第33話 非童貞、モテ男と戦う

 つくづく僕はこのモテ男が嫌いだ。

 レクシーよりも力が劣る上に構えも斬撃も極めて平凡。

 よくも悪くも教科書通り。

 にも関わらず、剣戟の一つ一つが重く、的確にこちらの隙をついてくる。

 一瞬でも気を抜いたり雑念が混じれば即刻首が飛ばされる。


「くっそ! 女はべらしている割に強いじゃないか!」

「当たり前だろ。

 弱いヤツが強い弟子を育てられる訳ないだろうが。

 もっともお前の師匠みたいに絶望的に教えるのが苦手な奴もいるがなっ!」


 言い終えると同時に放ってきた上段からの唐竹割こと『落石』。

 剣で受け止めるもその威力に押し込まれ相手の刃が肩口に迫る。

 危ういところで体を転がし、立ち上がりざまに反撃をするが見切られていてあっさりと避けられる。


「剣の握りが強すぎる。

 無駄な力が入っているから腕の速度が落ちるし、初動が見えやすい。

 剣戟の威力は速度で出すんだ。

 こういうふうにな!」


 フィギュアスケートのスピンみたいに横回転しながら切りつける『竜巻』をモテ男は放つ。

 ミキサーの刃が迫ってくるような恐怖を感じながら、僕は後退りする。

 しかし、不思議なことにモテ男の剣はしっかり見えている。

 加減をしているのかもしれないが僕の体がいつもより調子がいいからだろう。

 これなら————!!


 無駄な力を抜いて放つ横薙ぎ一閃————『一文字』がついにモテ男の予測を上回る。

 思いの外速かったのだろう一撃に、ヤツは剣で受け止めたが威力を殺しきれず、剣を手放した。


「なるほど……ミーナとニーナを屠っただけはあるな」

「別に殺してないだろう!」

「俺の中では一緒だ。

 お前に負けた時点で弟子としての価値はゼロになった」

「っ! 女も弟子も気軽にやり捨てして!

 名指導者が聞いて呆れる!」

「ハハ、甘いこと言ってんじゃねえ。

 殺すつもりで来ないと俺は遠慮なく殺すぞ」

「言われなくてもやってやる!

 正当防衛だからな!」


 僕は剣を脇に構え前傾姿勢を取る。

 攻撃を重視した構えだ。

 モテ男はふと満足そうに微笑み、


「じゃあ、レッスン2だ」


 と言った瞬間、視界から消え、僕の懐に飛び込んできた。

 驚きの声を上げる間も無く顎に拳をくらった。

 クラリ、としながらも必死で踏ん張ろうとするが太ももに棍棒で殴られたような衝撃が走る。

 ヤツのローキックだ。

 続けてボディブロー、ショートフック、ニーキック、アッパーカット。

 キックボクサーさながらの流れるようなコンビネーション攻撃に僕は思わず膝をつく。


「ほれほれ! お前の拙い太刀さばきじゃ超接近戦では対抗できねえぞ!

 身体能力が高ければ高いほどほど体術の幅は広がり、その役割も拡張される!!」


 爽やかに笑いながらえげつない打撃を叩き込んでくる。

 腹ただしいことに僕の剣はまともに振るうことすら許されずダメージが蓄積されていく。


 ……それにしても、案外保つな。僕の身体。


 モテ男の攻撃力は手加減してくれているレクシーと同等くらいだと思うが、これだけくらえば骨が折れたり意識が飛ばされたりしているはず。

 やはり、レベルアップして頑丈さや俊敏性を含めた身体能力が向上していると考えて間違いない。

 だったら————ドゴオッ!!


「ぐぇ…………」

 

 モテ男の拳が腹部に突き刺さった。

 僕は剣を落とし、地面に向かって倒れ込んでいく。

 するとモテ男は拍子抜けした様子で僕への攻撃を途絶えさせた。


 ……狙い通りだ!


「でやぁっ!!」


 倒れ込むふりをしながら空中で前転して蹴りを放つ。

 躰道でいうところの卍蹴りというヤツだ。

 不意をつかれたモテ男は踵を顔面に叩きつけられて仰け反った。


「ぐぁっ……なんだその技は!?」


 やっぱり、こっちの世界では有名ではないか。

 僕だって漫画でやってるのを見たことがあるだけだ。

 でも、高まった僕の身体能力ならイメージ通りに体を動かせる。

 バトル漫画で見たキャラクターたちのように人間離れした技が使い放題だ。

 そして、戦いというのは得てして相手の読みを上回った方が勝つ。


 両拳を顎のあたりまで上げてボクシングスタイルに構えると、上半身を♾️の字にスイングし加速していく。

 高速の振り子運動で迫る僕にモテ男は不用意な拳を放つ。

 それをかわし、めいいっぱい横に振りかぶった拳を全力で叩きつける!


 ドォンっ! と人間の身体から上がってはいけない轟音が上がる。

 脇腹を打たれたモテ男は苦悶の表情を浮かべるが、一発一発の痛みを感じる暇なんて与えない。

 次から次へと僕は左右のフックを叩き込みモテ男を打ちのめす。

 竜巻に巻き込まれたかのようにモテ男はボロボロになって大の字で床に倒れた。


「どうだっ! ノックアウトだ!!」


 勝利の手応えを感じて僕は吼えた。

 しかし、


「……レクシーに仕込まれたのではなさそうだな。

 回避と溜めを同時に行う攻防一体のコンビネーション……

 アイツはこういう頭の良い技は使わねえだろうし」


 モテ男は重そうに身体を起こし立ち上がった。

 その顔面は腫れ上がり、鼻や口から血を流し甘いマスクが見るも無惨なことになっている。

 明らかに効いている。

 ここから一気に押し込んで————


「見たこともない拳闘術を披露してもらって感謝する。

 礼にこっちもとっておきを見せてやる。

 レッスン3————【鎧化鋼身アムドギガントス】!」


 モテ男が叫んだ瞬間、バキバキバキバキッ! と木をへし折ったような音を立てながら筋肉を膨れ上がらせオーガのような筋骨隆々とした巨男マッチョマンに変貌した。

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