第34話 非童貞、モテ男との戦いの決着がつく
「なっ!? なんだその姿」
「弟子たちには見せられねえがな。
だが、俺にとっての最強フォームだ。
こうなった俺にはお前のなまくらでは歯が立たねえぞ」
「なまくらとは言ってくれるじゃないか。
試してやるよ!」
さっき地面に落とした剣を拾い上げ僕はモテ男に飛びかかる。
あれだけ筋肉を肥大化させてしまえば可動域がなくなって動きも鈍るはずだ!
僕は飛びかかった勢いをそのまま剣に込めて頭を守るモテ男の腕に目掛けて振り下ろした、がっ!?
キィーン、と儚い音を立てて刃が折れてしまった。
「う、うそだろ?
剣が生身の腕に負けるなんて……ハッ!?」
ショックを受けているところにモテ男の蹴りが襲ってきた。
防御力だけでなくパワーも上がっているようで、僕の身体は砲弾のように打ち出され床を削り、壁に叩きつけられた。
「うぅ…………」
パラパラと崩れる壁の破片を頭に浴びて僕は持たれるように座り込んだ。
「おお……良い判断だ。
反射的に腕を差し込んで威力を殺したか。
できなければ終わっていたな」
またしても……本当にムカつく。
僕のやることなすこといちいち講評して。
戦闘中だというのに余裕を見せているつもりか。
……とはいえ、余裕もかましたくなるよな。
こっちは剣が折られた。
ニーナは二刀流だからもう一本ショートソードを腰に残しているが、威力の高いロングソードで歯が立たない鋼の肉体を攻略するのは不可能だ。
こうなったら……
「……見逃してくれません?
汚名返上に協力しますから」
「バーカ。
この俺が命乞いなんて聞いてやるタマに見えるか?」
「まあ……見えないですけど、冷静になられては?
流石に街中で人殺してお咎めなしにはいかないでしょう。
絶対、足がつきますって」
「どうせお前のせいでこの街にはいられねえんだよ。
武闘大会の優勝者とはいえ、余所者のガキが一人死んだくらいで街の外まで追いかけてくるほどこの街の人間は律儀じゃねえよ」
「で、でも僕はレクシー、師匠の弟子ですよ。
弟子が殺されたとなったら、きっと怒り狂うだろうなー。
国中探し回って、いや、国外に出ても地の果てまでも追いかけて————」
命乞いが無理ならそれで結構。
時間稼ぎができれば御の字だ。
僕はレクシーが助けに来てくれることを期待している。
ここにいることが分かれば街のどこにいたって一瞬で駆けつけてくれる。
気づいてさえくれればだけど。
「ふん。あの女がいちいち弟子のことなんかにかまうものかよ。
自己中心的で他人の気持ちや健康を一切気遣わない粗忽者だぜ。
いや、もはやアレは人の皮を被ったモンスターだ。
戦うことしか取り柄のない。
へへ、抱き心地も悪かったしな」
「………………けせ」
「あ?」
僕の中で何かが弾けた。
「取り消せぇっ!!
何が粗忽者だ!!
何がモンスターだ!!
あんな良い女の価値も分からないような節穴チ⚪︎ポ野郎が偉そうに人語喋るな!!!」
僕は今、どんな顔をしているだろうか。
巌のようになったモテ男の顔が引き攣るあたり、酷い形相になっているんだろうがどうでもいい。
「あの人はなあ!
乱暴者で加減がヘタクソかもしれないけど、メチャクチャ大切にしてくれたよ!
綺麗で強いだけじゃなくて優しくて可愛いところだってある良い女だ!」
「…………はっ。
えらい入れ込みようじゃないか。
さてはご褒美に童貞奪ってもらったのか?」
「見くびるな!
とっくに非童貞だ!!
むしろ向こうの方がウブだったぞ!!
一晩中可愛がったら僕好みのエッチなおねえさんに変貌したがな!!」
「なっ…………」
モテ男は明らかにたじろいだ。
気圧された状況を立て直そうと引き攣った顔で反論してくる。
「デ、デタラメ言ってんじゃねえぞ!
