第10話 かつて童貞だった俺たち
『ヤリティン叙事詩第一幕より〜深き森のミア〜』
おお、ヤリティン♪
ヤリティンティン♪
ヤリヤリティンティンヤリティンティン♪
これはヤリティンが初めてを迎えた時の歌♪
旅人|誘(いざな)いし黒く深い森。
今日の贄はまだ幼き少年。
立派な剣を持っているが、それで何かを切ったことはなく、刃は血や脂の味を知らない。
森は悪戯するように旅人を弄ぶ。
木の枝や草の蔓が旅人の身体を貪るように絡み付く。
悲鳴を上げ助けを乞う旅人。
されど森は手を緩めず、沼に剣を引き摺り込むと汚れのなかった剣をドロドロに汚し貶めた。
夜露を垂らし剣の泥を拭いながら森は言った。
「次はあなたの番ですよ。
好きにしてごらんなさい」
余裕ぶって攻守を入れ替えた。
猛々しい熊や猪をも相手取る黒く深い森。
こんな子どもが暴れたところで枝を踏み折られるくらいだろう。
そのようにたかを括っていたのだ。
しかし、幼き旅人は森を荒らしたりはしなかった。
傷つけないよう丁寧に花を摘み、地に落ちた雛を優しく巣に返し、夜明けの光に捧ぐ感謝の気持ちを以て森の中に一歩一歩、そして確実に踏み入っていく。
幼き旅人による未知の侵略に森が騒がしくなり始めた。
小鳥はピィピィと歓喜の歌を歌い、花は花粉を撒き散らし、樹木は樹液を垂らして虫たちを呼び寄せる。
繰り広げられる生命のパレード。
「こんなの……知りません……初めてぇっ」
キラキラキラキラと宝石が積もっていき、森は少女のように可憐に声を上げる。
幼き旅人は自信を得た。
剣を天に向かって突き上げ、その威容を見せつけるようにした後、森に向かって突き刺した。
初めて使われた剣は歓喜に打ち震えながら何度も何度も森を貫く。
森は悲鳴を上げて木々を揺らす。
「わ、私が教えてあげなきゃいけないのにっ……こんな……だめぇっ!」
凄まじい剣戟に森はたまらず旅人に蔦を伸ばし身体を締め付けるが拒んでいるのではない。
自分の最奥に招き入れ、その剣戟を味わいたくなったのだ。
「ああっ! テリーさまっ!」
森は旅人の名を叫んだ。
瞬間、旅人の剣は白い光を放ち、魔女を天へと誘った。
嗚呼、ヤリティン♪
ヤリティンティン♪
これはヤリティンが初めてを迎えた時の歌。
そして、伝説の始まりの歌。
=============
眠りから醒めて目を開けた時、世界の色のトーンが一段階鮮やかに見えた。
テーブルの上にはミアの書き置き。
『服と食事をもらってきます』
と達筆で書かれている。
少し丸みを帯びた美しい文字に昨晩の彼女の艶やかな姿を重ね合わせる。
堅物な聖職者という印象だったのにいざ行為が始まると娼婦のように淫らでメイドのように献身的だった。
おそらくそれなりに経験豊かだったのであろう。
そんなミアに、僕は童貞をもらってもらった。
向こうの感想は聞いていない。
というか、低評価をつけられたくないので聞きたくもない。
だって僕にとってはこの上なく幸せなものだったから。
恋人と、というわけにはいかなかったけれど、あんなに可憐で上手な女性にリードされながら初体験を終えられたんだから惜しい気持ちはこれっぽっちもない。
清々しい気持ちで余韻に浸っているとミアが荷物を持って部屋に戻ってきた。
ドアを閉めると同時にマスクを外して僕に顔を晒す。
普段は編み込まれている髪も下ろしていて淫らな彼女の一面を想起させた。
「よく眠れましたか?」
「おかげさまで。
あの、ありがとうございます。
服、買っていただいて」
「未来の英雄に御奉仕するのは務めでありますので」
奉仕……その言葉に少し寂しさを感じてしまう。
彼女は聖職者で、神の導きに従い英雄になり得る『天職』を持った人間を探し続けている。
僕と寝たのも義務感なのかも、と思ってしまうと職権濫用したみたいで心苦しい。
「どうしましたか?」
「いや、すまなかったな。と。
死にそうになっていたところを助かったからとか原因はあるけど、無理にその、お願いしちゃったりして」
僕がしどろもどろになりながら弁解していると、ミアは察したように笑いかけてきた。
「私があなたを受け入れたのは、私の判断です。
あなたが責任を感じる必要はありません。
それに————」
ミアは僕の耳元で吐息を当てるようにして、囁く。
「思っていた以上に素敵なものでしたので、役得でした」
ポチッ、とスイッチが入った音がした。
「ミアっ!」
「あっ……昼間なのに……」
結局、僕はミアに買ってもらった服を着る前にミアの服を脱がせていた。
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