣か。

 ククク……意趣返しとは食えない女————だなっ」


 モテ男は一足飛びで僕との距離を詰めて斬りかかってきた。

 反射的に僕は右腰に差した長剣を抜きそれを受け止めた。


「な、なんの真似だ!?」

「察しが悪いな……

 お前はニーナに唆されてホイホイ誘い出されちまったんだよ!」

「は!?」


 モテ男は無精髭をはやし、頬もやつれていた。

 ニーナやミーナへの扱いやこれまでの所業が取り沙汰されて非難轟々だったとは聞いていたが、見事にやられてしまっていたようだ。

 だが、暗い瞳の中で復讐の光はギラギラと輝いていて、僕をしっかりと映している。


「お前のせいですっかり居づらくなっちまった。

 もうすぐ俺はこの街を去るが、その前にやっておかなくちゃいけないことがある!」


 力任せに僕は剣を押し返すがいなされ、たたらを踏む。

 モテ男は人差し指を立て不気味な笑みを浮かべた。

 

「不出来な妹弟子の愛弟子にはかわいがりが必要だからな。

 レッスン1————逆恨みで殺しにくる男を返り討ちにしてみろ」

「さ、逆恨みって分かってるならやるんじゃない!!」

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