あの女、バカ強いくせにちょっと弄っただけで痛がるからすげえ萎える」
「バーーーーーカ!!
処女が痛がるのは当たり前だろう!
そんなのむしろ興奮するじゃん!!
そもそも痛いのをどうにかこうにかほぐしつつ誤魔化しつつ気持ちよくしていくのは男の務めだろうが!
相手を気持ちよくしてのたうち回る姿を見るのがセックスの醍醐味だ!
それも分かってないからお前はショボいヤリチン止まりなんだよ!!」
「クソガキが分かったふうなことを…………いったいお前は何様のつもりだ!?」
今なら言える。
忌まわしいこの名も相手がコイツならば格の違いを見せつける雷名となる。
「僕は……『ヤリティン』!!
神代において神殺しをもやってのけた好色無双の英雄の名を継ぐ者だ!!
ヤリチンごときのセックスとヤリティンのセックスはゴブリンの喧嘩と神々の戦いくらい格が違うんだよ!!」
昂る感情をそのまま吐き出し、僕は勝ち誇った。
するとモテ男は呆然とした表情で立ち尽くした。
……もしかして、僕の天職に恐れをなしてくれたんだろうか?
「…………もういいや。
もういい。
お前が誰とねようが妹弟子がガキにイかれようが、ヤリチンとヤリティンっていっしょじゃねえかとか、もう細かいことはどーーーーでもいい」
モテ男の右腕が倍ほども太くなり血流が迸るように血管を駆け巡りはじめた。
……時間稼ぎのつもりが、煽りすぎた結果、マジで怒らせてしまったようだ。
「クソガキ、冥土の土産に最後のレッスンだ。
お前はレクシーをモノにしたかもしれんが、大事なものを授かってはいないようだ。
何か分かるか?」
「…………処じ「そう!
本来アイツの基礎的なステータスは俺とそんなに変わりはない上の下程度の武芸者だ!
そんなアイツを王国最強の一角にまで押し上げたのは聖闘気という馬鹿げたアビリティだ!
聖闘気を込めれば疾走は早馬を超え、強靭さは鋼の有様、振るう斬撃は山をも断つ!
あれが使えない以上、たとえアイツに鍛えられてもお前は真の弟子とは言えん!!」
僕の失言を遮って講釈を垂れるモテ男。
だが、その言っていることの意味は痛いくらいに分かっている。
ニーナとの戦いでレクシーの技を真似てみた。
勝利こそしたがアレは紛い物とすら言えないくらいに稚拙で貧弱な一撃だった。
ヤリティンである僕は闘気なんて上等なアビリティを有しているわけがない。
「さっき、お前は自分を英雄の名を継ぐ者と言ったな。
だったら闘気のひとつくらい練ってみろ!
こんな風にな!」
モテ男の拳に禍々しい赤い光が絡みつく。
あんなので殴られたらひとたまりもない。
「と、闘気を練れと言われてもどうしたら……」
「知らんな。
自分自身の内面から湧き上がる力だ。
お前自身に問いかけるしかない。
そして、できないなら……ここで終わりだ!」
言い終わると同時にモテ男が床を蹴った。
瞬間————脳内の記憶が走馬灯のように回り始めた。
今生において初めてだが、前世で一度経験した現象だ。
あの時はなんの役にも立たない記憶が呼び起こされてそのままくたばった。
今度はどうだ……?
目の前に映るのは赤銅色の艶やかな肌。
飛び散る汗が玉のようになって彼女の背中に張り付いて、カラダを打ちつけ合うたびに光る飛沫となって宙を舞う。
甘い香りを漂わせ、泣き叫ぶような嬌声を上げながら彼女————ミアは懇願する。
「もうらめぇ……♡
これ以上されたら壊れてしまいます……あっ♡」
…………場面が切り替わる。
戸惑うようにその白く研ぎ澄まされた身体は褥の上で捩れる。
それを抱き抱えて僕は荒々しく立ち上がって彼女を揺さぶる。
ほどけるように感じた快楽を表情に出すようになった彼女————レクシーは僕の唇を貪りながら囁く。
「あむぅっ、ちゅ……♡
あぁ、あたし溶けてしまう♡
溶けてテリーと一つになってるのを感じる♡」
…………エロい記憶しか頭に浮かばねえ。
こんなことからどうやって生き延びる手段を————っっ!?
死ねば、記憶はもう増えない。
それどころかこの愛しい思い出すら思い返すこともなく無になる。
なんて、勿体無くて、なんて、おそろしいことだろうか。
嫌だ。
僕はまだまだこの生に執着していたい。
レクシーとまた何回も……叶うならミアとだってまた……
もしかしたらまだ見ぬ誰かと致すこともあるかもしれない。
嫌だ。
まだ死にたくない。
せっかく人生、エロく楽しくなってきたところじゃないか。
こんなところで…………死んでたまるかっ!!
「オオオオオオオッ!!」
モテ男の拳が僕の胸に直撃した。
同時に、衝撃で立っていた床が割れ、余波で背後の壁が崩れ落ちる。
そんな凄まじい威力の一撃を受ければ僕の体は木っ端微塵になったろう。
しかし、そうはならなかった。
僕の身体とモテ男の拳の間には白く光る煙のような炎のようなふわふわとした何かが挟まっており、それが身体を守ってくれていた。
「闘気!? この土壇場でっ……!
クソガキが! 成りやがったなぁっ!!」
モテ男が叫んだ。
まるで子どもが何かを発見した時のように目を見開いて、心なしか喜んでいるようにも聴こえた。
だがすぐさまモテ男は次の拳を繰り出してくる。
いまだに僕の命の危機は続いており、そこから脱するために鞘に納めたショートソードに手を掛けた。
怒涛のラッシュを続けるモテ男の拳は闘気の障壁を剥がしていく。
障壁が貫かれる寸前まで僕は渾身の力を剣に込め、一気に突き出した。
「うあああああああああああっっっ!!!」
「!? チィィィッ!!」
白光を纏った僕の剣をモテ男は肥大化した両腕を交差させて受け止めた。
硬いモノにぶつかった感覚があったがそれは一瞬のことで、剣先から溢れる闘気が相手の紅の闘気を焼き払い、肉にナイフを突き立てるような感触が伝わると同時に、モテ男の両腕が千切れ飛んだ。
「ぐ……あああああああああっっっ!!
お、俺の腕がっ! いてぇっ!!」
巨大化の魔法が解け、通常のサイズに戻ったモテ男は腕をなくした痛みにのたうち回った。
だけど、僕も…………
「うっ…………オエエエエエエエッ!!」
ゾンビを斬った時とは明らかに違う、生きている人間を斬った感触の気持ち悪さに嘔吐してしまった。
それだけじゃない。
やはり闘気のコントロールは難しいのだろう。
オーバーヒートを起こしたような倦怠感で足腰が立たなくなった。
それを見咎めるようにモテ男は痛みを堪えて笑う。
「なんだ? 人を斬ったのは初めてか?
つくづくレクシーの指南は片手落ちだな」
「ま……まて、まだやるつもりか?」
「当たり前だろ。
全精力を使い果たして、その先でお前は何を見出す!?
ラスト・レッスンだ!」
両腕がなくなっているのにも関わらず、モテ男は最大の威圧感を発揮してきた。
勝てない……
女にだらしない三流のヤリチンとばかり思っていたが、メンタリティは紛れもなく武人。
現代育ち+温室育ちの僕が競り合いで勝てる相手じゃない。
一足飛びで僕に飛びかかってきて、それで終わる————と思ったその時だった。
「大バカモノがああっ!!!」
怒鳴りつける声とともに閉じられた扉が開け放たれた。
そして次の瞬間、対峙する僕とモテ男の間に銀行の壁のような闘気の奔流が走り、モテ男は出足をくじかれた。
その圧倒的な力に僕は感動の涙すら流しそうになった。
「レ……レクシー……」
愛剣を片手にレクシーが駆けつけてくれたのだ。
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英雄ヤリティンと才色甘美なカノジョたち〜ヤればヤるほど強くなる少年は無自覚なまま恋人と伝説を量産する〜 五月雨きょうすけ @samidarekyosuke
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